p.122 道のり


 魔力協会の思想本部の出口に一同は集まる。季節は暖かな春となり、あちこちで植物が芽吹き、動物たちが冬眠から目覚める。

 この三ヶ月でフィルナルをはじめ、魔力協会では問題点を洗い対策を講じてきた。全協会員に緊急任務が近々入ることが通達され、協会内はザワついていた。


 協会員の中には籍だけ置いており、魔法術とは縁遠い生活をしている者も少なからず存在しているが、そんな人間も今回は実働人数に入れられている。魔法術師は全世界の人口に比べれば圧倒的に少なく、猫の手も借りたい状況であった。緊急任務は個人の実力なども考慮されており、無茶はさせないよう配慮されているとはいえ何が起きるか分からない。


 詳細を知っている協会上層部でさえ不安が拭いきれない。前代未聞の状況に誰もが不安を抱えている。



「道案内頼むよ」



 思想本部から出たルーシャたち一行は、リヴェール=ナイトの案内の元すすむ。

 思想本部から出たところは、小さな町にある魔道具屋だった。そこを出た五人は近くの協会支部へと向かう。支部同士は空間移動が出来るように繋がっており、目的地に一番近い支部にまずは移動する。


 魔力協会の支部は小さな町や村にもあることもあるが、比較的人口の多い場所に構えられていることが多い。五人は小さな町をすぐに出て、歩いて行ける距離にある支部へと急ぐ。支部のある町へとバスがないわけではないが、何せ人口が少ない町の交通網は非常に少ない。かなり待たなければバスは到着せず、それを待つよりも歩いた方が早いと判断したのだった。


 シバがいるので旅程はある程度の余裕が欲しいが、シバは常々年寄り扱いするなと言っており、気遣いの方法にも頭を使う。リルトは、シバはそこらの中途半端な若人魔法術師よりよっぽど動けると評価しているが、それでもやはり気は遣う。


 二時間近く歩き、隣町にたどり着く。気候が良いため現時点での旅路はさほど厳しさは感じない。

 そのままの足取りで魔力協会の支部へと足を運び、目的地に一番近い支部まで一気に移動する。



 目的地近くの支部から一歩出ると、そこは驚くほどの緑が満ちた場所だった。よく言えば自然豊か、悪く言えばド田舎の風景が目の前に広がる。支部の建物は外から見ると、ひどく年季が入ったもので少し傷んでいる。周囲を見回すと民家が数件あるが、それ以外はひたすら畑が広がる。まだ春先であり、種植え直後なのか畑はまだ土が目立ち、植物の芽が見えるものもあるがまだ土が多く見える。目に見える範囲の周囲は山ばかりで、どこかの山間部にある村だと思える。


 リヴェール=ナイトは躊躇うことの無い足取りで一同を案内する。畑の間にできた畑道を歩いていく。時折、村人と思しき人物を見掛けるが老人ばかりだった。見知らぬ者たちが村を歩いているが、それを特に聞き止める様子は無い。


 春の陽光があたたかく、吸い込む空気が新鮮だった。過酷な旅と聞いていたので荷物は多くて重く、これから山に入るのかと思うとゾッとする。荷物の多くが食糧のため、旅が進むと荷物が軽くなるとは思うが、食糧切れも怖いと今からルーシャは心配事が尽きない。



 しばらく歩くとそのまま山へと入る。


「ここから目的地まで永遠と山を超えていく」


 リヴェール=ナイトの言葉にルーシャは覚悟を決めつつも、少しでも楽な道のりであることを願わずにはいられない。

 一行は必要な会話はするものの、体力温存のため余計なお喋りはせずに進んでいく。山に入ってからは村人が使う山道を使って進んで行く。緑の木々が生い茂り、周囲には様々な植物が生き生きとその存在を示すかのように生えている。


 山道で歩きやすいとはいえ、その斜度はどんどん急になっていく。時折吹いてくる自然の風が涼しく感じられるほど、五人は汗をかきながら山を登っていく。


 目的地に続く街道はないという。さらに、ロナク=リアの強力な結界があるためリヴェール=ナイトは目的地はおろか、その周囲数十キロの土地に空間移動のための魔法術を施すことが出来なかった。ロナク=リアの結界は、目的地に誰も近寄ることが出来ないよう、来る時まで何者も足を踏み入れることがないよう施されたものだという。


 だからルーシャたちは目的地までひたすら歩くしかない。重い荷物により体力はすぐに奪われ、斜度が上がる度に進む速度は落ちていく。汗が滴り、息遣いは自然と荒くなる。まだ旅を初めて数時間だと言うのに、一気に体力も気力もなくなる。一歩進むだけでも主に足が悲鳴をあげ、前について行くだけで精一杯だった。何かしらの魔法術でもう少し旅が楽になるようにすることも可能だが、これから何があるか分からないことを考えれば魔力は温存しておきたかった。


 既に満身創痍なルーシャとは違い、シバも汗を流して息を切らせているがルーシャほどではないようだった。どうしたら、それほど丈夫に生きられるのだろうかとルーシャは不思議でしかない。



 山道を進んでいた一行だが、途中から山道を逸れて完全な獣道へと進路を変える。道無き道を行くことは非常に大変で、今までがいかに楽なものだったのか痛感せざるを得ない。足場がないなか、目の前は自分よりもはるかに背丈の高い植物が道を塞ぐ。先頭を歩くリヴェール=ナイトが邪魔な植物を切り倒してくれてはいるが、それでもひと1人通るのがやっとな道を作るだけで、それ以上の余裕はない。


 滑り落ちそうな傾斜をなんとか登る。時折、最後尾のリルトに助けてもらいながら何とか進む。傾斜が急になると足元が滑り、近くの植物を掴むも折れることもある。何度もヒヤリとしながら進んでいくことは、精神的にもキツい。


 途中に何度か休憩を挟むが、出発して直ぐに体力が削られる。今まで旅をしてきたとはいえ、ルーシャは出来るだけ楽な道のりを選んできた。そのため、過酷な今回の旅路はツラいの一言に尽きる。


 ひとつめの山を登りきったと思ったところで下りに入る。いくつもの山を超えた先に目的地があるといい、あといくつかの山を超えれば山脈に入り、そうなればひたすら登って、進んでいくという。つまり、山脈に入るまではひたすら登って下ってを繰り返す苦行ということだった。



 そうして、ルーシャたちは何日も山の中で過ごす。幸いにして春という季節もあり、山には水源もあれば動植物も存在しており、生きていくのに必要なものは手に入ることが多かった。


「まだなのか」


 そんな旅のなかで一番苦情を口にしたのがフィルナルだった。フィルナルは魔導士としての技量が高いと評価されるとは言え、若くして協会の幹部になり議会での答弁をずっと行ってきていた。過酷な旅路に出たことは殆どなく、弟子時代に師匠に兄弟弟子のフェルマーと共に無人島に放り出されたことが一度あった程度だった。


「まだ四日じゃないか、軟弱な会長殿だこと」


 フィルナルの文句にシバが憎まれ口を叩くことが日課のようになっている。最初は何か言い返していたフィルナルも、徐々にその気力はなくなり大人しくなっていく。



 十日ほど山の上り下りをくりかえし、ようやく山脈へとたどり着く。あとはひたすら登り、進むだけとなる。連日の厳しい道のりに野宿での休息では疲れがとれず、日に日に疲労感が蓄積していく。だが、それでも不思議なことにシバは全く弱った様子を見せない。




「そう言えばリルト」




 山脈に入って三日目の夜、いつも通り野営の準備が整い夕食の時間となる。今日は特に何も手に入らなかったので、缶詰や干し肉などの保存食での食事となる。


「お前は何故、禁書に閉じ込められたんだ?」


 フィルナルは率直な疑問をリルトに向ける。フィルナルも竜や封印のことについてリヴェール=ナイトから説明は受けている。禁書の人間が何らかの罪を犯し封じられていたことも知っており、知っていながらもマシューとリルトに協会籍と資格と職業を与えている。


 マシューは聞いたところによると、禁術のひとつ「不老不死」という奇術を施行しようとして捕まり、幽閉されていたという。その名の通り、その奇術が成功すれば老いも死にもしないという。しかし、その術を成功させたものはいない言われるが何故か術式だけが残っている。

 マシューはそれが本物かどうか、自分自身で実験しようとしたのだった。


「俺も禁術に手を出したんだよ、反魂の奇術」


 リルトは少し懐かしそうに答える。


「発動させる前にイツカさんに見つかったから、施行までは出来なかったけどな」


 反魂の術は今現在でも最上級の禁術に指定されている。これもまた不老不死と同じで、術式は残っているが成功させたものがいないといわれている。シバとオールドが成した「舟渡し」の魔術よりも高度で複雑で、反魂の術は多くのものが死ぬリスクがあると言われている。しかし、実際にどうなるのかは誰にも分からない。


「動乱の時代だったそうだな」


 初めて聞くリルト個人の話にルーシャは少し興味が引かれる。フィルナルは何か悼むように暗い表情をうかべる。名を馳せた奇術師が、しかもリルトほど常識と倫理を弁えているであろう人物が禁術にまで手を出してしまうほど追い込まれていた──そう思うと、組織の上に立つ者として何も感じない訳では無い。


「俺の禁術は個人的な理由だよ、フィルナル」


 暗い表情のフィルナルをフォローするかのようにリルトは明るく話す。まだ複雑そうな表情を浮かべながらも、フィルナルは飄々としているリルトを見返す。


 リルトは特に気にした様子もなく、そのまま当時のことを語り出した。










─────────


竜の眠りを解く旅に出発した。

メンバーがメンバーなだけに、めちゃくちゃ緊張するんですけど。


なんでフィルナル会長は本部で指揮しとかないかなー。

なんでグロース・シバも行っちゃうかなぁ。


確かに何かあった時に、伝説と言われる大魔導士がいてくれるのは頼りになるけども・・・。

私の精神衛生上よろしくないのよ。



旅もめちゃくちゃしんどいし、つらいし。

瞬時にパパパッと行ける方法、リヴェール=ナイトさんでも、色々したロナク=リアさんでも良いから創っといて欲しかった。

ほんと、毎日山を上り下りするのはしんどすぎる。


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