p.130 狩人

 

 ルーシャとリルトは、ユーリからコンパスを受け取った翌々日に湖上のほとりを出発する。ディオリア山脈は世界最高峰で数々の登山家や冒険家を拒んできた。ゆえにルーシャたちは一旦、街で必要なものを十分に買い足す。食料だけではなく、本格的な登山に必要なロープやビッケルなど思いつくものは買い足す。


 二人で旅をはじめてから、なんとも言えない緊張感が漂う。世界屈指の魔法術と古代術の知識と技術があるとはいえ、リルトも龍の存在は知らなかったし、その力は計り知れない。自然と今から身構え緊張する。


 会話もあるし和気あいあいとしている。けれど、ふとした瞬間に緊張感が走る。


 そうした空気を抱えながら2人はディオリア山脈の麓へとたどり着く。圧倒的な存在感をもつ山々の前にルーシャは息を飲む。ディオリア山脈の裾野にたどり着いただけだが、色濃い緑がルーシャ立ちを取り巻く。近くに村や町はないこともないが数が少なく、その規模も小さい。


 ごく稀に登山家たちが麓の町に訪れることはあるが、基本的に名所も名産もないため開拓されることは無かった。深い緑は容易に人々の世界を脅かし、開拓してもすぐに自然の力に押し返されるという。


 強い自然のもと、人々は静々と暮らしている。昔から質が高く立派な樹木が多いため林業が発展しており、人々は山々と森の恩恵に感謝しながら生きていたという。


 ルーシャたちは少し麓の町で山のことを聞いて回ったが、特にこれといって何かめぼしい情報はなかった。龍や何らかの神的存在についての逸話や言い伝えも、この地に起きる特異的な現象もなかった。


 それでも、龍にまみえる可能性があるのはこのディオリア山脈だけであり、二人は意を決して山を登り始める。裾野に広がる森は最初こそは陽光が降り注ぎ、深い緑が映えていた。立派な樹木や植物が蔓延り、人の行く手などないなか二人は進んでいく。木々の間を駆け抜ける風が心地よく、爽やかな空気が充満している。


 しかし、広大な麓を山へと進めば進むほどその姿は変わっていく。眩しいほど感じていた陽光はいつの間にか巨大な木々により阻まれ、ルーシャたちが進む道は薄暗くなる。鬱蒼と繁る植物は視界と行先を閉ざし、重苦しい空気が辺りに溢れる。さっきまでいたところと同じ場所だとは思えず、おどろおどろしさに鳥肌が立つ。


 人々を拒む山脈ではあるが、先人たちの努力により地図はあるため、ルーシャとリルトはたびたび立ち止まり地図とコンパスを見て現在地を確認する。何度か魔力探知で龍の魔力を探してみるが、ルーシャはまだ魔力の充満した世界に慣れておらず前ほどの魔力探知の精度がないためか特別な魔力は感じ取れない。


 進むほどにどんどん周囲の景色は人の存在を阻むような雰囲気となり、禁足地に足を踏み入れた気分となる。険しくなっていく山道を淡々と登り、息が上がっていく。行く手を阻む植物を捌き、1歩ずつ頂きを目指す。陽光が殆ど届かず薄暗い山道は、それだけで不気味だった。


 静かに進んでいくふたりは時間を気にすることなく歩き続ける。急な断崖を登り、太い木々の隙間をくぐりぬける。そうして進んだ先に、広く平らな場所にたどり着く。



 ふと、ルーシャは目の前のものの存在に気づく。


「リルト、あれって・・・」


 ルーシャの指さす先を見たリルトは驚く。


「こんなとこに山小屋?」


 ディオリア山脈に登ったことは二人ともないが、それでも周囲の聞き込みや噂からこの山に居を構える人物がいるという話は聞いたことがなかった。ぼんやりと明かりがついており、山小屋が廃屋ではないと想像できた。


 警戒しながら二人は山小屋へと近づく。近づいて見てみると、小屋は年季こそは感じるものの手入れされており人の気配がした。


 数々の登山家や人間の命を奪ってきた世界最高峰の山脈に住むのはどんな人なのかと、ルーシャは身構える。山小屋の前までやってきた二人はお互いに見つめ合い首を縦に振る。


 リルトが山小屋の扉をノックする。反応がない──それを覚悟していたふたりだが、案外あっさりと扉が開かれる。中からあたたかい光が漏れ、ひとりの人物が姿を現す。


 大柄な体格に、深い茶色の髪と伸ばした髭、深い緑の男がそこには立っていた。突然の来訪者を少し驚いたように見つめながらも、警戒した様子はなかった。


「突然すまない、こんな山奥に人の気配があったもんで」


 リルトは男に話しかける。


「こんなとこだから人はほとんど来ないさ。まあ、中に入りな」


 見ず知らずの訪問者を男は躊躇うことなく招く。あたりが暗くなっており、ルーシャたちはありがたく男の招きに応じる。山小屋の中はいくつもの武器があり、どれも大きく、大柄なこの男にしか扱えそうにないものばかりだった。


 リビングと思しき場所に通され、お茶を出される。


「俺はハンス、しがない狩人さ」


「俺はリルト、こっちはルーシャ。俺らはディオリア山脈の調査に来たんだ」


 狩人 ハンスとルーシャたちは自己紹介をしてお互いのことを知る。リルトは龍の存在についてなどは伏せるため、あえて調査しに来たと言う。


 ハンスは代々このディオリア山脈で狩りをしてきた狩人の末裔で、山で獲物を捉えては麓の町や村に売りに行って生計を立てていた。ディオリア山脈は昔から自然豊かであり、人を引き付けない場所であり、それゆえか他の地域よりも巨大な獣の個体が多かった。


 小屋の中にある大きな武器はディオリア山脈一体の獣を狩るのに使うという。

 ハンス曰く、ディオリア山脈一体は特有の個体や雰囲気から暗黙の了解として狩猟をするものは滅多にいないらしい。神が住むと噂されており、その地であえて手を汚すものは殆どおらず、ハンスも知り合いの狩人が三人いる程度だという。


 神がおわすと噂されているとはいえ、人々には生活があり食料が必要なためハンスたち狩人は黙認され、そして仕留めた獲物は周囲の村や町へ売られ、人々の生活を支えているという。


「アレもハンスさんが?」


 部屋には仕留めた動物の東部の剥製が飾られている。様々な地を旅してきたルーシャは、それなりに危険な目にもあい、獰猛で巨大な獣とも遭遇したことがある。それでも、飾られている獣の頭部はかなり大きく、ルーシャが遭遇してきた獣よりはるかに大きい。


「俺のもあるし、親父や爺さんのもある。うちは昔からデカい獲物をおってた血筋らしくてな」


「この山のヌシでも追ってるのか?」


 人の手には余るほどの巨体をしとめてきたという狩人にリルトは驚きながらも、冗談半分で問いかける。


「いや、そんじょそこらの獣じゃないらしい」


「らしい?」


「爺さんや親父から聞いた話だし、代々伝えられてきたらしいが・・・俺はつい最近まで全く信じちゃいなかった」


 意味ありげに話し、ハンスは伸びた自分の髭をおもむろに触る。


「お前さんたち、近頃発見されてる竜は見たことあるか?」


 その問いかけにルーシャとリルトはドキッとするが、ハンスに何も悟られないようお互いの顔は見ずに2人揃って首を横に振る。


「噂は聞いた事あるけど、ほんとにいるのか?」


「俺は一目見たけど、あれは間違いなく本物だ」


 声を押し殺しながらもハンスはどこか興奮したように語る。



「俺の祖先は竜狩人だったんだ」



 さらに続いたハンスの言葉にルーシャとリルトは思わず顔を合わせる。










──────────


リルトとディオリア山脈に入った。

人が足を踏み入れちゃいけない雰囲気がすごくて、妙に開拓されてきていない歴史に納得してしまう。


簡単に山を切り崩したり、手を加えてはいけない・・・そんな空気感がすごい。



そんななか、そんな山に住む狩人と出会った。

しかも、それが竜狩人の末裔だなんて。


ロナク=リアがすべてを忘れるほどの時間を置くために色々したけど、竜狩人たちは竜が消えたあともその存在や自分たちのことを伝えて今に繋いでいたなんて。

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