p.11 商人

 暖かい空気が部屋中に充満する。思わず眠りこけてしまいたくなるなか、ナーダルはなんとか意識を保つ。




 豪華絢爛な大広間では舞踏会が開催されていた。国内の貴族や他国の豪商など、大金持ちたちが煌びやかに着飾り、上品な笑い声が響き渡る。飾り立てられたドレスは最新のトレンドを取り入れられおり、この冬のトレンドカラーの赤系統が目立つ。




 大広間の床は大理石があしらわれ、芸術的な模様が天然石により描かれる。天井にはいくつものシャンデリアが並び、贅沢品である電気がこの場を照らす。来客用に用意されている椅子ひとつでさえ、抜かりなく高級で品のあるものが揃えられている。




 ナーダルは王宮魔法術師として不審者がいないかを見張るよう仰せつかっていたが、そんなものは建前でしかない。雇ったはいいが全く仕事をさせないわけにもいかないため、とりあえず適当な仕事を与えられている。郷に入っては郷に従う必要があり、ナーダルも正装の燕尾服に身を包む。いつもはラフなシャツなどにスタンドカラーのジャケットを着ているため、正装は首がつまる。




 ルーシャは下働きではなく、魔法術師の弟子という肩書きにとなり、今はナーダルの補佐をする。給仕係に扮してナーダルとともに不審者がいないか舞踏会を巡回する。城に引き取られた当初に一度だけ参加して以来の舞踏会にルーシャの目は輝く。平穏無事を信条とし、豪華な世界とは無縁な人生のルーシャだが、やはり煌びやかな舞踏会やドレスなどには憧れる。




「素敵ですね」




 ホールの端に佇むナーダルにルーシャは小声で感嘆の声をかける。自然と崩れる表情と、揺れ動く声にナーダルはルーシャがはしゃいでいるのだとすぐに気付く。普段から真面目でしっかりして、どこか大人びているルーシャのそんな一面に彼女もひとりの少女なのだと改めて実感する。




「そうだね」




「嫌いですか?こういう場所」




 ルーシャとは違い、落ち着いたような・・・興味がなさそうな雰囲気のナーダル。煌びやかな装飾も、美しい麗人にも目を向けることなく、早く終わらないかな──とでも言いたげな目をしている。一応、役割を仰せつかったのでこの場には留まっているとでもいう状況だった。




「かしこまった場はね」




 そう言いナーダルは溶け込むように舞踏会の見回りに戻る。ルーシャはそんなナーダルの後ろ姿に何かを感じたが、分からず自分も警備の仕事に戻る。




 華やかな舞踏会は不定期で開催される。その目的は貴族などとの繋がりを保つためであり、王家の人付き合いというものだった。貴族は政治に深く関わっているし、豪商は財界に精通している。彼らを上手く取り入れ、適度な距離を保つことは国王にとって重要なことだった。




 もちろん、こういう場を利用して国王や王子、大臣に取り入ろうもする者もいる。賄賂や縁談、裏取り引きと・・・楽しいだけの場ではないが、そんな事情など関係ないルーシャはやはり華やかな場は憧れだった。




 宮廷音楽家による厳かで気品溢れる音楽が奏でられ、ホールの中央では紳士淑女がその音楽に合わせ手を取り合ってリズムを刻む。ステップを踏む度に色とりどりのドレスや、貴婦人たちの美しく結われた髪も揺れる。




「あ、王太子」




 ふらふらと舞踏会を歩き彷徨っていたナーダルは、国王と同じレベルでこの舞踏会の主役に出くわす。普段から王子としてそれなりの服装でいるアストルだが、やはりこういうとこでの出で立ちは品位があった。同じような正装の燕尾服であっても、王子が着こなすと雰囲気が違う。




 そんなアストルは誰かと話し込んでいた。正装に身を包んでいるとはいえ、相手がそれほどの身分のものではないのはナーダルでさえ一目瞭然だった。だが、アストルは断りきれなかったのか、相手の話が終わるのを待ちながら延々と話を聞き続けている。




「ナーダル」




 少し困ったようなアストルは、視線でナーダルに助けを求める。アストルに話しかけてきたのは、珍品を取り扱う商人の1人だった。どこかの貴族が商人の得意先であり、その貴族の口利きでこの場へ来ることが出来ていた。そんな商人はいま、必死にアストルの気を引こうと自慢の商品の数々について語っているところだった。




「この方は?」




「王宮魔法術師だ」




 アストルに紹介されナーダルは静かに頭を下げる。




「良ければ魔法術師殿も商品を見ていかれませんか?」




 商人の男は笑顔でナーダルに、商品の目録表を手渡す。ナーダルは何気なくそれを広げペラペラとページをめくっていき、その姿に商人は気を良くしたのか、頼んでもいないのに商品の説明を始める。助けを求める相手を間違えた──と、早くこの場を切り抜けたかったアストルは後悔する。




 もともと押しが弱く、お人好しなところのあるアストルにとって相手が媚を売っているとわかっていても邪険に扱えないところがある。このような場は苦手だが、だからと言ってサボるような度胸もない真面目な性格だった。




「是非とも詳しく聞きたいですね。ね、王太子」




 にこやかに笑うナーダルはアストルに同意を求める。その言葉と態度に、ナーダルを頼ってはいけなかったと更に後悔をする。




「い、いや・・・」




「そうですか!では、どこか別室にでも」




 か弱いアストルの否定の言葉など初めから存在しないかのように扱われ、商人とナーダルは生き生きとアストルを連れてホールを出る。そして、その辺りにいた使用人にナーダルが適当に話をつけてホール側の客室を使うこととなった。




 商人は別の部屋に置いている商品を取りに行き、部屋にはナーダルとアストルが取り残される。




「どういうことだ、ナーダル」




 あの場を切り抜けたかっただけのアストルは、こんなところに連れ出されたことに納得していない。まだ未熟とはいえ、王位継承者として舞踏会に参加することには意味がある。




「王太子は生真面目すぎます。たまには息抜きも必要ですよ」




 明らかに舞踏会を抜け出す口実に商人を利用しているナーダルは、何の悪気も感じていないようだった。手慣れたような言動にアストルはため息をつく。




「そうやって今まで色んなことを切り抜けてきたのか」




「僕は何かに縛られたくないだけですよ」




 ナーダルは王子の前ということも気にせず、タイを外しシャツのボタンも二つほど外す。首元を緩め、大きく伸びをする様子は本当に自由人そのものだった。




「少しでも早く、多くのことを学ばないといけないんだ。中途半端な立場だし」




 呟くようにアストルは言葉を紡ぐ。




 アストル・エーティア・ネストは確かに一国の王子であり、王位継承者だった。だが、その出生は喜ばれるものではないし、王となるべく学びだしたのはつい数年前からだった。同じ年頃の他の王家の王子は、もっと王となるのに必要なことを知っているし、王家たる者の自負も品格もある。すべてはアストルに足りないものばかりだった。




「大変ですね、王太子という立場も」




「やるべきことばかりだしな」




 腕を組み、アストルはソファに座り込む。こんな人生になるなど思わなかったし、一生故郷の村で働いて過ごすと思っていた。王都にはそのうち行ってみたいという憧れはあったが、所詮は田舎の男だと割り切っていた。ルーシャが幸せになればいい、それだけしか思ってこなかった。




「いつか、レティルト王子に少しでも近づきたいと思っていたんだけどな・・・」




 亡国──ロータル王国の第一王子がアストルの憧れだった。直接会ったり、話した訳ではない。何かの集まりでたまたまその後ろ姿を見ただけだが、それだけで十分だった。あれが王たる資質をもつ者の背中なのかと、アストルには到底届かないところにいる存在なのだと分かった。醸し出す空気でさえ、周りを圧倒させ惹き付ける、かの王子はアストルの憧れであり目指すべき姿だった。文武両道、容姿端麗、品位方正だったと他の王家の者たちは今でも第一王子・レティルトを純粋に尊敬している。




「王太子は王太子ですよ。誰かの真似も後も追わなくていいと思いますよ」




 何かを考えながら、ナーダルはそうアストルに投げかける。他国でもアストルの存在は有名とはいかなくても、名前くらいは聞いたことのあるというものだった。一時期、ウィルト国王がアストルとルーシャを迎え入れた時はニュースとなったが、結局時間が経てば他国の国情など忘れ去られていく。




「それでいられたら、苦労はしないよ」




 誰かと比べたところで虚しいだけなのは分かっているが、でも比べてしまう。生まれた時から英才教育を受け、王となるために学んできた彼らとは違うと分かっている。比べたところでどうしようもないし、無意味だと思っても気になる。国の存続──そんなものが自分の手腕にかかっている、その責任の重さは並大抵ではない。ある日突然その責任を負わなければならなくなったアストルの心情やストレスなど、他人のナーダルには分からない。




 もしかしたら、その責務を放棄できたのかもしれない。初めから受け入れなければ良かったのかもしれない。それでも、アストルは自分を見るウィルト国王の瞳があまりにも切実で、その手を払い除けることは出来なかった。




「どんなに優秀な人でも、失う時は大切なもの失います」




 静かにナーダルはそう言い、何もなかったかのように商人に手渡された目録表に再び目を通す。アストルは動く気配がないナーダルとともに、ソファに座ったまま商人を待つ。








 しばらくの沈黙の末、商人がいくつもの品を持って部屋に戻ってくる。




「改めまして。トルベリア国を中心に商いをしてます、ハディと言います」




 手を差し伸べられ、ナーダルはにこりと笑って握手を交わす。アストルだけが早く何とか終わらないかと心の中で急いているが、ナーダルとハディはのんびりと世間話を繰り広げる。客室にある大きめのテーブルには、丁寧に包まれたハディおすすめの商品が陳列される。舞踏会なのに、これほどまで商品を持参し話を持ってくるような商人がアストルは苦手だった。もともと押しの弱い性格なのでなにかをきっぱり断ることが上手くできない。なので、こういう商人には関わらないことが一番良かったのだが・・・。




「すごいですね、見てくださいよ。王太子」




 そんなアストルの心情などに気づく気配がなく、ナーダルは純粋にハディの持ってきた品々を楽しそうに愛でる。無邪気そうに笑いアストルにも話を振ってくるのだった。











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舞踏会に参加しました、警備員要因だけど。


キラキラしてて本当に素敵だったなぁ。ドレスも綺麗だし、雰囲気も華やかだし、いいなー。


やっぱり憧れる!遠い世界だけど・・・。いいなー。


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