p.43 本家

 封書庫で黒騎士と別れ、レティルトとルーシャはケイディと合流を果たす。共に封書庫を出てもケイディはなにか収穫があったのかと問うことなどなかった。彼女の振る舞いは、踏み入る領域ではないとでも言うかのようなものだった。


 図書館を出たところでレティルトとルーシャは、ケイディに深々と頭を下げて礼を言う。彼女が封書庫に連れていってくれなければ黒騎士と会うこともなく、ナーダルの呪いのヒントも得ることは出来なかっただろう。ケイディはいつも通りの美しい笑みを浮かべ、2人に別れを告げる。




 大図書館から離れ、ルーシャとレティルトは研究街の一角にあるカフェに入る。研究街と言っても、研究室だけではなく様々な店や飲食屋が立ち並んでいる。




「レティルトさん、本家って?親戚とかですか?」




 注文していたお茶が運ばれ、一服するレティルトにルーシャは気になっていたことを切り出す。先程までレティルトと黒騎士の会話に入れずただ聞くことしか出来ず、彼らが何について話していたのかルーシャには分からない。




「親類ではあるな」




 ルーシャの質問にレティルトは手にしていたカップを置き、王家の仕組みについて説明する。




 王政をとっている国のなかには、もう何百年もその地を治めてきている王家がある。ナーダルやレティルトたちルレクト家は約七百年、ウィルト国王たちネスト家は四百年、オールドたちイートゥル家は五五十年ほどと・・・長く続く王政も多い。他にも世界を見渡せば長く一国を統治している王家は多数存在しており、それは一概に善政を執り行ったから続いたというわけではない。




 一族の存亡に一番重要なのは、子孫を残すこと。いくら優秀な当主がいても、果てしない土地と財産があっても、継ぐ者がいなければ一族は続いていかない。子孫繁栄──それこそが古来からの課題だった。




 王家のなかには、その血筋を絶やさぬよう表立って活躍する家のものと、裏でその血を絶やさぬよう存在し続けるものがいる。その裏で存在し続けるのが本家で、王家の人間と同じ血筋の人間だった。王家にもし跡継ぎが恵まれなかった場合や、事情により継ぐ人間がいなくなった場合に同じ血族として本家の人間がその国の王位を継ぎ、その子供がさらにその次の王位を継いでいくというシステムがある。




「飢饉とか、流行病とか、子どもに恵まれなかったりとか・・・意外と本家の人間がいるおかげで王政が成り立ってたりするんだよな」




 自分に言い聞かせるようにレティルトはルーシャに話す。その瞳の見据える先が、王子として見てきた世界なのだと嫌でも分かってしまう。気さくに言葉を交わし、兄のようにそばで導いてくれるようなレティルトが背負ってきたもの、奪われたものがいかなる重圧であったのかを痛感せざるを得ない。当たり前のようにここにいる彼が、何を見て、背負って、向き合ってきたのかはルーシャには想像することしか出来ない。




「特にオールドの家、イートゥル家は建国当時から魔力を持つ人間は絶対に王位を告げない鉄の掟がある。その掟を守るが故に何度も本家の力を借りてるし、だからこそ掟を守りながらも血筋を守っていけてる」




 初めてイートゥル家の掟を知った時は庶民のルーシャでさえも、その掟はあまりにも厳しいと思った。魔力に目覚めたというだけで王位継承権を剥奪されるとなると、王子や王女が全員その場合はどうなるのだろうか、王の子供が一人だけでその人が魔力に目覚めたらどうするのかと、疑問が溢れてきた。それでも、ベタル王国がその掟を建国から一度も破ったことがなく、イートゥル家による王政が今まで続いていたことで、なんとかなるものなのかと勝手に考えていたところがあった。




「・・・でも、呪いが向けられたルレクト家、イートゥル家、ヨゼンハ家は違う血筋なんですよね?」




 レティルトの説明が一旦途切れたところでルーシャは純粋な質問を向ける。ひとつの王家にひとつの本家だとすれば、先程レティルトが黒騎士と話していた内容が少しおかしく思えてしまう。その三つの王家に呪いが向けられたと言っており、レティルトもそのことが本家が動いたことだと思うと言っていた。




「いや、オレらはもともと同じ本家なんだよ。大元はオレらルレクトだけど、本家もちょっと色々あって結構分化していっててな・・・。もう別の本家となっているが、元を辿っていけばオレらもオールドも同じ祖先ってわけ」




「血族への呪いなら、マスターやレティルトさんのご親戚にも呪いがかかるってことですよね?」




「そうだが、父親・・・ルレクトの親族はほぼリーシェルに殲滅されてるからなぁ」




 ルーシャの言葉に頷きながらも、レティルトは難しい表情をうかべる。リーシェルはルレクトの名を持つものをことごとく探しては、見つけたものを片端から惨殺していった。その血を継ぐものを恐れたからとも、見せしめだとも言われているが彼女はその真相を語ったことはない。




「まぁ、分化を何回か繰り返してるから、イートゥル家とヨゼンハ家の本家はオレらの血筋からかなり離れてるけどな」




 そう言い、レティルトはお茶を一口飲む。彼の説明にルーシャはレティルトやナーダルが生きてきた世界というものが自分とは全く異なる場所なのだと、改めて痛感する。




「血族の呪いって聞いて、ひとつ腑に落ちたことがある。イートゥル家とヨゼンハ家の保護守が打ち消した魔力だが、オレらに向けられたものより断然弱いし、呪いの発動もしないかもしれないレベルだった」




 もし、黒騎士の言う通り血縁者に関するもので、それが自分に近いものには強く、遠いものには弱く発動するものならば、今回のことは納得がいく。




「なんでシスターには黙ってたんですか?」




 レティルトは潔い性格で、都合の悪い事実さえ受け入れる器がある。それは自分だけではなく、誰に対しても真実を隠す嘘をつくような人ではない──とルーシャは勝手に思っている。




「・・・できればあいつには、関わらせたくないんだよ。本家と」




 いつもより声が小さくなり、その瞳はうつむき加減となる。レティルトらしくないその様子にルーシャは触れてはいけない何かを感じ取るが、レティルトは構わずに言葉を続ける。




「王家の人間として生まれた限り、権力の有無に関わらず・・・オレたちはそれなりの責務とか威厳とかってもんを持ってる。だが、オレら一般的な王家は自分たちの管理範囲でそういうもんをやり繰りするんだが、イートゥル家は違う」




 眉間にしわを寄せ、複雑な表情をうかべるレティルトは何かを見すえているようだった。




「あそこは鉄壁の掟ゆえ本家に度々世話になってて、オレら以上に本家からの圧力を受けてる。世間的に見れば自由な姫君の代名詞のようなやつだが、イートゥル家は本家に縛られてて、オールドは嫌でもそこから抜け出せない」




 レティルトの知っていることはあくまで噂話程度で、オールドの口から何かを聞いたわけではない。いつも自由そうに笑ってるオールドは、つらいことを口に出すことはない。だが、それでも他の王家よりもはるかに本家に縛られ、従うしかない命運にあることを楽観的に捉えているわけではないだろう。




 本来、本家は王家の政治やそのやり方などに口を出すことは無い。淡々とただ存在し、その影をちらつかせながらも直接的に何かを指示したり圧力をかけてくることは少ない。あまりにも王家のやり方が目に余るものでない限り、一族の存続に関わるものでない限り表には出てこない。




 だが、イートゥル家の本家は異なる。王家の政治そのものにいくつかの圧力をかけており、さらに王家としての立ち振る舞いなども口を出しているという。イートゥル家は庶民派王家として有名で、あまり煌びやかさを誇示することもなければ、国王や王家の人間が頻繁に城下町に足を運び街の人間と顔見知りなことも多々ある。それに今までの歴史上、王位を継がなかった人間が下級貴族や庶民と結婚したということもある。そんな歴史があるが、度々本家の人間に力を借りてきたこともあり、本家からの圧力はどんどん増していき、もはや簡単には逆らえなくなってしまっている。




「・・・もしかして、シスターが兄との婚約を受け入れたのって」




 ふと、ひとつの案件が脳裏をかすめる。アストルがオールドに婚約話を持ちかけた当初は「よく知らない人とは・・・」と言葉を濁されたという話を聞いたことがあった。アストルは根気強くオールドと会い、ともに過ごすことでお互いを知ることを努力し、婚約へと至っていた。オールドの言葉に最初は、最もな意見だと思っていた。だが、たしか彼女は師匠のナーダルに想いを寄せている。それを知った時オールドは「お姫様にも色々あるのよ」と呟いていた。




「本家からの重圧があっただろうな。まあ、でもアストルは多少の未熟さがあるとはいえ、見込みのある奴だしオールドなりの選択の結果だろ」




 隠すことも誤魔化すこともなく、レティルトはあっさりとルーシャの言葉を肯定し言葉を口にする。


 兄の置かれている状況はそれなりに分かってはいるが、やはり元々はただの村人に過ぎなかった兄が言いようのないしがらみの中にいるのは見ていてつらい。どうしようもないと分かっていても、何も感じられずにいるほどルーシャは器用に生きられない。




「で、前進したとこで問題がひとつ」




「・・・呪いをかけたという本家の人の居場所ですね」




「ああ。基本的に呪いは呪い主にしか解けないからな」




「呪術師の力を借りるって言うのは・・・?」




「呪いを解いてもらうにはそれなりの情報を渡す必要があるが、そのリスクがオレらには高すぎる。それに、顔見知りの呪術師なんていないしな」




 ルーシャは交友関係の広い情報通のレティルトにも顔見知りがいない分野があることに驚くものの、呪術師は人数が少ない。その人員確保に協会が本腰をあげるというほどに、呪学に精通した人間は非常に限られている。




「・・・あの呪文ノ書の人な分かるんじゃないですか?」




 ルーシャはふと、ナーダルが痛みを堪えて呪文ノ書を手にしていた姿を思い出す。あの時ナーダルは確か、呪い主の判明と居場所の特定を依頼していた。




「よし、それでいこう」




 ルーシャの言葉になにか閃いたのか、レティルトは即座に笑って少し悪い顔をする。








 ルーシャとレティルトは聖本部の研究所街を抜け、居住区や商店が立ち並ぶ賑やかな場所からさらに遠のく。建物がまばらとなっていき、目の前には自然の織り成す景色が徐々に広がっていく。




 やがて、木々が生い茂る森の中へと足を踏み入れる。学者達がフィールドワークを行うであろう森には自然が広がり、見たこともないような動植物が生息しているようだった。




 そんななか、レティルトは森の深くまで入り込むと急に立ち止まる。そして、そのまま何かの神語を構成し始める。それは初めて見る構造であり、相変わらずの複雑なそれらはルーシャが構成し発動させるには相当困難なもののように見える。




 レティルトは非常に頭がきれる上、様々な分野の情報に精通している。彼に何が分からないのかと問いたくなるほど、聞けば基本的に何でも情報や考えが出てくる。さらに魔法術の腕前も魔導士レベルだろうと思われるほど高く、剣術もよほどの猛者ではない限り護身程度にはあしらうことができる。教養もあり、容姿も整い、面倒みの良い性格である──これほど人として完璧な人間がいるのかとルーシャは不思議に思う。




(・・・え?)




 ふと、感じ取る魔力に変化を感じルーシャは周りを見渡す。辺り一面に感じ取れる魔力は清らかな清流のように清々しい、ルーシャが一番親しんでいるナーダルのものだった。しかし、呪いを受けた本人がここにいるはずもない。一番魔力を濃く感じるところにいるのはレティルトだった。






「おい、どういうことだ?」






 ルーシャとレティルト以外の誰かの声が木霊する。


 深い緑の森には黒髪に深い青い瞳の青年が訝しげにこちら──レティルトを睨みつけている。




「お前をおびき寄せるには、セルトの魔力を使うしかないからな」




「魔力の性質の偽装とは、随分と悪巧みをやってのけるもんなんだな。レティルト王子」




 平然と口を開くレティルトに、現れた青年・リルトは相変わらず厳しい表情を向ける。ここに漂うのはナーダルの魔力であり、それはレティルトから放たれていた。




「魔力の性質の偽装って出来るもんなんですか?」




 ルーシャは、てっきりナーダルがいないのだとしたら、どこかに溜め込んでいたナーダルの魔力を拡散させたのかと思っていた。




「さすがに本質までは変えられないが、自分の魔力と相手の魔力の性質を熟知してれば出来なくもない」




 特にレティルトは弟とともに魔力の鍛錬や、くだらない魔法術の開発などをしてきた仲でありナーダルの魔力は嫌というほど見てきた。《青ノ第二者》となり魔力の性質に多少の変化は生じたが、それでも根本となる魔力は本人に次いで理解しているつもりだった。




「リルト、単刀直入に言う。呪い主の居場所を教えろ」











──────────


王家についてレティルトさんに色々教えて貰った。


王家ってだけで、本当に色々大変なんだなぁ。マスターもそんな中で生きてきたなんて、実はちょっと信じられない・・・。


そして、シスターもその王家というものに縛られていたなんて。


色々と思うところはあるけど、とりあえずはマスターの呪いを!


それにしても、魔力の性質を偽装するなんて・・・レティルトさん流石としか言いようがない。


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