p.34 雪原の支配者

 堂々たる氷の城が突如として姿を現す。そびえ立つ姿は圧倒的で、吹雪の中にいてもなお不思議な煌めきを誇る。規模はセルドルフ王国の王城と同等とまでいかなくとも、小貴族の邸宅よりは随分と大きく造りも立派だった。雪原の空を貫かんとするほど、まっすぐと天に向かってそびえ立つさまは圧巻の一言に尽きる。




 周囲を警戒するルーシャだったが、ただの雪原と吹雪しか見当たらない。警備魔法術の魔力もなければ、見張りがいるわけでもない。敵の本拠地にしては無防備すぎる気がし、逆に策略なのではないかとルーシャの警戒心が跳ね上がる。




「ちょっと、兄さん!」




 辺りに気を配りまくるルーシャとは裏腹に、アストルは躊躇うことなく氷の城に近づく。その城門に手をかけ、ひんやりとした硬い感覚に本当に氷のようだと確認する。勝手な行動のアストルを注意し、周囲を警戒するルーシャだが本人は気にしている様子がない。敵の牙城に乗り込むのに、わざわざ正門から赴くほどルーシャに度胸も策略もない。




 そのまま城門に手を押し当てたまま、アストルはルーシャが止めるのに構わず城門を押し開ける。二人の身の丈よりも数倍ある巨大な門は、意外とあっさりとその門戸をひらく。




 思わず身構えるルーシャだが、門が開いたところで誰かが襲いかかってくることも、警備魔法術が発動した様子もない。




 誰にも攻撃されることも、歓迎されることもないままアストルとルーシャは氷の城に正面から入る。城の内部も氷でできており、高い透明度を誇る氷が淡く青く光りながら外部の光を取り込む。幻想的なまでに美しい青く透明な氷だが、外と内を隔てており透明度は高いが外の景色は見ることが出来ない。




 氷の床は冷たい上に固く、足を踏み入れるたびにコツコツと高音な足音が響き渡る。タップダンスのような音が響き、氷の床でできた廊下がダンスホールのようだと感じられる。静寂が場を支配しているからか、二人の足音は怖いほど響き渡り、城中に響いているのではないかと思えてしまう。




 城の中は、門をくぐった先は小さな玄関ホールとなっており、上の階へと続く二つの階段が二階部分でホールを作り上の階への扉がある。階段の下には豪華で重々しい扉があり、奥の部屋へと続いているようだった。それら以外に扉はなく、上へ行くか、一階の部屋を進むかの二択を迫られる。




 階段や扉には派手すぎないものの、重厚で気品のある芸術調に飾り立てられている。氷で出来ているにも関わらず、高い透明度を誇るため水晶があしらわれているように見える。




「兄さん」




 先程から無言を貫くアストルは、何もためらうことなく一階部分の扉を開けて先へ進む。荘厳な氷の城も、その圧巻で美しい造りも目に入っていないかのように、初めから向かうべきところがわかっているかのようによう迷う気配なく足を進めていく。ルーシャは魔力探知を行っているが、敵の本拠地には犯人や王女たちの魔力があつまり、かつ氷の城やここを構成する様々な魔法術の魔力が混在しているため、何がなんの魔力か解析するには時間と集中力を要する。




 先へ先へと進むアストルにつられ、ルーシャも奥の部屋へと続いて入る。先の部屋は廊下があり、廊下の先にひとつ扉があるのと、廊下の左右にもふたつ扉がある。アストルは左右の扉に目もくれず、廊下の先の扉を躊躇うことなく開ける。敵の本拠地だというのに、随分と大胆な行動を繰り返す。




「すごい」




 兄を追いかけ足を踏み入れた部屋を見渡し、ルーシャは思わず言葉が漏れる。




 廊下の先の部屋は大きなホールのようであり、吹き抜けの天井が開放感を感じさせる。広さはダンスパーティーを優雅に行えるほどで、氷の床は磨かれたように美しい光沢を誇る。吹き抜けの天井には氷で出来たシャンデリアが気品高く存在し、魔法の光でホールが照らされている。天井にももちろん気品ある彫刻がなされ、ここが敵の牙城だということを忘れてしまいそうになる。








 周囲を見渡すルーシャとアストルだったが、はっと何かの存在に気が付き身構える。氷の床から、突如としてとあるものが姿を現す。




「雪だるま・・・?」




 兄妹仲良く口を揃え、その名を口にする。二つの雪玉が程よいバランスで積み上げられ、ご丁寧に手や顔だけでなくマフラーや帽子も身につけている。顔つきやフォルムに多少の個人差はあるが、愛嬌のあるマスコットのように見える。




 敵の本拠地に突如現れたものだが、ルーシャは(かわいいなー)と呑気にいくつもの雪だるまを見比べる。顔やフォルム、身につけているものの違いを見て、どれが一番可愛いか勝手にランキングをつけ始める。やはり、目がまん丸なものが一番愛嬌があるが、身につけているマフラーが水玉の雪だるまもなかなか可愛い──そんなことを考えていた。




「ルーシャっ!」




 ここへ来て緊張感も集中力も切らしたルーシャの名をアストルは緊迫した声で叫ぶ。何事かと思ったルーシャだが、すぐにその意味を理解する。




「冷たっ!」




 背後から何かを投げつけられる。冷たいそれはルーシャの頭に命中し、痛みもあったが冷たさの方が先行していた。振り返ると雪玉を持った雪だるまがこちらを向いていた。




(警備魔法・・・っぽい)




 周囲の雪だるまたちは全て、その手に雪玉を持っている。雪玉にあたった感じは特に鈍器のような威力があるわけでもないし、何かの魔法術がしかけられている気配もない。警備としては頼りないように感じられ、これが侵入者を排除しようとするものなのかと疑わしい。




 だが、考えているあいだに雪だるまたちが先に動き四方八方から雪玉を勢いよく投げつけてくる。雪原に来たこと自体が事故のアストルは護身用の剣や武器を一切持っていないし、ナーダルもその手のものをアストルに渡すことをしていなかった。丸腰の王子は飛んでくる雪玉を避けるので精一杯の様子だった。






『揺れ動く波 羽ばたくつばさ 凪がれ逝く瞬間とき


 よしな華が咲き乱れし頃 優雅な歩調で歩く獣


 ほのかゆめに酔いしれながら 幻を目にする鷹


 陽に歯向かいし闇は 恙無つつがなく己の罪を認める


 渋き葵を転寝うたたねしながら数え上げ


 氷ノ糸の綻びを治す今日こんにち


 風が吹き抜け 八方へと砕け散る』






 雪玉を浴びながらも集中力を絶やすことなく、ルーシャは神語を構成し魔法を発動させる。「炎尾勇矢えんびゆうし」は炎・怒属性の魔法で、ひとつの火種からいくつもの炎が四方八方へ飛び、術者の指定した魔力構造を破壊するまで増殖を繰り返す。雪だるまたちの体の中心には魔力の核があり、それを破壊すれば雪だるまたちは再起不能になる。炎は破壊の力の代名詞でもあるので、攻撃魔法術のレパートリーの少ないルーシャにとって、炎関連の魔法術には今回かなりお世話になっている。




 音も立てずに炎はあっという間に広がっていき、雪だるまたちが静かにその姿を消していく。あまりにも、あっけなく警備魔法と思しきそれらを破ったことにルーシャとアストルは安堵するも妙な違和感を覚える。












「客を招いた覚えはないんだけどな」




 雪だるまを撃破したルーシャとアストルの耳に凛とした男の声が響き渡る。その声だけで場の空気が引き締まり、この場を凌駕する。




 氷の大広間には各階に続く巨大な螺旋階段が部屋の奥にあった。螺旋階段は半分は壁に埋まり、半分はバルコニーのように広間に顔を出している。声の主を探して上を見上げ、ルーシャはその圧倒的な存在感に、アストルはその顔に驚く。




 淡い茶髪と深い緑の瞳の青年が、螺旋階段の三階あたりの手すりに腰掛けて座っている。キリッとした瞳、どこか色気を感じさせる涙袋、真っ直ぐな鼻筋と容姿が整っているうえ、ほどよく鍛えられた体格が美しい。見つめられただけですべてを見透かされたように感じられ、強者の前に立つということが何なのかを嫌でも自覚してしまう。




(あの人と同じ・・・)




 少し前にセルドルフ王国に来ていたリーシェルに一瞬見つめられた時も、心臓を握りつぶされるのではないかという圧倒的な恐怖に近い何かを感じたことがあった。今回も同じで、見つめられただけで、そこにいるだけですべてを支配してしまいそうな空気が醸し出される。




「で、見習い殿と一国の王子が何用だ?」




 ひと目で彼はルーシャとアストルの正体を見破る。アストルは確かに王子として、それなりに顔と名前が割れている。だが、ルーシャのことは例外だ。おそらく、魔力を扱うが協会章を身につけていないこと、そして魔力探知でルーシャの魔力の不安定さを見て見習い魔法術師だと判断したのだろう。




 驚き何も言えないルーシャとは異なり、アストルはその顔をみて驚きながらも、躊躇うことなくある人の名を口にする。






「レティルト王子」






 真っ直ぐと目の前の青年と目を合わせ、アストルはその名を口にした。憧れて憧れて、少しでも近づきたかった存在がそこにいる。見間違うはずのない憧れの人物が自分を見下ろしていた。




「数年前の集まり以来だな、アストル」




 その名を呼ばれ、彼は否定することもなくあっさりとアストルへ口を開く。その容姿、声、存在感は紛れもなく亡国・ロータル王国の第一王子、レティルト・ダルータ・ルレクトだった。世界最強の女騎士が国王と王妃を殺したあの夜、消息を絶った二人の王子のうちの一人が目の前にいる。




「どうして、あなたが・・・」




 平然と言葉を放つレティルトとは正反対に、自分でその名を口にしたのにアストルは信じられないという表情で彼を見あげる。その顔も、声も、雰囲気も間違いなく誰よりも王たる資質があると言われた、かの王子だった。あれほど憧れて、今でも少しでも近づきたいと思っている人物を間違うはずはない。




「俺がやってることだからな」




 躊躇うことも、言い訳することもなくレティルトはあっさりと自分の行いを認める発言をする。どこか開き直っているのではないかと思うほど、あまりにいさぎよい態度だった。




「そういえばお前、オールドの婚約者だったな。ここまで乗り込んでくる婚約者なんて、随分と愛されてるな」




 レティルトが軽く後ろを振り返り、誰かを見る。やがて姿を現したのは見事な金髪の姫君だった。ほっそりとした体に、光を反射する金髪が美しく、淡い青い瞳はどこか困惑の色を示す。綺麗なぱっちり二重でまっすぐとこちらを見つめる姫君は、飾り立てた服装ではないがそこにいるだけで絵になる。


 よく見れば、各階のバルコニーから気品溢れる王女たちがこちらを覗き込んでいた。




「オールド姫!」




「アストル・・・」




 やっと見つけられた安堵と、そこから一刻も救い出したいという焦りが混在しながらアストルは愛しの姫君の名前を叫ぶ。今にも駆け出していきそうなアストルとは正反対に、オールドはそこから動く気配がないまま呟くように婚約者の名前を呼ぶ。




「感動の再会のところ悪いが、俺も正体を知られるわけにはいかないもんでな」




 怪しくレティルトの瞳が光り、場の空気が一気に不穏なものに変容する。




「ま、待ってください!あなたがいるということは、ナーセルト王子も?」




 殺気を出すレティルトに対し、両手をあげアストルは敵意のないことを示し口を開く。ここに生き延びた兄王子がいるということは、もしかしたらリーシェルの捜し求めていた王子二人共が揃っているかもしれない。




「いや、セルトはいない」




 優秀な兄の影に隠れていたとはいえ、存在と名前くらいはアストルでも知っているのが、第二王子のナーセルト・ダルータ・ルレクト──愛称がセルト王子だった。表立ったレティルトとは相反して噂すらも聞いたことがないが、それでもリーシェルはその存在を探している──確実に二人の王子の息の根を止めるために。レティルトがここにいるため、てっきり兄弟揃って一緒に逃げたのかと思ったアストルは一息つく。とりあえず、一緒でなければ一気にリーシェルに捕まることはない。




 リーシェルに二人の王子を見つけたらすぐ知らせるように言われているが、アストルは尊敬してやまないレティルトとその弟王子を売る気はない。




「俺はレティルト王子の敵になるつもりは一切ありません」




 威圧的に見下ろすレティルトに対し、アストルはやや腰が引けているものの凛とした声で敵意のないことを伝える。




「お前の心意気は立派だ、アストル。だが、国を率いり国民を守るお前がそれを選択するのは間違ってんだよ」




 味方でいようとしてくれることは、正直ありがたいとレティルトは思っている。敵だらけになったあの日、あの時から周囲のすべてを疑って生きるしかなかった。もともと、王位に近かったこともあり権力目当てで近づいてくる者も多く、レティルトは誰を信用するべきか、誰を近くに置くべきかをいつも考えていた。警戒心が強い上でのリーシェルと、彼女についた周囲の裏切りはレティルトにとって、あってはならないことだった。




 王子であり、まだ王位についてはいないとはいえ、国や国民を守るべき立場だった自分は何も守れず、ただ逃げることしか出来なかった。悔しさも、やりきれなさも、自分の無力さも感じていた。




「お前個人の見解や思いで行動するのは、王子としてやっちゃいけねぇんだよ」




 アストルとしてではなく、セルドルフ王国次期国王としての判断と行動が求められる。国のための利益を求め、国にとっての不利益は排除しなければならない。最強の女騎士・リーシェルを敵に回すということは単純に国の滅亡を指すことであり、それを明言してはならない。




「しかし──」




 分かっているが、憧れだった彼を売ることも敵にすることもしたくない。誰よりも王という存在に相応しく、国や民を率いるのに秀でて、周囲を凌駕するカリスマ性にすぐれた逸材であるレティルトを裏切ることなどアストルにはできない。




「まあ、いい。ケリを着ければ良い話だ」




 氷の手摺に腰かけていたレティルトは、するっと鮮やかな身のこなしでそこから飛び降り氷の床に着地する。行動のすべてが美しくも力強く、あらゆることで周囲の人間の目を奪う。力強い瞳は他でもなくアストルに向けられる。
















──────────



マスターを置いて進んだ先に、とても大きくて綺麗な氷の城があった。あれを創って維持する魔力とその技術は凄いし、そして城の作りも素敵で芸術センスもある。


まさか、この一連の事件の犯人が・・・あのレティルト王子だったなんて。


噂通りのイケメンだし、圧倒的な存在感だし、何よりも感じる魔力のキレが桁違い。


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