p.12 神秘の鏡

 舞踏会を抜け出したアストルとナーダルは、別室にて商人・ハディの自慢の品を次々と見ていた。




 色鮮やかな宝石をあしらったネックレス、機械仕掛けの懐中時計、高級な動物皮をなめした小物、様々な彩りを持つガラス細工、緻密な細工のステッキなど。あらゆる商品が並び、今まで見たこともないようなものばかりだった。テーブルの上には、これでもかというほどの品数が並ぶ。




「どうです?アストル王子」




 ぐいぐいと勧められアストルは苦笑いで「間に合っている」と答えるのがやっとだった。もともと庶民育ちのアストルにとって工芸品など、金持ちのただの自己満足でしかないと思っている。ひとつひとつを丁寧断りながら、隣に座る魔法術師を垣間見る。




「すごいですねー。これは何ですか?」




 徐々に頭が痛くなってきたアストルとは別に、ナーダルは楽しそうに見たことのない商品について次々と手に取ってハディの説明を受ける。話が弾み楽しそうな雰囲気が部屋を支配し、ハディも気を良くして次々と話を進めていく。話が長引くからか、アストルの頭痛は時間とともに酷くなっていく一方だった。最初は軽くズキズキとしていたが、段々と頭がなにかに圧迫されているかのように脈打つように痛む。




「・・・」




 だが、楽しそうに談笑していたナーダルの手と目があるものの前で止まる。何かを発見したようで改めて目録表を開く。




 ナーダルは目録表を見た時、ひとつだけ気になった商品があった。それが本物かを確認するため、言葉巧みにハディをその気にさせ、アストルをも利用した。王宮魔法術師よりも王子が一緒の方が、権力目当ての相手には有効な気がしたのだった。作戦通り、アストルをつれハディを別室へ連れ出し商品が広げられる。そして、目的のものを目にすることが出来た。




「これって?」




 ナーダルはひとつの目録を指差し、ハディの言葉を待つ。


 それは、手鏡のような代物だった。鏡がはめ込まれる場所には巨大な水晶があしらわれ、水晶を囲う部分や取手はごつごつした作りで、木の幹を表現しているようだった。きらびやかな宝石があしらわれてきた今までの商品とは違い、地味だが厳かな一品だった。




「魔道具です。遠くへ一瞬で行けるようです。魔法術師殿、どうですか?」




 にこやかに笑うハディに対し、ナーダルは鋭い視線を向ける。




「どこで手に入れたんですか?」




 ナーダルの目が光る。目録だけを見た時は偽物だろうと思っていたが、念のため確認しようと動いただけだった。だが、実物を目の当たりにしてナーダルの考えが間違っていた。




 溢れんばかりの魔力が、それから漏れでる。それだけで本物と断定するには十分だった。






「神秘の鏡ですよね?」






 その魔道具の名を口にする。




「え・・・?」




「数年前、魔力協会の本部のひとつから盗まれた代物です」




 基本的に強大な力を秘める魔道具は魔力協会により管理され、所在や所有者が明らかにされている。神秘の鏡と呼ばれるそれも、そのひとつだった。だが、厳重な警備のしている魔力協会の本部のひとつ──時ノ本部でそれは盗まれた。何者の仕業か分からず、今日に至るまで神秘の鏡の所在は不明だった。




 魔道具は基本的に誰にでも扱える。むしろ魔力を扱えない人が生活を便利にできるよう、誰でも魔法や魔術を安全に使えるよう、そういう目的で魔道具は作られている。火を起こせるもの、遠くの相手と会話できるもの、小さな傷を治すことのできるものなど。




 だが、魔道具のなかには強大な魔力を秘めているため、魔法術師のなかでも実力の伴った者しか扱えない代物がある。神秘の鏡もそのひとつだった。




 神秘の鏡──それは謎の魔道具だった。それを使えば望む地や人のところへ瞬く間に移動できる。移動魔法、空間移動といった術はあるが、そんなものたちとは一線を画していた。だが、その機序は不明であり、強すぎる神秘の鏡そのものが持つ魔力を制御することは高度な技術をもつ者しか出来なかった。




「私は市場に並んでいるのを卸しただけで」




 がらりと雰囲気が変わったナーダルに身構えるよう、ハディは緊張した面持ちで答える。




(魔力に変化はないけど・・・)




 ナーダルはちらりとハディの魔力を垣間見る。魔力に流動性がなく、彼も魔力に目覚めていない人間だった。心が乱れれば魔力に目覚めていなくても、魔力が揺れる。だが、天性の嘘つきなど真実や感情を隠すことに長けた者は魔力の変化が乏しい。




「盗品です。預かりますね」




 ナーダルはハディに有無を言わす隙さえ与えず、神秘の鏡を手に取り確保する。手にした途端、神秘の鏡から伝わってくる魔力に意識を取られそうになる。すぐに入り込んできた魔力をコントロールし鎮める。強大な魔力は時として、他人の魔力を乗っ取ることがある。魔力に目覚めていないものは魔力に流動性がなく、魔力が安定しているため他の魔力の影響を受けにくい。だが、魔力に目覚めたものは不安定な魔力を有しているため、自分以外の魔力にも敏感に反応してしまう。




(なんて魔力・・・。良く今まで事故を起こさなかったよ)




 もしも、魔力の扱いに不慣れな者がこの魔力の影響を受けてしまっていたなら、何か事故や事件を引き起こしていてもおかしくない。魔力のバランスが崩れ、魔力の暴走を引き起こしてしまっても当然かもしれないというほどのレベルだった。




「王太子?」




 ふと、ナーダルは先程から黙り込んでいるアストルの存在に気がつく。




「大丈夫ですか?」




 真っ青な表情で頭をおさえ、アストルは耐えるようにソファに座っていた。




「ああ」




 首を縦に振るアストルだが、どう見ても大丈夫そうではない。その様子に一瞬、ナーダルは焦り動揺する。その一瞬の隙に神秘の鏡を制御していた集中力が途切れ、神秘の鏡の魔力が大きく波打ち周囲に魔力を拡散させる。




「うっ・・・!」




 それに反応するかのようにアストルは苦悶の表情を浮かべ、冷や汗をかく。アストルと同じく魔力の流動性がないハディは心配そうにアストルを見つめるが、特になんの変化もなさそうだった。




(魔力に反応してる・・・?)




 アストルの様子にナーダルは首をかしげながらも、早急に神秘の鏡の魔力をコントロールする。すぐに魔力はおさまり、アストルの顔色も徐々に戻っていく。その様子に安堵しながらも何かを考える。




(流動性はないけど・・・。あれの影響か・・・)




 アストルに魔力の流動性はなく、魔力を扱えるような人間ではない。本来ならば神秘の鏡が放つ、圧倒的な魔力に反応することもないほど魔力が安定しているはずだった。だが、それでも反応したということは・・・。




 微妙な雰囲気となったため、ハディは逃げるように商品を抱えて舞踏会を去っていく。アストルもナーダルもそれを引き止める気はなく、自然にその場は解散となる。ハディのことを魔力協会に通報しようかと思ったが、転売されていたものをたまたま彼が購入した可能性が高いためナーダルは放っておくことにした。魔力協会に聞かれれば名前だけでも伝えれば良いだろうが、おそらく彼は当事者ではないだろう。




 二人は何もなかったかのように舞踏会へ、それぞれの役割のために戻っていく。














 舞踏会の翌日。


 ナーダルの部屋でナーダルとルーシャはテーブルの上に置かれた魔道具を凝視する。今はナーダルが魔力をコントロールしたおかげで神秘の鏡は無闇に魔力を放出することはない。さらにナーダルの部屋には見習いのルーシャが魔法や魔術を使うことを前提に、他の人へ迷惑をかけないよう魔力が漏れ出ないよういくつかの魔法や魔術が施されている。




「おどろおどろしいですね」




 神秘の鏡を一目見た感想をルーシャは素直に述べる。コントロールされているが、魔力探知をしなくても肌で感じる魔力は鳥肌が立ちそうなものだった。強すぎる力が恐怖心を煽るということを痛感するほど、目の前のそれは異様な力を持っていた。神秘の鏡そのものに漂う魔力が桁違いで、漂っているだけなのに身の毛がよだつ。それが全力で放出されたのなら卒倒してしまうかもしれない。




「どうするんですか?」




 ナーダルから神秘の鏡について軽く聞いたルーシャは、危険なものをナーダルがずっと持つはずはないが一応確認する。魔道具のなかでも強大な魔力をもつという随分と物騒なものがポツンとテーブルの上に置かれている。




「協会にさっさと送るよ。さすがにこれはちょっと・・・」




 自分の手には負えない──、そんな物言いのナーダルはいつもと違い表情に余裕がない。難しい表情のままナーダルは右手を神秘の鏡にかざす。念には念を入れるため、とりあえず神秘の鏡の魔力を封じようと封印魔法にとりかかる。持っていくなり、郵送するなりするにしても魔力が途中で勝手にまた放出されては一大事となる。特に今はナーダルの側に魔力コントロールがまだ未熟なルーシャがいるため、できるだけのリスクは避けたい。




 封印魔法は自分の魔力と封印相手の魔力を繋ぎ合わせ、緻密な構造を必要とする。魔法や魔術にいくつかの属性や分野があるなか、難易度の高い部類のものだった。




 構造を練りながら自分の魔力と神秘の鏡の魔力を繋ぐなか、ナーダルは違和感を覚える。何故か強い力で引っ張られているように感じ、ハッとひとつのことに気づく。




(引き込まれる)




 圧倒的な力が魔力もろともこちらを引きずり込もうと動く。その魔力は大きく抗うことは困難であり、さらに近くの魔力を吸い込もうとしている。現在この部屋にはナーダルとルーシャしかいないが、二人とも妙な引力を感じている。ルーシャも違和感を覚えているのか、身構えるようにナーダルと神秘の鏡の両方を見る。




(間に合わない)




 とっさに判断したナーダルは即座に動く。神秘の鏡に向けていた手をおろし、ベッドの枕元に置いていた自分の剣と剣帯をすぐに手に取り、その後ルーシャの手を掴む。二人とも引き込まれることは確実だが、ルーシャと離れるという最悪の事態は避けなければならない。何がどうなるかわからないが、とにかく自分のそばにルーシャがいなければ助けることもできない。




 神秘の鏡が突如として光り出し、一瞬で部屋全体を光で支配する。






 その一瞬で二人の姿は部屋から消え、神秘の鏡だけがテーブルの上に何事もなかったかのようにいた。














──────────




神秘の鏡という魔道具をマスターが持ってきた・・・。あんなに凄い魔力なんて初めて感じたし、怖いとさえ思った。


いや、それ以前に何かに巻き込まれたんですけどっ?!


大丈夫かな・・・。いや、大丈夫じゃなさそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る