p.106 破壊の力

 

 神の庭の魔力攻撃に直撃したルーシャは意識を失う。


「シスター!」


 セトが揺り動かすが反応が一切ない。焦るセトだが、リルトがすぐに駆けつけ襲い来る攻撃から二人を守る。


「リルト、シスターが!」


「たぶん意識を失ってるだけだと思うが・・・」


 ちらっとルーシャを垣間見てリルトは口を開く。近くで見る限り呼吸もしており顔色も良い、明らかな出血は見当たらず魔力の変化もないことからルーシャの状況が危機迫っているものではないと推察できる。しかし、頭部への打撃がどのような状況を引き起こすか分からないため悠長にことを構えることはできない。


「セト」


 リルトは静かに赤髪の少年の名前を呼ぶ。

 周囲の攻撃はどんどん激化し、リルトがそれらを捌くが反撃まで手を回す余裕が無い。


「ここを壊せ」


「え?」


 セトは膝をつき倒れたルーシャに付き添ったまま、リルトを見上げる。その目は真剣で、その言葉が本気だとわかる。


「でも、俺まだそんなたいした魔法術使えないんだけど」


 いくつかの基礎的な魔法術は使えるが、それらで今この空間を壊すことはできない。だからと言って、リルトに変わって防御魔法で自分たちを守るという役割を代わることも出来ない。


 周囲はすっかり真っ暗になり、光ひとつもない闇夜となる。漆黒の世界では右も左も、上も下も分からなくなる。


「大丈夫だ。お前のその爆炎を以て尽く焼きつくせ」


 リルトはニヤリと笑いセトを見る。リルトのその目はセトの魔力を捉える。


「あんた・・・」


 セトは何かを言いたげに口を開くが、躊躇った末に口を閉じる。


「ちょっとそこらの事情に通じてるもんでな。それより・・・」


 リルトは視線の先を暗闇へと戻す。そのまま右手で何かを描き、ひとつの光が生み出される。漆黒の空間に飲み込まれそうなほど小さな光の存在をセトは見つめる。


「この光の先に空間を創っている術がある。術全てを燃やすんだ」


「あんたがやった方が確実なんじゃ・・・?」


「術の構造が長年の変化で複雑化してて、解くにはかなりの時間と手間がかかる。だが、お前の魔力なら全てを壊せる」


「・・・わかった、やってみる」


 セトは頷き、真っ直ぐとリルトの光を見つめる。立ち上がり、両手を前に出し自分の魔力を感じる。熱く燃え盛る魔力が体中を駆け巡り、その存在を強く感じる。それらを練り上げながらセトは1つの魔法を発動させる。


 セトの発動させた魔法は単純な炎魔法──対象物を燃やすというあまりに基礎的なものだった。リルトの示した光の先にある複雑に絡み合った魔力そのものをセトは燃やす。


 本来、単純な炎魔法では簡単な魔法術を燃やすことは出来ても高度で複雑化した魔法術を燃やしきることはできない。対象の魔力が大きすぎると相手の魔力にのまれてしまい、炎魔法は自然消滅する。


 しかし、セトの魔力は普通とは異なる。魔力に炎の属性を有し、その魔力は炎系統の魔法術を数倍の力で発揮出来る。小さな炎ですら目の前のものを何でも焼き尽くしてしまう。コントロールを間違えれば、容易に世界を火の海にさえしかねない力でもあった。


 リルトの光の先の魔力にセトの炎魔法が着火すると、あっという間に空間を創っていた魔力を燃やし出す。赤々とした炎は次々と燃えさかり、火の海があっという間に広がる。最初は漆黒の空間に灯ったわずかな明かりの火だったが、対象の魔力を飲み込むように燃やして大きくなるにつれ空間全体が熱気と強い光で覆われる。


 リルトたちを襲っていた魔力たちが激しくうねり、苦しむかのような動きを見せる。セトはリルトを見るが、リルトの瞳はまだ空間を創る魔力を見据えたままだった。セトはすべてを焼き切る覚悟で魔法を継続させる。


 周囲が炎の海に囲まれ、地獄の底にでもいるかのような状況となる。リルトに言われた通り、セトはこの世界の尽くを焼き尽くす。揺らめく炎の圧倒的な力や熱気が周囲に充満するが、リルトの防御魔法のおかげでセトたちが焼け焦げることはなかった。



「すげぇな」



 リルトは少し驚きながらセトを見る。


「あんたがやれって言ったんだろ」


「それだけの力はあるとは思ってたけど、実際見てみると凄いもんだな」


 リルトは周囲の炎を見渡す。激しい猛火は全てを焼き付くし、すべてを灰にする勢いがある。


「あんた何者だよ?」


 警戒心を見せるセト。その感情に感化されたかのように炎もリルトを取り巻こうと動きを見せる。


「ちょっとした筋の情報に精通してる、ただの魔導士だよ」


 滾る炎に囲まれてもリルトは動じる様子もなくセトと対峙する。周囲を容易に火の海と化す魔力は探るようにリルトの周りを動き回り、それに付随して炎も動く。


「お前の魔力は攻撃魔法にはうってつけだな」



「・・・壊すだけの力に何の意味があるんだよ」



 リルトの言葉にセトは吐き捨てるように呟く。

 自分の魔力でここまで意図的に何かを破壊したことは今回が初めてであり、セト自身も自分の魔力に驚く。すべてを焼き尽くし、破壊しつくす力は強くあるが恐ろしさもある。


 焼き尽くし、破壊する力は求めるものからすれば魅力的なのかもしれない。


 だが、セトはすべてを壊すだけの力に意味を見い出せない。魔力は悪だと教えこまれてきたセトにとって、破壊するだけの力はそれこそ悪であり、悪魔の力とさえ思えてならない。



「奪うことだけじゃないだろ、その力」



 リルトは少し驚きながらも周囲を見渡し口を開く。


「確かに使い方によってはあらゆるものを壊して燃やし尽くす」


 セトの魔力はあっという間にこの空間を創る魔力を燃やし尽くし、真っ暗な世界を眩しいほどの炎の明かりで支配した。圧倒的なまでのその炎は、時に火の海で世界を蹂躙するだろう。



「でも、炎の明かりは周囲を照らして闇夜の孤独を打ち破る。その暖かさは誰かを温め、焼かれた地は畑になり実りをもたらす。破壊だけの力なんて悲しいこと、言うなよ」



 炎が作り出す光は暗い夜の世界を照らし、その光は物理的に目の前を照らし出すだけではなく、不安な人々の心に安堵と希望を与える。

 炎の熱は熱さでもあるが、冷えた手足を温めるものでもある。冷えきった体にとって、炎のもたらす熱は人々の支えにもなる。


 そして、炎で焼かれた土地は休耕が必要で一時的な効果とはいえ、豊かな実りをもたらす。その豊作は人々を飢えから救い、生命の営みに多いな貢献をする。



 リルトの言葉にセトは少し驚きながら自分の手のひらを見つめる。

 感じられる自分の力は猛々しく、その勢いはとても強い。何もかもを飲み込むかのような力だが・・・。



(誰かを助けられるのか・・・?)



 この力が誰かのためになり得ると言われ、魔力の存在を改めて見つめる。


 炎の熱さは身を焼くだけではない。

 業火の灯りは恐怖心を与えるだけではない。

 大地や植物を焼き尽くすのは命を奪うだけではない。


 リルトの言葉が静かにセトの中で木霊していくのだった。



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