p.33 白ノ魔女

 遮断魔術を破って敵の本拠地に入り、はや二日が経過していた。緊張状態は続いており、この二日でルーシャとナーダルがなぎ倒してきた警備魔法や魔術はいくつだったのか、もはや分からない。攻撃してくるもの全てを撃破し、自分たちとアストルの身を守ってきた。さすがにこれだけの数を捌けば、ルーシャは幾分か魔法術の腕が上がったような気がしてくる。




 結構な数の警備システムを破壊してきており、ルーシャはそろそろ犯人が本腰を入れてこちらを攻撃してくるのではないかと不安を抱える。




 基本的に魔法も魔術も創り出したのち、それが壊れたかどうかは分からない。遠隔操作するための構造を持っているのならば話は別だが、創り出したからといって全てを把握することは難しい。だが、ルーシャたちが壊してきた魔法術のなかにもし、術者と繋がりのある構造のものがあれば、それを壊した時点で術者にはルーシャたちの存在や場所がすぐにバレてしまう。




 壊す前に神語をよく解析すれば分かるものなのだが、実戦経験の少ないルーシャにそこまでする余裕はない。ナーダルが何も言わないため、その危険は少ないのかもしれないと自分に言い聞かせながらルーシャは日々を過ごしていた。




 日々の緊張と慣れない戦闘による疲れが蓄積していくなか、本拠地に入って三日目の空は晴れていた。何日ぶりに見たのか分からない青空と陽光にルーシャたちの気分も晴れる。数日ぶりだからか、やけに空の青が鮮やかに見えるし、陽光の暖かさがいつもより数段に心地よい。




 頬を撫でる風が吹雪と異なり暖かく優しく、眩しく反射する陽の光さえも嬉しく感じてしまう。雪山ではないため雪崩の危険性は考えなくても良いため、純粋に陽の光を楽しむ。




「貴様らが侵入者か」




 いい天気だなーと空を仰ぎ見ていたルーシャのすぐ右隣で聞きなれない声がし、ルーシャは心臓が止まりそうになる。横を向くと、ルーシャよりやや背の高い女がたっていた。透きとおるような白い肌に、ほんのりと煌めく白い髪があまりにも印象的で目を離すことが出来ない。




「魔力協会の人間か」




 ルーシャと同じように驚いた表情のナーダルは冷や汗をかいているように見えた。魔力探知をしていたし、気を抜いていたわけでもなかった。それなのに、女が姿を現し声を発するまでその存在に気づくことが出来なかった。ここへ来て不意を突かれてしまった。




「そちらは白ノ魔女ですね」




 冷や汗をかきながらも、落ち着いた様子でナーダルはルーシャの隣に立つ女に問いかける。




 魔女は人と異なる種族であり、その魔力の使い方も人間とは異なる。本来の姿も人の形ではないが、擬態して人間の女の格好をしている。もともとどのような姿だったのかは未だに分からず、魔女も自分たちの手の内が明るみに出ることを嫌い人と関わることは少ないため研究も進んでいない。




 だが、ひとつだけ魔女のことで知られていることがある。魔女は色彩で属性が分かれており、属する色で扱う魔力が異なる。青ノ魔力なら水関連、赤ノ魔女なら炎関連の魔法術を使う。




「いかにも」




 白ノ魔女は笑みを浮かべナーダルを見据える。




(これは厄介だな)




 対峙しながらナーダルは周囲の環境に一瞬目をやる。白ノ魔女は雪や氷関連の魔法術を使い、雪原は彼女のテリトリーでありナーダルたちには分が悪い。単に創られた今までの警備システムとは違い、意思を持ち、自らのノウハウで動く敵をルーシャひとりに相手をさせることは芳しくない。地の利も相手の方に有利であり、圧倒的に不利な立場にあった。




「目的は分からんが、この地を去れ」




 凛とした魔女の声にルーシャは萎縮し、アストルとナーダルは身構える。敵意のこもった声は、それだけで攻撃されたと錯覚するほどの圧倒的な力がある。




「ここがあなたのテリトリーなら、追い払うべきは僕らだけではないでしょう?」




 緊張した面持ちでナーダルは魔女に掛け合う。言葉を交わしながら情報を引き出すだけでなく、ここを切り抜ける最善策を考え、そのタイミングを見計らう。




 魔女族は人間と積極的に仲良くすることが珍しい種族である。言葉は通じるし知性も人と変わらないが魔力協会が手をやく種族だった。魔女は成人すると単体で生活し、己の生活テリトリーを構築する。そこに誰かほかの種族が入ってきたのならば、容赦なく攻撃してくることがある。




 単にテリトリーを荒らされたくないと守るものも多いが、魔力を扱える人間と手合わせすることで己の力を図るものもいると聞く。彼女がどちら側なのか分からないが、簡単に見逃してくれるような空気ではない。




 それにここが、この白ノ魔女のテリトリーならば確かにナーダルたちは外敵として攻撃されてもおかしくはない。だが、それ以前にこの地は名前も顔も知らない誰かに占領されている。




「あやつは構わない」




 ナーダルの言いたいことが伝わったのか、ちらりと魔女はルーシャたちの目指している方向に目をやり、そう言葉を発した。この辺りが彼女のテリトリーならば、ナーダルたちよりも先にここへ足を踏み入れただけでなく、広大で難易度の高い魔法術を施した人間がいた。テリトリーを荒らすとなれば、今回の事件の犯人こそが魔女の敵のような気がした。




「魔女が人の肩を持つなんて意外ですね」




 どこか感心しながらも、ナーダルはルーシャに目配せする。リスクは避けたいが、今は仕方がない。ルーシャはすぐさま頷き魔女にバレないようにこっそりアストルのほうを確認する。今は魔女がルーシャの真隣に立っており下手に動くことが出来ないが、ナーダルの意図することはわかる。




 アストルを連れてこの場を離れろ──それが、ナーダルの判断だった。この先何があるかわからないが、圧倒的に不利な立場にあるいま、ここで三人で危険な目に遭う必要はない。危険は承知の上でルーシャに一国の王子の命を、最悪の場合は一国の存亡をかける。










『氷柱なる星 永遠なるモノ 栄光なる死者 破滅なる神


 万の悲しみの痕に訪れる孤独な沈黙


 冷たき核へと己を縛り付けるまことの守り人


 澄冷ちょうれいなる朝日は眠りから覚めた赤子を包み


 独りの月夜に酔いしれながら己の死命を諮る狐


 夢夜ノ枕を絶望の涙が濡らす間も


 独りで彼のモノに呪いの歌を謳うこの夜


 水晶の欠片があめの国へと架け橋を創る最中


 彼のモノは己の罪を忘れ


 客人まろうどが罪の心で創った檻は暖かく人々を迎え入れる


 独り寝る夜にみた幻の夢は


 悲痛なる心を引き裂く刃のごとく 冷たく胸の奥にって突き刺さる


 氷柱は星へと 涙は水晶へと 神は破滅の道へと 変わりはじめた』






 ナーダルは神語構造を構築するのと同時進行に、術の呪文を口にする。呪文の詠唱が必須ではない魔法術以外、ナーダルが故意に呪文を口にする目的は今現在ひとつしかない。魔女の気を反らせること──それ以外に考えられない。ルーシャは師匠の言の葉に耳を傾けながらも、そのタイミングを静かに待つ。




 魔女はにやりと笑い、ナーダルに意識を向ける。彼が発動させようとしている魔法は、「悲愴ノ風ノ歌」という氷・風属性であり、この地でふんだんにある冷気を利用することかできるものだった。しかし、逆に言えば雪や氷関連の魔法術を扱うことに長けた相手にはあまり効果はない。




「面白い」




 白ノ魔女が相手だということが分かっていながらも、雪原という土地と分かっていながらも、わざわざその魔法を選択したことに魔女は笑みを浮かべる。


 魔法の発動の瞬間に魔女も即座に同じ魔法を発動させ、ふたつの魔法がぶつかり合う。冷気の塊がぶつかり合い、すさまじい風が巻き起こり視界が一気に遮られる。雪が舞い上がり、冷気同士のぶつかりあいはやがて吹雪をもたらす。




 ルーシャは躊躇うことなく走り出し、アストルを見つけてその手をとってその場を去る。視界も足場も悪いが、今はそんなことを気にしていられる余裕は一切ない。状況がどうであれ、ここから少しでも遠くに離れることが先決だった。




「時間稼ぎとはいえ、私にその手の術をぶつけるとはな」




 離れゆく魔力を感じながらも、魔女は焦った様子もなくナーダルを見据える。魔女は色に、属性に縛られている。だからこそ、その道を各々が極めている。その相手にナーダルはわざわざ、相手の土俵にたつような真似をした。




「どちらが上かハッキリさせます?」




 にこりと笑ながら、ナーダルは挑発するように左手に冷気の塊を創り出す。彼の魔力が上乗せされ、ほんのりとその色合いは青みを増す。




「貴様の魔力・・・」




 陶器のような白く美しい顔の眉間に皺がよる。じっくりと、その魔力を品定めするかのように。




「さすがに古からの種族はさといですね」




 魔力探知は魔力の有無や、魔力の流動性を感知するだけでなく、相手の魔力を見極めることも出来る。流動性の速さや厚み、バランスを見れば相手の腕がおおよそ推測できるし、相手の魔力の性質さえも魔力探知に優れたものは一目で見抜くことも出来る。




「貴様が噂の、静神に選ばれし青ノ魔力を受け継ぐ人間か」




 ルーシャはナーダルの魔力を流れる清流のようだと感じており、それはあながち間違ってもいない。他の魔法術師もおおよそ同じように感じるだろう。だが、その魔力の意味まで分かる人間は世界を探しても極わずかだろう。むしろ、その意味を知るものがいないことが当たり前でなければならない。




「静寂を貫いてきたかのものが、ついに動き出したと皆ざわついておる」




「でしょうね。覇者の眠り──止めていた時間と決断がこの先動き出します。それが何をもたらすのか、人々がどう決断を下すのか、そして世界はどう動くのか・・・」




 自らの魔力を感じながらナーダルは頷く。めんどくさがりで、厄介なことから逃げ続けてきた罰なのか、ナーダルの手にしたものは世界の今後を左右する力だった。そんなものいらなかったし、それを手にするにふさわしい人間を知っていた。だが、その宿命はナーダルにあったらしく、とんでもない選択を託されるハメになっていた。




「だが、青ノ第二者が相手とて手は抜けんぞ」




「魔女のあなたにそこまで尽くされるとは、よっぽどのカリスマのようですね」




 人に干渉せず、人に媚びず、人と生きるということを選択しなかった魔女族。世界には様々な種族が存在し、人とともに生きることを選ぶもの、人と関わることを拒むもの、衰退していくものもいる。たくさんいる種族のなかでも、人の姿をわざわざ擬態しながらも関わろうとしないのは魔女だけだった。こちらに関心があるのかと思えてしまうほど、精巧な擬態は人そのものに見える。だが、彼女たちは頑なに人間と共存しようという魔力協会からの話は蹴ってきている。




(覇者への忠誠心か、人への憎悪や嫌悪なのか)




 それが何なのか、かつて世界で起きた出来事のせいなのかなど、魔女が語らなければ分からない。ただひとつ、雪原の支配者となった王女失踪事件の犯人は、人との共存を頑なに拒否し続けている魔女のひとりさえも味方につけてしまう何かを持った人物もいうこと。




 笑いながらもナーダルと魔女は向き合い、ナーダルは神語を構成し、魔女も自らの魔力を展開し始める。














 ナーダルが魔女と対峙するさなか。




 アストルの手を取って全速力で走りながら、ルーシャは一切迷いもなければ振り向くこともなかった。ナーダルのことが気にはなるし、この先なにがあるか分からないなか一人でアストルを守りきらなければならない重圧もある。それでも、師匠の判断に全てを委ねると決めたからには、今握るこの手を何がなんでも守らなければならない。




 冷たい空気を感じ、重い足取りにやきもきし、足場の悪さに焦りもする。だが、それでも呼吸を乱していることすら忘れ果ててしまうほど、逃げることに、距離をとることに意識を取られる。




「ルーシャ!」




 名前を呼ばれルーシャは足を止め、兄の手を握ったまま息を整える。ナーダルと魔女の魔力はここから離れたところにあり、うまく敵を足止めしてくれているようだった。




 走り続けてきたため、体が急かすように呼吸を行い、胸が苦しい。何もない、ただただ白いだけの雪原のなかにぽつんと取り残されたような二人は頬を撫でる風に心地よさを覚える。ほんのりと蒸気した身体に、冷たすぎるほどの風がちょうど良い。




 天気は快晴だが、今はもう天気のことなど気に留めることではない。本当に誰も頼ることの出来ない状況に、緊張もすれば焦りもある。だが、妙に落ち着いている自分もいた。どこかで、こうなる気がしていたのかもしれない。




「行こう」




 アストルに声をかけ、ルーシャは強い魔力が感じる方角に足を進める。










──────────




魔女に出会った。敵としてだけど。


マスターが相手をしてくれるから、全力で逃げたけど・・・大丈夫かな。


マスターも、私達も。


兄さんにもしものことがあれば、かなりヤバい!


私の手にかかってるなんて怖すぎるけど、マスターが追いついてくれるまでは何とかしないと。


大丈夫かなー、自分が。

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