p.131 卵泥棒

 


 ディオリア山脈の山中にある山小屋で、ルーシャとリルトは竜狩人の末裔と出会う。驚きつつも真偽がどうなのかと思っていたが、ハンスの話を聞けば聞くほど信憑性が高いことに気付く。


 ハンスの一族はかつて竜を狩りその血肉を捌いて売り、それを生業にしてきたという。もう何百年も前のことであるが、先祖が残した書物や言い伝えは数多くあった。ハンスはルーシャたちが聞き入ることが嬉しかったのか、先祖の文書やかつて竜狩猟に使ったという古い武器まで見せてくれた。


 文書には竜の弱点や狩り方、捌き方だけではなく竜の種類による血肉の効果の違いなどが細かく記されている。ルーシャにはそれが本物かどうかは分からないが、その当時を知るリルトの表情がそれらが贋物ではないと物語る。


 陽気に酒を飲みながら語るハンスはリルトのその表情が驚きによるものだと感じているのか、さらに話が弾む。


「俺はよく知らねぇけど、その竜が突然いなくなっちまって先祖はこの世で一番でかい獣が多くいるこの山で狩猟を始めたらしい」


 意気揚々とハンスが話し出すのでルーシャたちはそれをひたすら聞く。

 元々、竜は非常に知能が高く慈愛に満ちているとはいえ、人間とは異なる種族である。竜とある程度の交流がある奇術師たちならまだしも、彼らのことを何も知らない人間からすれば巨大で力の強い獣という対象でしかなかった。


 彼らが何者でどういう力があるのかなどよく分からず、強いその力に恐れをなして狩猟という形で人間が身を守っていたといつのも、ひとつの事実だった。マークレイから見れば共存すべき相手であっても、奇術と関わりのない人間からすれば竜は恐れや討伐の対象だったのかもしれない。


「何だか物語みたいですね」


「俺もそう思ってたけど、すげぇもん見せてやるよ」


 機嫌よくハンスは何かを取りに別の部屋へと消える。ルーシャは小声でリルトに話しかける。


「どうする?会長とかに報告しとこうか?」


「一報は入れといた方がいいけど、急がなくてもいいだろう。ハンスは竜狩猟の経験はないし、竜も今は迂闊に動いていないから遭遇することはほぼないし」


 その存在を魔力協会や竜たちは知っておくべきではあるが、ハンスそのものが今すぐ驚異となる訳では無い。どこまで現存する竜狩人がいるのか、何がどこまで伝わっているのか、そして末裔たちの考えや行動がどういうものなのかを知っていく必要がある。


「待たせたな、見てくれ!」


 陽気に酔ったハンスは両手で何かを大切そうに持ってくる。楕円形のそれは所々傷があるものの、不思議と白く輝いている。


「それって・・・」


「先祖が竜の塒からとってきたって伝えられてる竜の卵だ」


 両手で大切そうに抱えられた竜の卵だというものは、一見綺麗な形の石のようにみえる。本物なのかと不思議に思いルーシャはリルトをかいま見ると、リルトはなんとも言えない表情をうかべる。本物ゆえの動揺なのか、本物かどうか判断に困っているのか分からない。


 ルーシャはハンスの言葉にひとつひとつ丁寧に反応を返し、少しでも多くの情報を引き出す。審議が定かでは無いことが多いため、情報全てを鵜呑みにする訳にはいかないが、何かに繋がる情報があるかもしれない。


 酒が入り話が盛り上がり、ルーシャたちは想定外の滞在時間となってしまう。気づけば時間は夕方となる。元々、奇妙に薄暗い山だったため、外の明るさだけでは時間を計ることが難しい。



「せっかくの縁だ、一晩泊まっていけよ。この山の獣はデカいし力も強い、なんなら明日からの登山を護衛してやってもいいぞ」



 興味深げに自分の話を聞いてくれる二人にハンスは気分が良くなったのか、そう話す。地の利もないルーシャたちはハンスの言葉に甘んじて、一泊することにする。護衛の一件に関して二人は「助かる」とは返答したものの、実際にお願いするかどうかは迷うところがあった。


 ディオリア山脈をルーシャたちよりも知り尽くしている存在がいることは心強いし、狩人としての実績があることも今後何かがあった時の助けとなるだろう。しかしルーシャたちの目的は龍とまみえることであり、竜の存在を狩猟対象と見立てている可能性のあるハンスを引き連れていくことはリスクが高い。万が一、ハンスが龍に弓を引くことがあれば何が起きるか分からない。


 途中まで案内してもらいルーシャたちが姿をくらますことや、ハンスを魔法術でどこかへ転移させることも出来なくはなく、最善の方法を考える。



 夕食や風呂を終え、ふたりは空き部屋で眠ることとなる。



「まさかディオリア山脈に入ってすぐに竜狩人と出会うとはな」


 二人きりになりハンスの気配を警戒しつつも、リルトは本音を漏らす。


「あの卵って・・・」


「俺も本物は見たことはないから分からない。本物だとしても700年もの年月をすぎたものなら・・・」


 言葉を濁すリルトにルーシャは静かに俯く。卵が本物であったとしても長い年月、竜の手から離れたものが今もなお命があるものだと考えるのは現実的では無い。竜の卵がどのような条件で孵化するのか、どれだけの年月をかけて命が生まれるのかは分からない。


「ひとつ提案があるの」


 ルーシャは暗い表情のリルトにひとつの提案を話す。最初は驚いていたリルトだったが、最終的にはルーシャの提案を受けいれる。




 夜も更け、外の景色の闇はいっそう深くなる。ハンスの山小屋はディオリア山脈の中でも比較的低い場所にあるとはいえ、ある程度の標高の場所に構えられているため夜は特に冷える。

 ハンスは酒も入ったため、いびきをかいて深い眠りについている。


 ルーシャたちはそれを確認すると、こっそりハンスの部屋からひとつのものを持ち出し山小屋をあとにする。



 ルーシャの提案それは・・・。



「あの卵、盗めないかな」



 竜の卵を盗むことだった。それが本物かどうかはルーシャたちには分からない。魔力協会に連絡して竜たちに確認してもらうことも出来なくは無いが、ハンスは話を聞く限り祖先の竜狩人を尊敬しており、おそらく自身も強大な獲物として竜を狩ることにも興味がある。そんな人物を直接的に竜と対峙させることは不安が大きい。


 ならば、魔力協会所属であることを話していないルーシャたちがこっそり盗んだ方が話は早かった。本物なら竜に返せばいいし、偽物だったなら何らかの理由をつけてどこかの誰かに拾ってもらうなり、ハンスの家の近くに置いておくなりして手元に戻せばいい。


 最初はさすがに人のものを盗むことにリルトは抵抗があったものの、ルーシャの説得に折れたのだった。


 ルーシャたちは竜の卵を抱えてディオリア山脈を登る。盗んだのが卵だけだと思わせないため、あえてハンスの家の中を荒らしに荒らした。特に貴重品が置いてありそうなところを厳重にひっくり返す。


 そしてなにより、ルーシャたちをハンスが追ってくるであろうことは容易に想像ができたため、少しでも距離を稼ぐためにハンス側に時間を要してもらうことにした。ハンスの山小屋自体に3日ほど窓や扉が開かないように魔法術を施す。さらにハンスの力と家にあった巨大な武器たちにより壁や扉が破壊されることも考えられるため、魔法術で山小屋自体を非常に強固にしておいた。


 狩人ならば足跡やちょっとした痕跡からルーシャたちの足取りを探すことは容易いことかもしれない。

 緊張しながらふたりは先を急ぐ。地図と磁石で方角や現在位置を確認しながら、ほとんど休憩を取らずにひたすら頂きを目指す。


 世界最高峰の山脈は登れば登るほど道は険しくなっていく。既に道と呼べるものはなく、獣道をひたすらに進むしかない。進むべき先の斜度は鋭角になり、標高が上がれば上がるほど岩肌が目立つ。本格的な登山のための装備を整えてきたとはいえ、それだけで旅路が楽になる訳では無い。本格的な登山の経験がない二人は、準備した装備だけでは進むことが難しく魔法術を使うことで先へと進んでいく。


 この先になにが待ち受けているかわからず、できれば魔力は温存しておきたいというのが本音ではあったが、そうは言ってられないほどの険しさが立ちはだかる。


 薄くなった空気を懸命に吸いながら、ルーシャとリルトは龍のもとを目指す。










───────────


ハンスのところに、まさかの竜の卵があった。

本物かは分からないけど・・・。


ほんとに竜狩人がいたんだって思い知った。


それが本物なのか、本物だとしても生きているのかは分からない。普通に考えたら、700年ものあいだ親元から離れてたわけだから・・・。


でも、もしもここで出会ったのも運命とか魔力の導きとかなら元の場所に戻してあげたい。



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