p.128 <第三者>
竜の宴がそろそろ終わろうかという時、ルーシャはファントムの言葉に固まり声も出なかった。重々しい空気に息をすることさえ躊躇われる──そんな雰囲気がルーシャを取り巻いている。
リルトもファントムの話したことは何も知らなかったようで、驚きながらファントムの言葉を待っているようだった。
「実は〈第一者〉、〈第二者〉、〈第三者〉には明確な定義があるのです。それは魔力の違いです」
ファントム曰く、竜の眠りとそれを解く術に際して誰でも介入できないようロックがかけられていたという。魔力や魔法術の発展で、もし神様のようになんでもやってのけるような存在が現れても、決められた時に決められて人物により術が解けるようにと。
このことは術に関わった竜や竜人ノ民、奇術師等だけが知っていたという。リルトは術に関わってはいたが、それは術を構成する側の要因としてで、術の構想などには一切関わっていないので知らないことだった。
「〈第一者〉は竜の魔力、〈第二者〉は人と竜の両方の魔力です」
種族特有の魔力はそれぞれ特徴があり特定しやすい。特に竜は覇者と言われるほどの強くて大きな魔力であり、さらには人間ではほとんどありえない自然界の属性を魔力に有している。それは昔から変わらないことであり、ロナク=リアが術を構想する際に竜の魔力の特性を見分けられるよう仕組んでいた。
そのため、竜の眠りを解くための〈第二者〉にもファントムやルーグといった竜の主導者たちの魔力を利用した。そうすることで、選ばれたものだけしか術に介入できないよう施していた。
「そして、〈第三者〉には龍の魔力が必要となります」
重々しく口を開くファントムに対し、ルーシャとリルトは顔を見合わせる。
「え、竜じゃなくて?」
思わずリルトが聞き返す。
「はい、龍です」
静かにファントムはそう口にし、ため息をつく。
「まあ、この定義は術を守るためのものであってメインは〈第二者〉の魔力定義なので、定義に沿わなかったからといってルーシャや我々が困ることはないんですけどね。・・・そのコンパス以外」
後ろ向きな発言のファントムはどこか自分に言い聞かすかのようにそう言う。
「竜と龍は違うんですか?」
あまりに消極的な様子のファントムに不安になりながらも、ルーシャは真実を確認する。ファントムは変わらず溜息をつき頷く。
竜は巨大な体に強大な魔力を有し、存在するだけで魔力を世界に補填する。豊富な力と慈悲を以て世界を豊かにする存在だとも言われている。
それに対し、龍は竜よりも圧倒的に多量かつ強い魔力を有しており、一息で容易に世界を滅ぼすことが出来ると言われるほどの力を持っているという。
竜が世界の安定と多種属との共存を願い生きているのに対し、龍は世界の安定のみを信条とし、その世界が揺らぐものならば容赦なく一度全てを壊して作り上げると言われている。この世で神という存在を問われれば、1番それに近い存在だという。
なぜ龍が世界の安定を目指すのか、他にそのような役割のものがあるのか、世界の安定とは何なのか──竜たちでさえ知らないことばかりだった。それらの疑問はすべて神の領域のものであり、人間だけではなく竜や竜人ノ民すらも足を踏み入ることが出来ないものだという。
「我々竜族は遠い昔に龍族との意見の相違で袂を分かち、その時に龍の圧倒的な力で身体や魔力の多くを彼らの力で変えられたと言われています。伝説なので多少の脚色はあると思いますが、それでも龍の魔力が圧倒的で神的なのは確かです」
ファントムたちも伝え聞いてきたことなので、何がどこまで真実なのかは分からない。それでも、竜の主導者たちは龍と謁見したことがあり、その格の違いに誰もが震え上がった。
定義に則るのならば、ルーシャはこの世の神とも称される龍の魔力を授かる必要が出てくるということだった。
「ファントムの見解として、龍の魔力を得ることって・・・」
嫌な予感しかしないルーシャだが、それでも一応確認する。
「ほぼ100パーセント無理ですね」
迷いのない言葉と視線にルーシャは淡い期待をことごとく打ち砕かれる。覇者と言われる竜の代表者とも言えるファントムですら、龍と会うことさえそう簡単に出来るものでは無い。まして、龍が人間と交流したことがあるという記録がない以上、神たる存在がいかに遠いものか痛感せざるを得ない。
「ロナク=リアは滅茶苦茶な定義を設定したんだな」
「700年前、それこそ我々と人との対立はいつ世界を滅ぼす戦になってもおかしくは無い状態でした。巫女はすべてを先送りにし、その先の未来で世界を担う龍の審議を受けるべきと判断したのでしょう」
静かに語りながらもファントムの言葉は端々に不安か感じられる。
「審議も何も龍は俺らと会ってすらくれないんだろ?そのコンパスとそれが導く先が何かは分からないが、少なくとも竜の封印とは関係の無いことなら、最悪は龍の魔力を得なくても差支えはなさそうだけどな」
リルトはため息をついてルーシャを見る。
ファントムがほぼ100パーセント無理だと言うのならば、きっとそういうことなのだろう。覇者たる竜でさえ会うこともままならない存在ならば、ルーシャは姿を垣間見ることさえ出来ないかもしれない。
「このコンパスをつくった竜人ノ民は、龍の魔力をどうして選別できるようにしたんでしょうか?」
手に持っているコンパスをみて、単純に疑問が浮かぶ。たとえ、〈第三者〉に龍の魔力が必要だとして、それが〈第三者〉を決定づけるものであったとしても、龍の魔力をそもそも嗅ぎ分けることが出来なければ意味が無い。
ルーシャの問いかけに静かに黙っていた赤竜・ユーリが小さな声を発する。
「そのコンパスを創ったひとは、ロナク=リアと親交が深かった。たぶん、ロナク=リアから話をきいて何らかの方法で龍の魔力を得たのだとおもう」
冷静に淡々と語る朱色のユーリはどこか懐かしそうに、悼むように言葉を紡ぐ。
「龍の魔力を得るなど不可能ですよ、ユーリ」
まだ幼さの残るユーリに、ファントムは難しい表情のままそう告げる。
「不可能であっても、無理なことであっても・・・あのひとは成せるまで成すひとだった。たぶん、今そのコンパスが動かないということが、あのひとがそれを成したということ」
感情が読み取りにくいほど静かに語る朱色の少女は、その胸の内に暖かい感情を抱く。静かながらも強く語る様子は、ルーシャの手にしているコンパスを創り上げた竜人ノ民の姿を自然と想像させてしまう。言葉にはしない感情を感じ取り、ユーリとその竜人ノ民の絆の深さを感じ取る。
詳細なことも何も分からないが、今たしかに手にしているコンパスはルーシャの魔力に反応を示さなかった。龍の魔力で動くかは分からないが、このままではどうやったとしても針を動かすことは出来ない。
「ユーリはこれが指し示す先が何かは知らないんですよね?」
ルーシャは小さな赤竜に話しかける。朱色の瞳が真っ直ぐとルーシャを捉え、静かに首を縦に振る。ユーリは託されただけで、何故これを創ったのか、その先に何を隠したのか、未来に何を準備したのかは知らない。それを聞く時間もなく、ユーリは旧友と永遠の別れをしなければならなかった。
「ロナク=リアからは何も聞いてないんだよな?」
腕を組み難しい表情を浮かべたリルトがファントムに問いかける。
「はい、なにも」
「ってことは、封印とか世界の動向に深く関わるようなことではない可能性が高いな」
「そうですね。ですから、とりあえずは様子を見て我々が龍との接触を試みて反応を伺いながらの長期戦でも構わないかと思っています」
今すぐにどうこうしなければならない様子はなく、リルトはほっと一息つくように安堵の表情をうかべる。ファントムから話を聞いた当初は、竜でさえも手出しができない自体に焦りを覚えたが、緊急を要する件ではない様子だった。
「ルーシャ?」
安心するリルトとは相反し、ルーシャの表情は引き締まっていた。緊張ゆえの顔のこわばりや顔色が青い──というものではなく、覚悟を決めたような真っ直ぐな瞳をファントムとユーリに向けている。青い瞳は躊躇いがなく、ルーシャから感じ取る魔力が驚くほど整っている。
「龍に会うにはどこに行けばいいんですか?」
躊躇いも畏れもなく、ルーシャはファントムに問いかける。
「急ぎじゃないんだし──」
驚きながらもリルトはルーシャに落ち着くように言おうと口を開くが、ルーシャがそれを跳ねのける。
「いつかしなきゃいけないなら、先延ばしにしたくない。それに・・・」
静かに手に持つコンパスに視線を落とし、何も知らない竜人ノ民のことを思う。
竜の主導者ですら会うことが難しく、この世の神と呼ぶことが最も似つかわしいという存在に、たったひとりの竜人ノ民が何らかの方法で接触し魔力を得た。ありえないことを成し遂げた竜人ノ民がどんな思いだったのか、どうしてそこまで出来たのか分からない。
大切なものを貫き成した先の思いを感じ取ったルーシャは、いつかそれを受け取ろうなどとは思えなかった。いつか、未来で、──そんなことをすることはユーリの旧友に対して失礼だし、本気でやりきったそのひとの思いを踏みにじるような気がしてならなかった。どうしても今しなければならない、そう思えてならない。
「私に託してくれた何かをきちんと受け取りたい」
真っ直ぐとファントムを見つめるルーシャのなかに、躊躇いはない。未知への恐怖や不安がないわけではないし、ついさっき知った事実に対して嘘であって欲しいという思いもそれなりにある。
けれども、見ず知らずの未来の自分に託してくれたものがあるのなら、この目で確かめて、この手で受け取りたかった。
「会える保証もなければ、命の危険もありますよ?」
「そんな綱渡りばっかりで今まで来たなら、綱がひとつ増えても変わりませんよ」
ファントムの忠告にルーシャは苦笑いをうかべる。
ルーシャが〈第三者〉になったのだって、リーシェルの反乱がなければ辿ることのない人生だった。今まで生きてきて、死ぬかもしれないと思うことはそれなりにあった。
正直いえば、危ないことは避けたいし、安定した人生みたいなものは欲しい。けれど、ルーシャが歩いてきた道はそうではなかったし、それが嫌だと思うこともなかった。そんなもんなのか──そう思いながら生きてきて、またそう思う案件がひとつ増えただけだった。
──────────
まさかの〈第三者〉は龍の魔力が必要だった。
ただでさえ、竜や竜人ノ民なんかも物語のなかって感じなのに、この世の神と読んでも差し支えないような存在の話まででてきて・・・。
今回はさすがに無理難題すぎると思う。
でも、ユーリの知り合いだというコンパスを創ったひとのことを思うと・・・何もしない訳にはいかない気がする。
どれだけの危険を犯して、どれだけの覚悟と労力で、どれだけの願いや思いがあったのか・・・考えれば尽きることない努力を重ねて私の手にコンパスがある。
たしかに、ファントムの言うように動向を伺いみて動く方が賢いのかもしれない。
でも、存在するかどうかも怪しい〈第三者〉という存在のために奔走したひとの思いを無下にするようなことはしたくない。
そのひとが必死になって創ってくれたなら、私は必死になって託してくれた何かを受け取らなきゃいけない気がする。
・・・できる気はまったくないんだけどね。
不思議と気持ちだけが湧いてでてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます