p.123 湖城

 

 ルーシャ達が旅に出て二十日ほどが経過した。ひたすら山を歩き続け、もはや疲労はピークに達していた。多少の険しい道への慣れはあるが、それでも不慣れな地で満足に休息することなく連日動くことはキツいものであった。


「・・・」


 そんななか、ルーシャはリルトの禁術に手を出した昔話を聞いてからぼんやりすることが多かった。疲れが溜まっていることもあるが、それよりも考えてしまうことのほうが圧倒的に多い。


 答えの出ない何かに囚われ、どうしようもないことなのに考えてしまう。


 宛のないことを考えループしているルーシャは、ふと先を歩くシバの足が止まったことに気付く。休憩なのかと周囲を見回し、自分がどれだけぼんやりしていたのかに気付く。


 少し前までは標高が高いとはいえ植物や木々がある場所を歩いていた。だが、今はもう周囲にあるのは岩場と少しばかりの高山植物だけだった。空気はうすく、気温は低い。肌寒さを今更ながらルーシャは自覚する。



「こちらに」



 リヴェール=ナイトに促され一同は岩場を登って先へと進む。空は見入ってしまうほど青く澄み切り、雲ひとつない快晴だった。眩しいほど美しい青空の元、岩場を登りきった先には目を見張る光景が拡がっていた。


 岩場を登りきった先には、広大な湖が広がっていた。周囲の岩場が円上に競りたち、カルデラ湖が築かれていた。空の青を反射するかのように美しく青い湖が目の前にある。


「きれい」


 初めて見たカルデラ湖が予想以上に美しく、澄み切った空と空気がさらにその美しさを相乗的に跳ね上げる。周囲は岩場で、大した植物はない殺風景なところがあるが、それがまた湖の美しさをひきたてる。


「結界と目隠しか。やるなー、ロナク=リア」


 まじまじと何かを見つめ、リルトが感心したように声を上げる。ルーシャとシバは何かしらの魔力が、何かしらの形を成していることは分かるが。それが何なのかまでは分からなかった。そこにはルーシャとシバには分からない古代術があるのだろう。


「そんなに長期間、術って継続するものなの?」


 魔法術での術の効果は魔力が切れるまでであり、基本的に術者が死ねば魔力そのものが無くなるので魔法術も消える。しかし、魔道具に添付した魔力や、特別な魔法術で固定した魔力は消えることがない。そのためそれらは魔力が消費され尽くすことで、魔法術の終了となる。


「個人の魔力はとっくに尽きてるけど、自然の魔力を利用すれば長く持つんだよ。まあ、それでもこれだけ持たせたのは奇跡みたいなもんだけど」


 驚きながらもリルトはリヴェール=ナイトのほうを見る。リヴェール=ナイトは無言で頷き、リルトは右手で何かを操作するように自分の魔力を動かす。見たことの無い魔力変化にルーシャもシバも、改めてリルトが自分たちとは違う時に生きて居たのだと実感する。


 しばらくすると、目の前の景色が変化する。青い空に青く美しい湖は変わらない。絵に書いたように美しい風景の中、ひとつのものが姿を現す。


 先程までなかった、美しい湖城が目の前にあった。


 青い湖に浮かぶように、白い城壁とグレーの屋根の城が堂々とそこにある。遠くからでも年季を感じるが、ボロいというよりは趣を感じられる。所々崩れているようなところも見受けられるが、それでもなお有名な絵画の中の世界のようだった。


「あそこだな、リヴェール=ナイト」


「ああ」


 真剣な眼差しを向けるリヴェール=ナイトは言葉数が少ない。

 目的地の湖城へと足を踏み入れる前にルーシャたちは食事と休息をとる。湖城へはリヴェール=ナイトも一度も行ったことがないため、そこで何が待ち受けているか分からない。何かしらの古代術のトラップなどもしかけられている可能性があり、今のうちに英気を養っておく必要があった。


 休息をとりながらも、一同の中の緊張感は途切れることがない。食事を取りながらもルーシャは味を感じられず、やたらと喉が乾き水分ばかり摂っている。疲れが蓄積している体なのに、不思議と気だるさは払拭されており、妙な高揚感のようなものが体を支配している。


「一度、リュカに連絡を入れる」


 休息もそこそこにフィルナルはそう告げ、少し離れた所へと移動しパロマで副会長のリュカに現状を伝える。目的地にたどり着いたが、これから先どう動くか分からないため、迅速に全協会員を動かす必要がある。


 幸いにして、今現在では魔力協会を取り巻く状況では特に問題は生じていない。大きな事件も、反魔力協会組織の暗躍もなく、目の前の状況に集中することが出来る。


 フィルナルはリュカと今後について、協会員への指示について軽く話し合う。その間、ルーシャたちは湖を渡る方法を検討し、湖の調査を行う。魔法術で渡ることは可能だが、ロナク=リアが湖に何らかの術を施していることも考えられ、念には念を入れて行動する。


 リルトとリヴェール=ナイトの調査で湖には特に古代術が施されている様子はなく、魔法術で水の上を歩いて湖城へと行くこととした。

 フィルナルとリュカの話が終わり、一同は躊躇うことなく湖城へと向かう。


 湖の上を歩きながらルーシャは、カルデラ湖を改めて見る。広大な湖がひろがっており、大きな火山がかつて活動していたことが分かる。湖の水は透明度が高く、浅瀬では魚を始めとする水中生物や植物を見ることが出来た。


 ここには湖城以外の人工物が一切ない。それゆえに、青い空と湖に挟まれて存在する古い城が不思議と神秘的に思える。


 湖の上を十分ほど歩くと湖城にたどり着く。古くボロボロになった船着場から敷地内へと足を踏み入れる。


「ロナク=リアの結界は、ここをあらゆるものから守っていたのと同時に、ここの建物の風化や老朽化を限りなく遅らせる効果もあったみたいだな」


 船着場の木のなかには腐ってしまっているものもあったが、それでもかろうじて形を保ち、ルーシャたちが足を踏み入れても何とか耐えている部分もあった。

 どのようなあしらえであっても、ここは湖の上にある古城であり水や雨風による侵食や腐食は避けられない。だが、形を保ち崩壊していないところを見ると、相当な術によって守られ続けてきていた。


 船着場から湖城の内部へと足を運ぶ。ちょうど、船着場から見える範囲に大きな門があった。錆び付いた門だが、なんとか開けることができ、そこを潜り玄関まで歩いていく。

 湖城自体はそれなりの風化を受け、間近で見ると屋根も所々欠損して雨漏りもしているようだった。


 玄関の扉は少し傾いていたが、ひと一人入れるほどには開けることが出来た。中に入ると、外観の廃れ様とは相反し比較的綺麗な状態であった。雨風の影響は否めず、家具や絨毯は明らかに傷んでいたが、ルーシャたちが思っていたほどの酷い有様ではなかった。


 年代物の家具や調度品があり、元々は相当整った場所だったのだと推測できる。足元の床も船着場同様に腐っている部分があるため、慎重に足元を確認しながら進んでいく。


 軋む床は時折抜け落ち、天井を見上げると上階の床も同様であり、いつ崩れ落ちてきてもおかしくは無い。上も下も気が気でないなか、湖城の中を見て回る。

 リヴェール=ナイトもここに巫女が眠っていることは知っているが、どこにいるかまでは知らない。


 ルーシャは魔力探知を行うが、湖城全体に魔力を感じるため巫女の場所の特定まではできなかった。結界や目隠し以外にも、ロナク=リアは巫女たちを眠りにつかせている術を施しているため、その魔力に阻まれて居場所の特定が難しくなっていると思われた。


 巫女たちの眠りは、竜に施された術とは似ているけれども違うものだという。


「巫女殿は随分と魔力の扱いが上手かったようだねぇ」


 湖城に施されている術の魔力を感じながらシバが驚いたように口を開く。ロナク=リアの術は古代術であり、魔法術を扱うシバと純粋に比較することは出来ない。それでも、シバはロナク=リアに尊敬を素直に感じる。大魔導士と呼ばれているシバですら、ロナク=リアが成したであろう術を全て行うことはできない。


「術の構想はイツカさんと叡神のオランが少し噛んでいたはず。イツカさんは他の奇術師の術とか良く知ってたし、オランは言わずと知れた当時最高峰の知識人だったから。術の発動までに二人が助言とかしてたらしい・・・、それにしても良くやり切ったもんだけどな」


 もはや不可能と言い切っても不思議では無い術をもって、時代の荒波を断ち切ったロナク=リアのその技は執念にも近い。



「奇跡の先の今か」



 黙っていたフィルナルが静かにつぶやく。

 有り得ない術を行使し、それが成功した。当初の思惑通り、業火のような荒波を鎮火し人々は忘却にて憎悪を失くした。忘れ去られながらもそこに存在し、そうして再び元いた場所に舞い戻ってくるために竜は眠り続けた。


 魔法術を扱うフィルナルですら、リヴェール=ナイトが語ることが作り話や物語なのではないかと思えるほど、向き合うべき現実はフィルナルが今まで見てきた常識とは異なる。



 だからこそ、有り得ないことを成した先に辿り着いた今だからこそ、フィルナルはこの時代の魔力協会を牽引するものとして見誤ってはいけないと心に誓う。












─────────


めちゃくちゃ大変すぎる旅で、もう常に限界なんだけど。

気候が春だからマシなんだろうけど、それでもキツいものはキツい!


リヴェール=ナイトさんが案内してくれているとはいえ、本当に目的地に近づいてるのかなーって心配になってくる。


そんなことを考えていたら、目的地に辿り着いた。


とても綺麗な空と湖がある所に、古びた城があった。

いかにも古城って感じだけど、不思議と恐ろしさよりも美しさが際立っていた。


綺麗とはいえ、結構足場危ないんだけどね・・・。

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