第十六章 竜人ノ民の遺産

p.127 コンパス

 

 竜が目覚めて三日三晩、ルーシャたちのいた湖畔では竜の宴が行われていた。フィルナルから食料や酒などが差し入れられ、湖畔に集まった竜たちやルーシャたちは盃を交わす。世界各地から竜が集まり、語り合う。ファントム曰く集まったのが竜のすべてではなく、世界各地でここには集まらずに息を潜めているものもいるという。


 さらに、何人かの竜人ノ民が湖畔にたどり着く。竜と違い、竜人ノ民は眠りにつかなかった。700年の時の間、竜人ノ民はひたすら生きて子孫へ自分たちのことや竜のことを伝え竜の眠りが解けるのを待ち続けていた。竜人ノ民の寿命は人間より少し長く、200年ほど生きると言われているが、それでも700年が短い年月とは言い難い。


 どこか先祖からの教えの竜のことなど半信半疑だった竜人ノ民たちだったが、実際にその目で竜をみて驚く。


 リヴェール=ナイトがいくつかの竜人ノ民の集落と関わりがあったため、それぞれの集落の長に竜の目覚めのことは連絡していた。彼らは半信半疑ながらも、リヴェール=ナイトは何代も前の世代の時から老いも死にもせず、定期的に集落にやってくる人物だったので、リヴェール=ナイトの言葉は一応信じていた。だから、一目散に竜の集う湖畔に代表者を送ることができたのだった。



「ルーシャ」



 名前を呼ばれ、ルーシャは振り返る。

 フィルナル──魔力協会からの指示でファントムをはじめとする竜は人々へ余計な混乱を招かぬよう、しばらく湖畔に滞在することとなっている。魔力協会は現在、竜の目覚めに際し生じた世界中での異変データを全て集め、被害を把握し対応している。さらに竜の存在と歴史を公にし、共に生きるための体制作りに追われている。


 混乱と希望と批判が渦巻く中、この佳境をいかに乗り越えるかが今後の世界の命運を握っていた。


「どうしました?」


 振り返ると黄金色の竜がこちらを呼びかけたようだった。ルーシャは不思議そうにファントムのもとに歩み寄り、一頭の竜がいることに気づく。

 朱色の竜はファントムより幾分も小柄で、同じ朱色の瞳はつぶらで可愛らしい。


「こちらは赤竜のユーリ、あなたに渡したい物があるようで」


 三日三晩の宴で、ルーシャは竜の存在や彼らと接することに少し慣れる。世界の魔力の多さには未だに違和感を覚えるが、少しずつ現状を体と心が受けいれ始めていた。


 小柄な赤竜・ユーリは黙ったまま、熱い炎にその身を包み人間の姿に変化する。朱色の髪と瞳の小さな女の子となったユーリは、ルーシャにそっと近づき手を差し出す。何なのだろうと不思議に思いながら、ルーシャは両手を出して何かを受け取る。


 冷たく硬い感触が手に伝わり、ルーシャは渡されたそれを見る。ルーシャの片手に収まるそれは、円形の金属で、円の中心に針が備え付けられている。


「コンパス?」


 今回の旅時でも使用したコンパスと同じような形状をしていた。しかし、本来方角を示す文字が記されているが、そのようなものはなく、ルーシャの知らない記号が一つだけ刻まれている。


「ユーリと懇意にしていた竜人ノ民が、〈第三者〉に渡して欲しいと言っていたものらしいのです。残念ながらその者は既に無くなったようなので、私もユーリも詳細までは分かりかねます」


 手渡した小柄な赤竜も、言葉を代弁するファントムも困ったように顔を見合せている。


「ただ・・・」


 ファントムが難しい表情で何かを言いかけて口をとざす。妙に緊張しながらルーシャはコンパスを見つめ、なにか分からないかと魔力探知を試みるが、込められた術が魔法術ではないのでルーシャには分からない。


「暗い空気でどうした?」


 何かを察したようにリルトがルーシャの隣に現れる。ルーシャとファントムが口を開くよりも先に、リルトはルーシャの手にしているコンパスに気づく。そのまま探るようにコンパスを見つめ、それがルーシャには分からない古代術の何かを探っているのだと分かる。


「・・・なんだこれ。構造はしっかりしてるのに魔力がないというか、枯れてるというか、初めて見るなー」


 物珍しそうにリルトはまじまじとコンパスを見つめ続ける。古代術であれ、魔法術であれ、術には必ず魔力が必要となる。魔力がなければ術の存在そのものを確保することができず、術は消滅する。


 しかし、ルーシャの手渡されたコンパスには魔力がないのに術の構造はしっかりと残っているという。魔力がないのに術が残ることなど数多の魔法術や古代術を見てきたリルトでも、見たことの無い事例だった。


「それを動かすには〈第三者〉の魔力が必要なのです」


 重々しくファントムは口を開くが、その言葉にルーシャとリルトは安堵する。


「魔力を補填して術が発動するのか。どうやって創ったんだー?」


 魔力を補うことで使えるのならば話は簡単だった。リルトは物珍しいのか相変わらずコンパスをまじまじと見つめ続ける。そんなリルトの隣でルーシャは自分の魔力をコンパスに流し入れる。魔道具に魔力を補填することも多々あるため、要領は同じであり苦労することはなかった。コンパスに魔力が十分に補填されたところで、ルーシャとリルトはコンパスの針を見つめる。


 しかし──。



「「あれ?」」



 ふたりの言葉が重なり、そのままルーシャたちはファントムを見返す。

 魔力は十分にコンパスに満たされているのに、その針が動く気配が一切ない。


「・・・〈第三者〉の魔力が問題なんです」


 少し目を反らせファントムはため息混じりに言葉を呟く。


「私の魔力・・・何か駄目なんですか?」


 今まで特に問題なく魔法術を扱うことが出来ており、誰かに魔力の性質や量について指摘されたこともない。改めて自分の魔力を感じてみるが、何か引っかかるものを感じ取ることは出来ない。

 


「これは一部の竜と竜人ノ民は知っていることなのですが、〈第一者〉、〈第二者〉、〈第三者〉には明確な定義があります。それに沿っていえば、ルーシャはまだ正式な〈第三者〉ではないんです」



 難しい顔をしたファントムの言葉にルーシャは耳を疑う。今まで誰にも何もいわれてこず、周りが〈第三者〉と呼ぶからそうなのだろうとしか思ってこなかった。特に強い使命感や愛着があった訳では無いが、改めて否定されると衝撃を受けざるを得なかった。








──────────


え、ちょっと待って。

私って・・・なんなの?!


マスターにも、他のひとにも〈第三者〉って呼ばれ続けてきたんだけど。

今更、実はまだなんですって。


え、まだってなに?


今まで私の事〈第三者〉って言ってたの何だったの?



そして何より、いつもにこにこ余裕な感じのファントムが重い空気で言いづらそうにしてるのが・・・なにより怖いんですけど。


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