p.107 残されたもの

 

 ルーシャはおもむろに瞼をあけ、その視界に光を取り入れる。目覚めた先の世界の光は眩しく、自分の置かれている状況を把握すのに少し時間がかかる。


 ルーシャが神の庭で攻撃を受け意識を失ったあと、リルトとセトによって神の庭は壊された。破壊することでしかあの空間を抜け出す術はなく、神の庭はルーシャが意識を失っている間になくなってしまっていた。


 神の庭から戻ったリルトとセトはルーシャを連れ、魔力協会が運営している近くの病院に来た。そこでルーシャは特に問題がないと診断され、疲労が蓄積していたこともありまる二日ほど寝ていたという。


「壊しちゃって良かったのかな」


 ルーシャが目覚めるのを隣で待っていたリルトに訊ねる。


「捕らわれた魔力が消えるのは確認したから、逝くべき場所にいったと思う。神の庭自体は創られたものだから、空間を消したからといって何かが起きることもないだろうし」


 リルトは部屋の窓から青く晴れ渡った空を見上げながら答える。青い空は清々しく、白い雲が輝かしく見える。ルーシャの記憶からすれば、ほんの少し前まで重苦しい曇天の世界にいた気がするため青い空は妙に気持ちよく感じられる。


「リルトは何であそこに来たの?それに古代術のことも」


 神の庭で再開してからの疑問を改めてリルトに訊ねる。



「神の庭は俺が創ったものなんだ」



 どこか懐かしそうに、どこか悼む様な表情でリルトは口を開く。その見つめる先が何なのか、そこに何を見いだしているのかは本人にしか分からない。


 リルト曰く、かつて呪文ノ書に複数の魔法術師が願いを叶えに来た。世界規模の戦争が起きており、戦火が人々を恐怖に染めあげていた。魔法術の発展により、戦争にもいくつもの魔法術が使われていた。魔力協会が戦争での魔法術の使用を禁止したが、激しい戦況にそれを遵守するものなどなかった。


 そんな中、強大な魔力を使い戦争に終止符を打とうと複数の魔法術師がひとつの構想を練った。


 それが神の庭だった。


 戦争で犠牲になった人々の魂を一所に集め、その魔力を用いて強力な魔法術を施行しようと画策した。


「人の魔力や魂を一所に留めるのは、いくら腕のたつ魔法術師でも出来ることじゃないから俺が呼ばれた」


 魔法や魔術と大元では同じでも、もっと原始的で複雑なのが古代術だった。呪文ノ書のリルトは様々な願いを魔力をもって叶えることが出来る。それは魔法的な何かではなく、リルトの魔力と彼の知恵と経験による魔法術と古代術によるものだった。だから魔法や魔術の枠をはずれた願いは叶えることが出来ない。


 リルトの術を以て、魔法術師たちの願いは叶った。戦場であった地域を術の対象とすることで、自然と戦争で亡くなった人たちの魔力を集めることが出来た。術が継続していたため、戦争が終わってからも指定した地域で亡くなった人間が神の庭に囚われ続けることになったが、そのことは術を創ったリルトだけしか知ることは無かった。


 そして、神の庭を創ったことを確認した魔法術師たちは自分たち以外がその場に行くことを懸念し、神の庭へたどり着くまでの道筋を用意した。それが、ルーシャとセトが訪れた屋敷であり、そこに施されていた桃の木を介した術だった。


 桃の木の魔法術はリルトが施した訳では無いので断言は出来ないが、恐らく魔法術師たちは死者の魔力──命を利用することで死者の怨念を恐れたのではいか。彼らの強い怨念や負の力が自分たちにはね返ることを恐れ、邪気を払うとされる桃の木を神の庭への扉としたのではないかと。


「でも、魔法術師たちは死者たちの魔力という強大な力を扱うことが出来ず、神の庭は破棄され忘れられていったんだ」


 大きな力は手に入れられたが、混沌とした多量の魔力を扱う事は一筋縄ではいかなかった。己の魔力ですら何らかのきっかけで増大してしまえば扱うのが難しい。それが見ず知らずの他人の魔力なら尚更だった。


 結局、死者たちの魔力は手をつけられなかったが解放されることもなく放置された。魔法術師たちは神の庭の存在をほとんど口外しておらず、誰もその魔力を利用しようとすることも、神の庭から魔力たちを解放しようとすることさえもなく今日まで至っていた。


「なんで、神の庭なの?」


「さあな、俺がつけた名称じゃないから。まあ、死後の世界といえば神の領域ってイメージだったのかもな」


 そう言いリルトは大きく伸びをする。


「呪文ノ書から解放されて、俺が施した魔法術をいくつか解くつもりだったんだよ。誰かの願いで叶えたものだから、流石に全部解くわけにはいかないけど」


 依頼されてやったことばかりだが、依頼主がもはや他界していたり、術の継続自体が難しいものを解くつもりで魔力協会で魔導士の資格を取った。


「でも、俺の術もかなり古いものもあって世界の一部みたいになってるとこもあって。フィルナルにそういうの相談してた時に、ルーシャたちが神の庭の調査に行ったって聞いてな」


 リルトの魔法術が世界の一部と化しており、それらを解くことでの異変や不具合も生じうる。魔力協会の会長・フィルナルに術の継続の有無や解くタイミングなどを細かく相談していた。古い魔法術を施した場所についても話しており、その情報をフィルナルがルーシャに伝えていた。


 リルトの術は幅広く、また長い間かけて構成したものもあり、リルト自身がそれら一つ一つをすぐに思い出すことは難しかった。フィルナルから神の庭の話を振られ、ふとその存在を思い出したのだった。


「ルーシャの魔力探知は抜きん出てるから、神の庭の魔力に飲まれることはないだろって思ってたけど・・・間一髪間に合って良かった」


 ルーシャの方を見て笑顔をうかべるリルトだが、その瞳は少し心配そうでもあった。


「・・・自分でもまさかこんなに、マスターの幻影に惑わされるなんて思ってなくて」


 申し訳なさそうにルーシャは俯き、静かに瞳を閉じる。死別して時が経つのに、未だにナーダルのその姿は瞼を閉じればすぐに浮かんでくる。


「死んだ人間はどうしたって戻っては来れないからな。フィルナルから聞いたけど、橋渡しの術でセルト王子の魂を一瞬戻したんだろ?あの術が成功したのだって奇跡だし、それもシバがいてようやく成功率が2桁にのるかどうかのものだったし」


 リルトの言葉にルーシャは驚き、目を開けてリルトを見る。

 ルーシャの1人前になる巣立ちの儀の時、オールドとシバはあっさりと橋渡しといわれる魔法術を発動させたように見えた。


「グロース・シバでも、ほとんど失敗する確率だったの?!」


「あの婆さんは俺が見てきた中でも抜きん出た魔導士だけど、禁術はそういうすげぇ奴でも殆どの確率で失敗するようなもんだからな。俺なんて準備段階で失敗するだろうし」


 呪文ノ書に封じられ、世界の移ろいをずっと見てきたリルトの言葉は重い。ルーシャの知りえない何かを知り、世界の誰もが想像さえできない歴史をその目に刻んできた。


 書物の中に封じられ、起こされる度に誰かの願いを叶えなければならないリルトの人生など想像もつかない。それこそ、誰かの勝手な願いのための愚かな術も施しただろうし、見知らぬ誰かの悲痛な思いのための魔法術も施しただろう。どれほどの願いを、どんな思いで叶えてきたかなど誰にも想像さえもできない。


「じゃあ、俺はこれで失礼するよ。俺もちょくちょく本部に顔出してるから、また会えると思うし」


「ありがとう。あ、セトは?」


 帰り支度を始めたリルトにお礼を言ってから、ふとルーシャはここにいない弟子の存在に今更気づく。


「そのへん散歩してると思う。ルーシャが起きたって伝達しとく」


 そのままリルトは「じゃあ、また」と言いルーシャのもとを去っていく。









──────────


起きたら神の庭での一件が片付いていた。申し訳ない。

私が寝ている間にリルトとセトで、あの世界を壊して囚われた魔力を解放したらしい。

あのどえらく強く禍々しい魔力をどうやって切り抜けたのかは謎だけど、まあリルトもいたし何とかできたんだろう。


そして、リルトから聞いた神の庭のことや、リルトの施した術たちのこと。

何百年もかけてリルトのしたことって、めちゃくちゃ凄いことなんじゃ・・・。人の願いのためとはいえ、世界の一部となってしまうほどの術をいくつも施したって・・・ほんと、あの人何者なの。


そんなリルトがグロース・シバのこと凄いっていうんだから、やっぱりグロース・シバはめちゃくちゃ凄い人なんだろうなー。現役時代のことは全く知らないけど、今でもめちゃくちゃ怖いから現役バリバリの頃なんて・・・想像しただけで身震いしてしまう。



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