p.132 頂き
ルーシャはリルトと共にディオリア山脈をひたすらに登る。標高があがり、今まで周囲にあった高山植物さえも姿を消す。生物が存在するにはあまりに過酷すぎる環境となり、岩肌ばかりが目立つ。
ひと息吸っても息苦しさは解消されず、何度もこまめに休憩を取らざるを得ない。随分と登ってきたような気はするが、ルーシャたちの前には天を貫くかのようにディオリア山脈が反り立つ。まだ頂上へは遠く、遥か先に見える峰と周辺には白い雪があるのが分かる。世界最高峰では標高が高いゆえに万年雪があるという。
ハンスの山小屋を出てから五日が過ぎ、ルーシャたちは背後周囲を警戒して進む。ハンスから竜の卵を盗み、夜逃げのように彼のもとを去った二人はハンスが追いついてこないか冷や冷やする。地の利も、体力や登山経験もはるかにハンスのほうが上をいっている。それなりに急ピッチに昇ってきたとはいえ、素人のふたりの稼げる距離には限界がある。
それでもルーシャたちは余計な諍いを避けるためにも先を急ぐ。確実に嶺が近づいているとはいえ、登っても登っても目的地に着く気配は無い。
ルーシャとリルトのあいだに会話はない。疲労の蓄積と張り詰めた緊張感により、必要最低限の会話のみとなる。空気は冷たく息を吸う度に体が冷えるが、過酷な登山で2人の体は熱く火照っている。一歩一歩確実に上り嶺に近づく。
そうしてルーシャたちが登山を開始して2週間が過ぎる。手練の登山家ですら1ヶ月かかる道筋を、ルーシャとリルトは一気に駆け上がる。本来ならば高度に体を慣らす必要があるが、そこは魔法術で時間を短縮させることで対処する。この先何があるか分からないため魔力は温存させたいところだが、ここで倒れても意味がないため随所で魔法術に頼る。
そうして二人はついに世界一の頂きへと足を踏み入れる。
吸い込まれそうなほど美しい青空が広がり、その余りの美空に目を奪われる。空を覆う雲は遙か眼下に存在し、空を遮るものなど何一つない。雪の振り積もった白い頂きと、真っ青な空はそれだけで心奪われるほど美しい。
ルーシャとリルトは一旦休憩してから龍の手掛かりを探すこととした。ハイペースの過酷な登山は2人の心身の疲労を招き、慣れない土地かつハンスの追走の緊張感の疲れは2人を確実に追い詰めていた。
ハンスについては
湯を沸かし簡単な食事の準備をする。軽く頂上を見渡した限りでは龍と関係のありそうなものは見当たりず、あとでしっかりと調べる必要がありそうだった。本格的な調査の前に食事とお茶で英気を養う。
食事を終えゆっくりと過ごしていた2人は、ハッと異変を感じ取る。感じたことの無い異様に強い力が辺りに充満し、真っ青だった空が黒い雲に覆われ始める。
今まで感じたことのある魔力とは桁外れで、そのあまりの強大さに本能が危険を知らせる。冷や汗が流れ、鳥肌がたち、その場に立っていることが出来なくなる。鼓動が強く早くなり、頭痛と吐き気が襲ってくる。
竜が目覚めた世界にてルーシャは魔力がありすぎると感じていたが、今目の前の現状はそれすらも可愛いものだと思えてしまうほどの量と密度の魔力がある。あまりの圧倒的すぎるその力は率直に恐怖を感じ、ここに自分がいてはいけないと思えてしまう。
(・・・龍ね)
姿形が見える訳では無いが、ルーシャはその強大な力からその存在を感じ取る。今まで相まみえたなによりも力強く、恐ろしさを感じる。会ったこともなければ存在を知っている訳では無いが、神というものに
先程まで感じた清々しい空気は払拭され、目の前には異様な緊張感と重厚な雰囲気が漂う。空を覆う黒い雲により、陽光が届くことはなくなり周囲の視界が限られる。光魔法を発動させようかと思ったが、相手の出方が分からない以上は下手な魔法術の展開は敵意とみなされかねない。リルトもそう思っているのか、彼が動く様子もない。
指先が何故かしびれ、感覚が失われる。激しく警鐘を鳴らす鼓動をなんとか押さえ、一呼吸一呼吸を意識して行うが、あまりの緊張感に呼吸が早くなるのはどうしようもなかった。
神との謁見──といえば聞こえは良いが、これだけ暗雲立ちこめる場での神たる存在と対峙することは決して良い事だとは言えない。黒い雲隙間から雷光が走っているのがみえ、
目の前の状況に追い込まれるような気持ちになりながらも、ルーシャは凛と目の前を見つめる。
(こわい)
正直言えば逃げ出したいし、ここに来ることを決意したことも後悔している。龍の存在を聞きながらも、そんな存在がいるのならば自分ごときのために姿など現さないだろうと思っていたところがあった。
だが、それは今ルーシャの前に姿を現さんとしている。今目の前でその存在を感じて緊張と恐怖でいっぱいになる。
後悔も恐怖もあるけれど、それでも自分でここに来ることを選んでやってきた責任は全うすべきだとも思っている。出来ることがなんなのかは分からないし、神たる存在の前に自分にはできることなどないのかもしれない。
それでも、あまたの登山家や冒険家を拒んできた世界最高峰まで来れたことは偶然ではなく、やるべきなにか、出会うべき何かのために導かれたのかもしれない──そう思えてならなかった。
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ディオリア山脈の登頂ができた。
行くつもりで頑張ってたけど、ほんとに頂上まで行けるとは・・・。
今回は来なくちゃいけないから頑張ったけど、絶対にもう二度と登りたくは無い。ツラすぎる。
そして何より、めちゃくちゃヤバそうな空気になったんだけど・・・!
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