p.45 決着

 レナート共和国にある宿の一室で、ナーダルは窓辺に腰かける。闇夜を照らす月が優しく世界を照らすさまを静かに見つめる瞳は妙に落ち着き払っていた。ナーダルに付きっきりで看病をしていたオールドに、宿の人間に暖かい夜食を貰ってきてもらうようお願いしたため姫君は部屋にいない。そんななか、部屋の扉がノックもなしにガチャっと開かれる。ナーダルは驚いた様子もなく静かに扉に目をやった。




「ようこそ──とでも言うべきですかね」




 静かに招かざる客人を迎え入れる。にこやかにいつも通りの笑顔を浮かべ、旧友にでも再開するかのような態度だが、彼の目の前にいるのは殺気に身を包んだ女だった。栗色の髪をひとつに結わえ、緑の瞳は鋭い。手には剣が携えられている。黒地のスタンドカラーの上着に身を包む彼女は闇夜の使者のように見受けられた。




「はじめまして、ルレクト家の元第二王子殿。私は本家当主のメイル・ブランジュ・ルレクト」




 優雅に一礼するも、彼女の一言や一所作に息を呑むものがあった。だが、ナーダルはそんな女の醸し出す空気など気にもせず、いつも通りの穏やかさを見せる。




「お初にお目にかかります。出来ればこんな形でお会いしたくはなかったんですけどね」




 にこりと笑いながら、いつもと変わらない様子で招かれざる客人を迎え、ナーダルは言葉を紡ぐ。兄のレティルトは時期国王と期待され、執務や交友関係を築き、さらにはルレクト家の本家の人間にも数回程度謁見したことがあった。だが、嫌なことからとことん逃げてきたナーダルは本家の存在を知ってはいたが、関わることのないものだと思い、面倒な本家との対面などは避けてきた。




「お加減はいかがかな?」




 ブレることなくナーダルを見据えるメイルの皮肉めいた言葉にナーダルは気にすることなく口を開く。




「お陰様で疲弊しまくりですよ」




 ナーダルは魔導士であり、それは魔力に目覚めたからこそ得られた知識と技術と努力の結果に得たものだった。しかし、その魔力が身体を循環していることで魔力に反応する呪いが常に発動する。左手にある呪いの印が常に焼け付くように激痛をナーダルに与え続ける。




「それは呪術をしかけた甲斐がある」




「あなたが動いた理由・・・秘密を持つものの抹殺ですね」




 ナーダルは左腕を抑えながらも冷静にメイルの動機を確認する。最初はリーシェルという人間ひとりに国を傾けられ、ルレクト家の名を堕としたからかと思った。しかし、それならばメイルはレティルトとナーダルを殺しに来ただろうが、彼女は血族への呪いをかけた。それはおそらく、かなり手間がかかり簡単なことではなかったはず。そこまでしたのは、秘術とともに受け継いできた秘密が拡散するのを防ぐため。




 この呪いがどういうものかナーダルは分からないが、兄のレティルトにも同様の呪いが向かった時点で個人ではなく血を媒介とした、血族に関するものである可能性を考えていた。呪術には詳しくはないが、そういう血を媒介とするものがあっても不思議ではないと踏んでいた。




 リーシェルによる反乱がなければ、本家の人間がルレクト家の人間を監視することは容易かった。だが、混乱と化した上にルレクト家の人間はことごとくリーシェルに惨殺されていた。もはや、本家の人間が監視するには難しい状況となっていた。




「ああ。だが、納得いかないな。魔法術の腕前が随一というナーセルト王子が我が呪術にかかるとは。何を企む?」




 直接会ったことはないとはいえ、メイルはナーダルの魔法術の腕前の噂は聞いたことがあった。表立った為政などには関わらないが、魔法術の腕前は確かであると。魔法術の発展に古来から関わってきた一族でもあり、本家にとってもルレクト家の人間が優秀な魔法術師となることは重要なことだった。




「どんな人物も油断することはありますよ」




 にこりと笑うナーダルをメイルは厳しい瞳で見つめ返す。




「掴みどころのない男だな」




 そう呟き、メイルは手にしていた剣の鞘に手をやる。それを確認したナーダルは瞬時に神語を構成し、二人の姿が宿の一室から消える。ここで戦闘が起きれば宿の部屋が崩壊するだけではなく、近隣の人間を巻き込む可能性があった。騒ぎを起こしたくなかったナーダルは、街から少し離れた林に自分とメイルを移動させた。








「っく!」






 だが、魔力を使った代償は大きい。ただでさえ、魔力が体を循環しているだけで猛烈な痛みが左腕に走るのに、魔法術を発動させる──神語を構成するだけめ腕を切り落とされるかのような痛みが走る。




「その痛みに耐え魔法術を使えるとは、やはりたいしたものだ」




 目の前で痛みに悶えるナーダルを冷たい瞳で見おろすメイルは躊躇うことなく、手に携えていた剣の刀身を鞘から抜く。刀身に木々の隙間から覗く月光が反射し、怪しい光がナーダルを照らす。そのまま、メイルはナーダルに切りかかる。痛みを堪えながらナーダルはそれを避ける。




「我が呪術にかかったのはナーセルト王子、お前だけだ。そして、それ以外の同等の呪いがもうひとつ向かったが打ち消された。つまり、ルレクト家の生き残りは我ら本家とお前ら兄弟だけだ」




 冷たい刀身をナーダルにまっすぐと向けながらメイルはそう口にする。




「・・・あなたもルレクトの人間なら、僕らに課せられた役割を、僕の〈第二者〉としての意味を分かっているでしょう?」




 ナーダルの瞳がいつも以上に引き締まる。ナーダルにはどうしても今、死ぬ訳にはいかない理由がある。まだ終えていない役目があり、それを終えないことには次の世代に繋いでいくことが出来ない。古来から受け継がれてきたその秘密と役目は、本当にいつ途切れてもおかしくはなかった。どこかで狂ってしまっても、ある意味仕方がないと思えるほどの奇跡を重ねてきていた。




「わかっている。だが、リーシェルの反乱があり、そこで途絶えるというのもまた魔力の導きなのかもしれない」




 冷たいながらもメイルの瞳が捉えるのはナーダルと同じ案件だった。彼女たち本家は秘密と役割を受け継ぎながらも、直接それには関与せずに今まで来た。それは、その役割はルレクト家の本筋の人間が関わるものであり、自分たちはそんな彼らの存在を絶やさないためだけに存在してきたからだった。




「でも、僕らはあの反乱を生き延びた。それが魔力の導き出した未来だと僕は信じます」




戯言ざれごとを」




 メイルは鼻で笑いナーダルに再び襲いかかる。ナーダルは覚悟を決め、激痛のなか神語を構造し、自身の左腕の魔力を固定する。呪いが反応するのは、呪いの印の焼き付けられている左腕の魔力の動きだった。だから、そこの魔力の動きを固定し流れないようにすれば呪いは発動しない。




(長引かせられないな)




 だが、本来体を循環している魔力を一時的とはいえ塞き止めることは体に影響を与える。魔力の固定が長引けば引くほど、ナーダルの体を流れる魔力の流れが変調をきたし、下手をすれば魔力の暴走すらも引き起こしかねない。




 すぐにナーダルは自身の魔力を右手に集め、ひとつの剣を手にする。青ノ剣と呼ばれるそれの刀身を鞘から抜き、メイルの攻撃を受け止める。女の一撃とは思えないほど重い一太刀を受け止め、受け流しながらもナーダル自身も彼女に切かかる。




 本来ならば、意識を奪うなり、深手を負わせるなりして決着をつけるのだが、今回ばかりはそうも言ってられないほどに状況が緊迫していた。




「そこまで──命を削ってまで、あなたはルレクトを終わらせるつもりなんですね」




 ナーダルはどこか痛々しいものを見るようにメイルを見る。




「さすがにお見通しか」




 ふっと笑みを浮かべ、メイルは上着を脱ぐ。ノースリーブの彼女の両腕、スタンドカラーに隠れた首には痛々しいほどの刻印が焼き付けられていた。




「基体性を神語そのものに組み込み、さらに己の肉体に陣を刻むことでその呪術を安定させた。つまり、この呪いはあなたの魔力・・・いや、命そのもので構成されている」




 ただの魔法術でさえも、その構造に基体性を組み込むことはリスクを伴う。基体性は魔力の存在、命の存在そのもの。下手に扱い、基体性が失われれば単純に死に直結する。それが呪いとなれば、もうその呪いを発動させた時点で自分の命はないようなものだった。




 メイルがそこまでする意味がナーダルには理解ができない。だが、今はその意義を問う時間すらも惜しい。一刻も早く呪いを解かなければならず、命がけの呪術を解くにはその名の通りメイルの命を奪うしかほかなかった。還元系統の魔法術はあらゆる魔法術をもとの単なる魔力に戻すことが出来るが、複雑かつ難解な呪術を還元する技量はナーダルにはない。呪術そのものが非常に特異的な分野であり、一介の魔法術師や魔導士の手に負えるものではない。




 ナーダルは覚悟を決めてメイルに攻撃を仕掛ける。この選択が正しくはないと思うが、それでも限られた時間で生きるためにはこうするしか無かった。そして、おそらくメイルを救う術はないことも察していた。ただの呪術なら呪術師に依頼すればなんとかしてくれるだろうが、基体性を使ってしまえばもはやどうしようもない。魔力の本質を魔法術に組み込むということはそういうことたった。




 だが、メイルも手を抜くことはなく二人の攻防は激しく続く。闇夜の林で響き渡るのは剣同士が激しくぶつかり合う金属音で、静かな闇夜を切り裂くように続いていく。2人の汗が滴り、その水滴が地面に落ちる。息も荒くなるなか、どちらも気を抜くことはない。




 緊張の糸が張り詰め、2人の息遣いが妙にシンクロする。どちらも無傷ではなく、体の至る所に切り傷が目立つ。ナーダルは呪いのために、メイルは呪術の発動のためだけにすべての魔力を使用しており、お互いに魔法術抜きの純粋な剣術のみでの対峙となっている。




 平行線のような二人の攻防だが、その差が徐々に開いていく。メイルの剣術がいかにすぐれていようとも、ナーダルは元とはいえ一国の王子であり世界水準の王国幹部から鍛錬を受けていた。さらに不幸中の幸いとして、リーシェルの追っ手と何度も攻防を繰り返しており実戦というものには嫌でも慣れていた。逃走の日々のなかでも生きるために剣を握ってきており、そこでも彼の剣術は磨かれていっていた。




 徐々に蓄積していく疲れにメイルの足がよろめき出す。ナーダルはその隙を見逃すことなく、一気にメイルとの距離を詰める。そして、メイルに切かかる。彼女はそれを己の剣で受け止めるが、疲労の溜まった腕では受け止めきれず押し切られる。そのままよろめいたメイルは林の木の1本にもたれかかり、ナーダルはそんな彼女の胸に剣先を押し当てる。




「残念です、その呪いを僕が解けなくて」




 どこか悔やむような瞳でナーダルはメイルの首や腕に刻まれている陣を見つめる。




「噂通り、甘いな。ナーセルト王子」




「厳しさだけの世界は苦しいでしょう」




 悲しそうに微笑むナーダル。それから、覚悟したように剣の柄の手に力を入れる。




「忠告しておこう、王子」




 自分に突き刺さらんとする剣先を感じながらも、メイルの表情には躊躇いなどなかった。強い瞳はまっすぐとナーダルを見据える。




「お前が己が生を望まぬ限り、その痛みは永遠には消えない」




「・・・だから、基体性を」




 メイルの言葉に少し驚きながらも、ナーダルはどこかで納得する。なぜ、彼女が呪いのために命をかけたのか。魔力の、命の根源たる基体性を組み込んだのかを。






 そして、ナーダルはぐっと手に力を込めてその真白な刀身を真っ赤な血に染める。






 静かな闇世の中、ひとつの呪いが解かれる。






 静かな月夜の中、ひとつの命が解かれた。
















 月夜に照らされるナーダルのもとに二つの月夜に照らされた人影が近づく。




「マスターっ!」




 走りよってきたルーシャはナーダルに思い切り抱きつく。その表情は不安と安堵が混ざっていた。驚くナーダルはルーシャを受け止めながら、もう一人の人物を見る。




「ったく、心配かけやがって」




 ナーダルの左腕を確認し、刻印が消えているのに安堵しながらレティルトはナーダルの髪をくしゃくしゃと撫でて笑う。その表情はまだどこか心配げだった。


 二人は本家の邸宅からすぐに移動してきて、魔力探知を頼りにナーダルの居場所を割り出し走ってきたのだった。途中で感じ取っていたもうひとつの魔力が消えるのも確認していた。




 ひとしきり、お互いの顔を見て安心したところでナーダルはルーシャを宿へ返す。オールドを巻き込まないよう、夜食を持ってくるようお使いに出しており、今ごろナーダルがいないことに慌てているだろう。そんなオールドに無事を伝えるようルーシャに言付けていた。




 レティルトは近くの木の根元で横たわる本物のメイル・ブランジュ・ルレクトに目をやる。すでに息を引き取った彼女の体にはナーダルの上着がかけられていた。ちらっと一目見ただけでも、その体に刻まれた陣が痛々しい。








「セルト・・・お前、分かってたんだろ」




 二人きりになったレティルトは腕を組んで弟を見据える。




「油断してたなんて言い訳、オレに通用すると思うな」




 呪いにかかった当初、ナーダルは気付いて相殺できたはずの魔力を油断していたため対処出来なかったと言っていた。だが、レティルトからすればそれは納得のいく話ではなかった。レティルトはそれなりの知識と技術と経験のある魔法術師で、その気になれば魔導士になることも苦ではないだろうという実力がある。だが、ナーダルはそれを遥かに凌ぐ実力者であり、生きる伝説の弟子でもある。ナーダルよりそれなりに優秀だったレティルトだが、もはや魔法術の腕前も知識もナーダルには抜かされているだろう。




 さらにナーダルはレティルト以上に警戒心があり、逃げ足が早い。いざとなれば宿敵・リーシェルと対峙することすら厭わないレティルトとは異なり、ナーダルは何がなんでも逃げ切りたいという思いが強い。そんなナーダルが油断することなど滅多にないだろうし、油断していたとしても自分に向けられた魔力を相殺するなり何なりの対処を怠ることなどありえない。




「こんなことしても、何かが変わるわけでもないし、オールドが救われるわけでもないのは分かってるんだろ」




 腕を組みレティルトは厳しい表情でナーダルを見据える。先程まで弟を心配していたことなど嘘だったかのようだった。




「分かってる」




 レティルトの瞳に負けじとナーダルの瞳も強く光る。




 ナーダルは初めから分かっていた──向けられているものが良いものではないこと・・・呪いであること、そしてそれがおそらく本家から向けられているものであること。そして、本家が動くと何が起きるのかということも。




 本家の呪いの目的は推測できたし、秘密を守るために動くこと自体は認めたくはないが理にかなっていると思うところもある。だが、ルレクト家とはもはや繋がりがなくなったとはいえ、分化していった他の王家の本家にも多少なりとも影響が出る。そして、そのなかにはオールドがいた。




 オールドは国の掟で王位および、為政に関わるすべての権限を奪われている。王女でありながらも国に関する殆どのことに発言権がなく、象徴的な存在でしかない。ベタル王国の王と王妃──オールドの両親は寛容な人間で、二人の王女たちには自由に生きてほしいと考えていた。妹姫には国を次ぐ役目があるが、その役目と責任以外では彼女の人生を歩いてほしいと。




 だから象徴的存在に過ぎない第一王女に関しては特に、政略結婚も基本的には受け付けないし、他の王家のように舞踏会などにも無理に参加させることもなかった。好きに生きたらいいし、好きなことをしたらいいし、好きな人と人生を添い遂げたら良いと。




 だが現国王と王妃が許しても、オールドのなかには確かに王家の血が流れていて、本家という存在が自由な生き方を許さなかった。王家という立場に生まれ育った以上、その自覚と立場と尊厳を保たなければならないと。確かに本家の言い分もわからない訳ではない。人の上に立つ人間が尊厳も威厳もないのは問題だと思う。




 オールドは本家の圧力のもと、ネスト家──アストルとの婚約を成立させた。自由気ままな姫君・オールドにとって、出来れば結婚は心から好きだと断言できる相手としたかった。でも、どうしても叶わない願いというものがこの世にはある。それが自分にとっては好きな相手と添い遂げるというものだったのだろう──そう言い聞かせていた。




「セルト、お前はどうしたい?」




 黙って俯くナーダルにレティルトは厳しい言葉を浴びせる。




「手を伸ばすなら、その先の覚悟をしろ。今のままだと中途半端だ」




 ナーダルが本家の呪いをわざわざ受けたのは、その存在と直接会い見えるため、そしてその存在を消すために。本家が分裂し今やルレクト家とイートゥル家の本家は別物となっていても、元を辿ればひとつの本家だった。




「捨てきれない上、捨てさせられないんだろ」




 何も言わない弟に対し、レティルトは冷静に現状を伝える。




 ナーダル──ナーセルト・ダルータ・ルレクトは昔から優しく、甘い性格だった。他人に対しても、自分に対してもつめが甘く、そんなところが危なっかしくもレティルトにはない長所でもあった。捨てきれないナーセルトは、生きるためにその名を捨てようとしたが、捨てきれなかった。何も持たずに故郷を離れたナーセルトにとって、親からもらったもので持っていられたのは、その命と名前だけだった。生まれた時から呼ばれ続けてきた名前、親から継いだ名字や家の名を捨てられず、フルネームのそれぞれの頭文字をとって「ナーダル」と名乗ることにしたのだった。捨てなければ生きていきにくいが、捨てられない──そんなナーセルトの決断がそれだった。




 そんなナーダルは偶然にも魔力協会でオールドと出会った。もはや世界のあらゆるものに何の意味も見いだせないなか、気ままで明るい彼女は強引にもこの世界に花を咲かせた。世界が彩り、失っていた何かを思い出させてくれた。




 その笑顔が眩しくて、でも見ていたくて。その笑顔を守りたいとさえ思った。オールドはナーダルにとって、単なる知り合いという括りにするにはあまりにも遠すぎた。突然の裏切りと惨劇に何もかもを捨て去りたくなったナーダルに、オールドは光と暖かをもたらした。




 そして、単なる一般人ではなかったその背に課せられた血筋という枷を何とかできないのかと思った。笑顔が多いオールドは、その笑顔の裏でずっとその枷を背負い続けている。ベタル王国の掟も国情も、それゆえに本家からの圧力から逃れられないこともそれなりには知っていた。レティルトほどでなくとも、元王子のナーダルのもとにもそれなりの情報は入ってくる。本家と王家は切り離せないし、彼らがいなければ国の存続そのものが危ぶまれる。だが、だからと言って一人の人間の人生があっさりと決められてしまうのは少し違う気もしていた。




 魅せられたオールドを救いたいと、その手を掴みたいと思った時さえあった。だが、その手を掴むということは簡単な話ではなく、オールドが自分の手を取ってくれたとしても、ナーダルは彼女を守りきれる保証はない。世界最強の女騎士に命を狙われている限り、ナーダルはその手で誰かの手をとることは叶わないと思っている。それに、ナーダルの行動ひとつで一国の未来も変わってしまうかもしれない。オールドは王女であり、セルドルフ王国王太子・アストルの婚約者だ。その人生をオールドが捨てるということは、アストルひいてはセルドルフ王国の未来、セルドルフ王国とベタル王国の今後の関係性にも影響を及ぼす。




 レティルトの言う通り、何にもならないのは分かっていた。ルレクト家とイートゥル家が元は同じ本家だったとはいえ、今オールドを縛っているのはナーダルとは殆ど関係のない血筋だ。ルレクト家の本家を絶ったからといって、オールドが何か救われるといわけではない。だが、それでも彼女に影響を及ぼす呪いを発した本家を放っておくことは出来なかった。




「で、この女どうする?」




 厳しい眼差しを向けていたレティルトだったが、言うべきことを言い終えその表情は和らぐ。メイルを見て腕を組み、どうすべきか悩んでいるようだった。




「さっき、フィルナル会長に簡単に現状を報告して、うまく対処してくれるって」




「さすが会長さまだな」




 皮肉めいてそう笑い、レティルトとナーダルはともにフィルナルの派遣した魔力協会の人間が来るのを待つのだった。


















──────────


マスターの呪いが解けたみたい!


本当に、本当に良かった!


何とかしなければならないと思ってたし、何とかしようとも思ってたけど、もし解けなかったらどうしようって正直思ってた・・・。

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