p.9 おもい

 冬の晴れ間が見事な青空を映す。




 王冠失踪事件が無事に解決し、その結果に釈然としないまま冬神祭を迎える。ケイディとストイルは仕事があるため、事件解決後は早急に城を去っていった。




「さむいー」




 可哀想なほどガクブル震えるのはナーダル。彼は旅の魔法術師なので特に急ぐことがなく、ウィルト国王は釈然としないが一応は全てを解決してくれたナーダルにお礼として、しばらくの滞在を許した。観光するなり、ゆっくり羽根休みするなり好きにしろと。




 せっかくなので冬神祭を見ていこうとなったのだが、ナーダルは非常に寒さに弱かった。コートを着て、マフラーや手袋、帽子、ブーツという防寒具を駆使しているが、一向に震えが止まらない。たしかに寒いが今は日中であり、陽光もありまだ寒さはマシなのだが・・・。




「ナーダルさん」




 震えが止まらないナーダルの隣に立ち、ルーシャも祭りに参加する。監視役の任は解かれ、もとの下働きに戻ったルーシャは休みをもらっていた。城下町にある広場では様々な屋台が暖かい食事や飲み物を販売しており、湯気が立ち上る。ナーダルは先ほど購入したホットティーで手袋をはめたままの両手を暖め、大切そうに一口飲んでいる。広場の中央では特設のステージで伝統的な舞が披露され、ウィルト国王とアストルは王家専用ブースでそれを観覧している。




 自称、旅の魔法術師ナーダルは長くはここにいないだろう。ならば、今するべきことがルーシャにはあった。




「魔法術師になるにはどうすればいいんですか?」




 寒さで震え上がっていたナーダルは驚いたようにルーシャを見る。ナーダルの忠告からルーシャは今後のことを一切何も話さず、ナーダルは勝手にもう忠告は無視されたものだと思っていた。




「魔力協会に入会して誰かに師事するのが一般的かな。学校みたいなものもあるけど、一般的ではないし・・・授業料の問題がね」




「師事する人の条件とかって・・・」




「魔法術師か魔法使いか魔術師、どれかの資格を持っている人ならば経験とかは問われない。あとは、協会の許可さえ降りれば基本的に誰でもなれるよ」




 冷たい風を感じながら、ルーシャは遠くで王冠を身につけ祭りを見守るウィルト国王を見据える。ずっと黙っていたかったのは、居場所を失いたくないから、家族ではないが家族のような存在に感じてしまう国王を傷つけたくなかったから。でも、それは与えられた力、自分自身に対してとても無責任なことだった。




「ナーダルさん、私に魔力について教えてください」




 意を決してルーシャはナーダルを見上げる。魔力に目覚めた限り、いつかは決断しなければならないことを今決断しただけ──、ルーシャはそう自分に言い聞かせる。




 ここを去ることはつらい。兄と分かれることもつらい。それでも、その力を手に入れてしまったならば、その世界を知ってしまったならば何もしない訳にはいかない。それがルーシャの性分であり、自分と向き合った結果だった。




 選択肢は三つあった。ひとつめは、魔力を封じて今まで通りの生活を続ける。ふたつめは、魔力協会に所属し魔法術師になる。この場合は今の居場所を失い、家族とも別れなければならない。みっつめは、ナーダルの忠告を無視して一年間すべてを隠し通して、成人ということを理由に城を出て魔力協会へ行く。この場合、いつかはウィルト国王にはバレてしまうかもしれないが、それまでは穏便にことを運べそうな気がする。




 魔力に目覚めて二ヶ月を平穏に過ごしたルーシャにとって、みっつめの選択をすることは容易かった。何もしなければ何も起きないのだから。だが、もしも魔力の暴走が起きてしまったら?近くにいる兄や国王を巻き込まない確信も保証もない。下手をすれば一国を破滅へと導くかもしれない、大切な人の命を奪うかもしれない。そんな選択を無責任に選ぶ度胸はなかった。




「僕じゃなくても、協会には優秀な魔法術師も指導に長けた人もいるよ」




 ナーダルは相変わらず驚いた様子でこちらを見て口を開く。たしかに、今のルーシャはナーダルという一人の魔法術師しか選択肢しかない。協会に行けば他の可能性だってあるだろう、もっと広い世界があるだろう。




「それでも、私は・・・私を見つけてくれたナーダルさんが良いんです」




 他の可能性を探せるかもしれなくても、ルーシャにとって自分を見つけてくれて、秘密を守ってくれて、他の可能性を示唆してくれて、自分の才能を認めてくれて、忠告までしてくれたナーダル以外は考えられない。ナーダルに見つかった理由が独学の魔力探知ではあったが、それでも彼曰く魔力に気づけない人もいるなか、彼はルーシャに気付いて見つけてくれた。




 もしかしたら、相性が最悪かもしれない。もしかしたら喧嘩も耐えないし、お互いの性格に嫌気がさすかもしれない。それでも、魔力のある世界を見せてくれて、そこへ導いてくれたナーダルの存在は大きい。




「僕は弟子なんかもったことないし、誰かに何かを教えたこともない素人師匠だよ」




「私なんてもっと素人です」




 これでいい──、ルーシャは心の中で納得する。いつまでも隠しておくことは出来ないし、ただの他人ではないウィルト国王に秘密ごともしていたくない。嫌われても、放り出されてもそれは運命なのだろう。今までの生活は、ひとときの幸せな時間だったのだろう。夢幻のような時間を過ごせただけなのだろう。




「僕は旅の魔法術師で、現時点で一所に留まる予定はないし、僕の弟子になるということは一緒に行くってことだよ?」




「分かっています」




 どの道、ウィルト国王に全てを告白したならばここにはいられない。それならば、ナーダルについて行くのも選択肢として問題ない。むしろその方が都合がいい。




 少し迷っていたのち、ナーダルは小さく頷く。




「ようこそ、魔力の世界へ」




 まだ少し驚いた表情のナーダルは、笑ってルーシャに手を差し伸べる。手袋越しに握手を交わし、お互いに見つめ合う二人だった。














 祭りは無事に終わったが、ルーシャの心は平穏ではなかった。




 ウィルト国王の計らいで滞在しているナーダルはいつまでもここにいない。彼が出ていくとなれば、彼に師事すると決めたルーシャも出ていくこととなる。そもそも、魔力のことを暴露する時点で出てかなければならないようなものだった。とにかく、ナーダルが発つ前にすべてをウィルト国王に打ち明けなければならない。




「お話があります」




 基本的にウィルト国王に積極的に話しかけるタイプではないルーシャからの声かけに、国王は驚く。それと同時に単なる世間話ではないと察したウィルト国王は応接室のひとつに、ルーシャを招き入れ人を払う。二人きりとなり微妙な空気が漂うなか、ルーシャは向かい合って座るウィルト国王を見つめる。




「実は・・・」




 言おうと決心はしたが、心は揺れる。言うことが怖いし、ウィルト国王の反応も怖い。何か魔力を使っているところを見られてたなら、取り繕うことなく勢いで言ってしまえるかもしれない。だが、今は何の脈絡もなく告白する。緊張や躊躇いがないほうがおかしい。




「ここを出ていきます」




 ルーシャの突然の言葉にウィルト国王は明らかに驚いたような表情を浮かべる。




「・・・どうした、急に」




 驚きながらも国王は静かにルーシャの反応や言葉を待つ。異常なくらい強く感じる胸の鼓動を抱えながら、目の前の国王を見つめる。




「少し前から・・・魔力に目覚めました。陛下のご迷惑になるので・・・」




 ルーシャの言葉にウィルト国王の顔から瞬時に余裕がなくなる。緊張しているかのように顔がこわばり、雰囲気もがらりと変わってしまう。分かっていたが目の当たりにするのはやはり怖い。何を言われるのかという恐怖心が何よりも先走る。




「隠していて申し訳ありませんでした。陛下のご厚意に甘えて──」




「気にしなくてもいい」




 畳み掛けるかのようにルーシャは謝罪の言葉を口にするが、ウィルト国王はその言葉に割り込む。思わぬ国王の言葉にルーシャは一瞬、何を言われたのか理解できない。




「そこまで気を遣わせてしまっていたか・・・。それは私の問題であり、ルーシャが出ていく理由にはならん」




 予想していたものとは正反対の国王の言葉にルーシャは耳を疑う。出ていけ、二度と足を踏み入れるな──そんな言葉を覚悟していた。静かだが、強く凛としたウィルト国王の声が響く。




「確かに王子であるアストルと同じ扱いはさせてやれんが、ここがお前にとっても家であったらと思う。自分の意思でどこかへ行きたいと言うのなら引き止めはせんが、そんな理由で出ていかなくても大丈夫だ」




 目を伏せながらウィルト国王は呟くようにそう言葉を紡ぐ。まるで何かを考えているのか、何かを思い出しているかのように。




「・・・でも」




 優しい言葉に決心が揺らぐ。ウィルト国王の優しさに、寛大さに甘えてしまいたくなる。どうしてそこまで優しいのだろう、赤の他人のルーシャに。血も繋がっていないし、何かの功績があるわけでもない。そんな一人の娘にウィルト国王はいつも気を配ってくれる。






「さすがは人格者として名を馳せるウィルト陛下ですね」






 静まり返る部屋に突如として彼が現れる。ノックもなければ、一言声かけもない。ここへ登場することが至極当然かのように、ナーダルは扉を開けて中に入ってきた。




「盗み聞きか」




 驚きながらも平静を保ち、ウィルト国王はナーダルを見据える。




「心配だったもので」




 にこりと笑いナーダルは真っ直ぐウィルト国王を見据える。




「ルーシャは魔力協会に所属しなければなりませんよ」




 盗み聞きしていたことや、会話に乱入したことなどなかったかのように自然と会話が進む。




「知っている、その規律は。それは構わんが、誰かに魔力について教わらんと・・・」




 あれほどまでに魔力嫌いを公言し、魔力協会にも極力関わろうとしないウィルト国王のその言葉にルーシャは何も言えなくなる。




「それは僕が教える予定なんで大丈夫です」




 ご心配なく──とナーダルはにこりと笑う。




「お前は旅の途中ではないのか?」




「僕の旅に目的はありませんので、長くは居られませんが、少し長めの滞在くらいは大丈夫です。それに魔力を扱うのに環境が急に変わるのは、あまり良いとは言えませんし」




 どれくらいいられるのか明言はしないが、長くはないのかもしれない。出ていくことになるのは変わらない、それを先延ばしにしただけだろう。




「でも・・・」




 いずれは出ていくのだから、早いか遅いかなら早いほうがいい。いつか訪れる別れを意識して日々を過ごすことはつらい。それならば、もう決めた今のうちに去っていきたい。




「良いんだよ、ルーシャ。いても良いと言ってくれているんだから、陛下の言葉に甘えても。嫌でもここを離れる日は来るだろうし。あと個人的に、寒いなか旅するのはちょっと嫌だし」




 家族といてもいい、幸せなときをまだ積み重ねてもいい──と言われ、ルーシャは何も言えなくなる。父を知らず、母を早くに亡くしたルーシャにとってアストルの存在は特別なものだった。




「陛下、僕を非常勤の王宮魔法術師にしてください。出ていくまでの期間限定で」




「私は魔力も魔力協会も魔法術師も大嫌いだ」




 ルーシャのそんな複雑な思いを置いていくかのように、ナーダルはウィルト国王をまっすぐと見据え口を開く。ナーダルの突然の申し出にウィルト国王は何を言い出すのだと嫌悪感を顕にする。




「存じ上げています。ただ数日ならまだしも、客人のままでの長期間の滞在はよろしくないかと。それにここで協会の仕事はできないので、僕の懐事情もお察しいただきたいなー。魔法術師なんかに頼りたくはないかもしれませんが、それなりに働かせて頂くので・・・」




 ナーダルは言葉には出さずに、態度で「お給料欲しいなー」という言葉を醸し出す。あのウィルト国王に悪びれも、媚びることもなく堂々とそんなことを打診するナーダルのメンタルの強いこと。驚きながらも、ある意味さすが大魔導士の弟子だとルーシャは思うのだった。




 ウィルト国王は難色を示すが、今回の件があったからか話は思ったよりも円滑に進む。嫌いだが、それでもその嫌いな魔力は人々の生活に、文化に染み込んでしまっている。切り離すことの出来ない存在であることに変わりはしない。










 適当に話がまとまったところで、ルーシャは深々とウィルト国王に頭を下げ、部屋を出る。それを静かに見送ったナーダルは、先程よりも数段と真剣な眼差しを国王へ向ける。




「陛下」




 がらりと変化した空気にウィルト国王もすぐに気づき、身構えたように表情を引き締める。




「なんだ」




 決して心から信用しているとはいえない魔法術師が、まっすぐとウィルト国王を見つめる。その瞳は決意と、何かほかの感情を秘めている。どこか緊張した面持ちで国王はナーダルの言葉を待つ。




「ルーシャがこちらの世界へ足を踏み入れた限り、あのことはいずれ彼女の耳にも入ります。僕が教えなくても、誰かが言うかもしれない」




 ナーダルは何とも言えない表情を浮かべ、ちらりとルーシャの出ていった扉を見る。




「・・・」




 ナーダルの言葉にウィルト国王は黙り込み視線を落とす。




「僕らは二度と過ちを犯してはならない・・・」




「なんとか出来ないのか」




 ナーダルの言葉にウィルト国王は視線を落としたまま眉をひそめ、どこか何かを憂うようだった。隠し通せるとは思わないが、願わくはルーシャの耳にそのことが入らないことを祈る。




「陛下の心中はお察ししますが・・・。おこがましいとは思いますが、僕らには僕らの責任があります、魔力協会として。例外は認められません」




 ウィルト国王から目をそらし、ナーダルは自分に言い聞かすかのようにそう言葉を紡ぐ。魔力の扱いは簡単ではないが、その分もたらす効果によっては人の生活を豊かに便利にできる。だが、その使い方は魔法術師個人の覚悟と責任によるものであり、時に道を踏み外すこともある。




 だからこそ、魔力協会がある。法を整え、秩序を重んじ、魔法術師を見張る。法を犯せば刑罰を与え、手に入れた力を乱用も悪用もしないよう制度を整えている。だが、それでも法を犯すものはいるし、魔力でとんでもないことをやらかす人間もいる。人である限り変えようのない本質もある。




「・・・そうか」




 納得していない様子で頷き、ウィルト国王は項垂れる。分かっているが、それを受け入れるのは許し難い──ウィルト国王にとって魔力の存在はそういうものだった。ナーダルの言っていることは分かるし、魔力協会の主張も理解できる。だが、それでも国王にとって魔力はやはり大嫌いなものだった。




 ナーダルはそれ以上は何も言えず一礼し、静かにその場を去る。






 ルーシャの宿命が動き出す。









──────────



結局、魔力を手放さないことにした。本当に迷ったし、手放す選択肢もあったけど・・・。


この選択が正しいのかは分からない。陛下の言葉だって本心じゃないかもしれないし・・・、困らせただけかもしれない。


何が正しいのか分からないけど、決めたからにはちゃんとやっていかないと!


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