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 アストルが倒れた翌日、彼は何故かナーダルの部屋にいた。アストルとルーシャは並んで横に座り、向かいにはケイディが優雅にもうひとつのソファに腰掛ける。ナーダルはケイディの座るソファのそばに立ったままだった。




「本当にするの?」




 緊張した面持ちでケイディがナーダルを見つめる。何が始まろうとしているのか分かっているのは、ナーダルとケイディの二人だけ。何故かケイディは大きなカバンを引っさげており、どこか怪しい。ルーシャとアストルは何も知らされず、ただ呼び出しをくらっていた。そもそも監視役のルーシャに悟られず、ナーダルはケイディといつの間にか計画を立てていた。




「お願いします」




 躊躇うことなくナーダルは頷き、ソファに座るアストルの目の前に手をかざす。




「おやすみなさい」




 一言そう発すると、アストルが何の反応も出来ない間にナーダルは睡眠魔法を仕掛け、一国の王子に魔法をかける。崩れ落ちるようにアストルはソファへ横になり、静かな寝息を響かせる。


 ルーシャが気付くことも、止めることも出来ない一瞬の出来事だった。あまりに鮮やかな手口に彼の手の内を知るケイディも驚きを隠せない。




「・・・さすが。魔力の構成も一瞬だし、呪文も詠唱なしだし」




「このくらいの魔法で呪文なんて詠唱してたら、シスターにフルボッコにされますよ」




「大魔導士さまは手厳しいのね」




 アストルに魔法をかけたことなどなかったことのように、二人は和やかに談笑し出す。ルーシャはソファで寝るアストルを介抱しながら、二人に厳しい視線を送り口を開く。




「どういうことですか?」




 ルーシャの言葉にナーダルは両手を小さくあげ、敵意はないとでも言いたそうなジェスチャーをする。だが、ルーシャからすればそんな行動は信用出来ない。




「すこし王太子の協力が必要なんだよ。陛下にはちょっと内緒で」




 唇に人差し指を当てナーダルはそう言い、チラッとアストルを見る。ふかふかの豪華なソファで気持ちよさそうに眠り、自分が魔法にかけられたことにすら気づいていないだろう。


 もし魔力嫌いのウィルト国王がこの自体を知ったら、ナーダルどころかケイディとルーシャも牢屋行きなのは確実だった。




「アストル王子の記憶を見させてもらうの」




 説明を求めるようなルーシャにケイディが口を開く。




「記憶を・・・?」




「うん。他人の記憶は普通の魔術とかで垣間見れるんだけど、記憶障害とかで本人が思い出せない記憶を見るのは、高度な魔法や魔術でも難しいし成功率は低いんだよねー」




 唸るようにナーダルは難しい顔をする。




「そこで私の出番よ。一般の魔法術師では扱えないとっておきの方法があるの」




 横から入ってきたケイディは得意げに笑い、カバンから何かを取り出す。それは非常に小さな小瓶であり、中には濁った緑色の怪しい液体が入っている。危険な雰囲気にルーシャの顔は引き攣る。




「まさか、兄さんにそれを・・・」




「ご名答。あれは僕らか使ってもただ苦いだけの薬なんだけど、魔力薬師の手にかかれば、潜在的な記憶や感情を引き出せるんだ」




 ナーダルは得意げに説明し、ルーシャは怪しみながらもその効能に期待を寄せる。それが分かれば、何か今回のことの糸口がみつけられるのではと。




「まあ、劇薬だから取り扱い注意なんだけどねー」




 淡い期待を寄せていたルーシャの耳にとんでもない情報が入り込む。軽い調子で追加情報が補足され、ルーシャはぎょっとして兄の前に立ちはだかる。




「だ、駄目です!そんな危ない薬」




「ケイディさんなら大丈夫だよ。それに王太子のあの時の記憶さえ分かれば全ては多分、繋がるし」




 優しくそう言われて「はい、そうですか」と頷くルーシャではない。いつも通りの余裕のある身のこなしのナーダルに対峙しながら、ルーシャはどうすべきか思考をフル回転させる。眠ったままのアストルを一人で担いでいくことは無謀だが、ここで二人を説得することも難しい。




「ルーシャ」




 黙ってやり取りを見ていたケイディがこちらを向く。その眼差しは真剣そのもので、決して軽い気持ちでそこにいるのではないと感じさせる。




「一国の王子・・・、それも唯一の王位継承者の身を危険に晒す可能性があるなら私も引き受けないわ」




 強くそう断言され、ルーシャは言葉を失う。二人が思いつきで行動していないことは分かっているが、兄の身を危険に晒す可能性があるならルーシャは黙って見過ごせない。だが、分かっている。状況を打開するには、アストルがなぜあそこで倒れたのか、何を見たのか、何が起きたのかを知る必要があることも。分かっているからこそ悩む。




 しばらくの沈黙の末、ルーシャは黙って身を引く。本当はずっとアストルの目の前に立っていたいが、それが事態の解決に繋がらないことは明白だった。




 ケイディは怪しい緑の薬液を一滴だけ、部屋に備え付けのカップに垂らす。さらにカバンから取り出した色とりどりの小瓶に入った薬品、乾燥した植物の葉や根、怪しげな道具を次々と手際よく机に並べる。




「滅多に手に入らない代物ばかりですね。これを一晩で手に入れられたなんて、さすが最高責任者」




 机に並んだ薬品や道具をまじまじとみつめ、ナーダルは感心したように口を開く。




「あら?それが分かっていて、私に頼んだんでしょう?」




 意味ありげにケイディは笑い、ナーダルは「お見通しですか」とこちらも笑う。劇薬を兄に盛られようとしているルーシャからすれば、二人のそんなやりとりなど茶番でしかない。




 いくつもの薬をスポイトを使って慎重に調合していきながら、薬の色が変化していく。的確かつ丁寧な捌きで魔力を込め、独特な形をした棒で混ぜながら、少しずつ薬ができていく。乾燥した植物の葉や根を謎の道具で切ったりったりし、それらも少しずつ薬に加えていく。魔力を感じながら、ナーダルの魔法の時とは違う魔力の変化を感じるルーシャ。あのときは魔力そのものが変化していっていたが、今は違う。薬品の変化を助けるよう、魔力はその補助をしているようだった。




 魔法とは違う魔力の使い方、変化していく薬。繊細なその作業を見守りながらルーシャは兄の身を案じる。




燿爍ようしゃくたる甘露あまつゆ 蟠踞ばんきょたる黒暗こくあん


 宵うちにる辰星よ 甘黴雨あまつゆの降り注ぐ折


 その深淵たる真中まなかを開かん』




 いくつかの薬液や魔力の影響で緑の液体が透明へと変化し、そこにケイディは最後の仕上げに呪文を唱える。明らかな目に見える変化は全く見えないが、彼女は満足げに頷きナーダルを見る。




「どうぞ、ナーダルさん」




 カップごと薬液を受け取り、ナーダルは机を軽く片付ける。そして指で机に人差し指で円を描くと、机上に謎の現象が起きる。彼の指先から魔力が机に伝わり切り取られたかのように、円形のものが姿を現す。魔力で縁取られた鏡のようなそれの円形内部は真っ黒で、何も映していない。




「鏡像の魔術ね。魔法術師を生業としている人は凄いわね」




「いやいや、僕だって調合はできませんし」




 謙遜しながらナーダルは眠っているアストルに例の薬を飲ませる。夢の中のアストルだが、何故かムセることなく薬を一口飲み相変わらず眠り続ける。




 ナーダルはアストルの頭に手を当てて、何かを探すように瞳を閉じて集中する。ルーシャは心配そうに兄を見守り、ケイディは腕を組んだままアストルと机の上の鏡を見比べる。




「あった」




 その言葉が響くと同時に机上の鏡が何かを映し出す。きらびやかな所蔵品で溢れ、存在感が桁外れなシャンデリアが堂々と映る。




「宝物庫」




 視線を兄から魔術の鏡へと移したルーシャは、その光景にいち早く反応する。鏡に映るのは王冠がなくなった例の宝物庫だった。アストルの見てきたものの記憶なので、視線が動くように映像が勝手に動いていく。人の視線を客観的に見るのは何とも不思議なものだった。やがてアストルは天井のシャンデリアを見上げる。




 そして、何を思ったのかシャンデリアの真下にあった王冠を置いていた、強力な魔法が施されているあの机を動かす。それから視線が高くなり、彼が机の上に登ったのだと推測できる。何をするのかと食い入るように見ていたルーシャだが、机に登ってすぐに視線が反転し映像が途切れる。






「・・・なるほどね。それはちょっと予想外だなぁ」






 映像を見終わったあと、ナーダルだけが何かを納得したようにそう呟く。












 真冬の寒い中、ルーシャとナーダルは中庭に立つ。あれからアストルは無事に目を覚まし、特に何の不調もなく自分の仕事へ戻っていった。ケイディはストイルを呼び戻すようナーダルに依頼され、あれから反魔力協会組織を調べに行ったストイルを迎えに城を出ていった。




「これくらいしか・・・」




 二人の目の前には巨大な岩が居座る。青白いそれは風雨で少々風化しているものの、光沢を携える。あの王冠がなくなる前の日の猛吹雪を受けても、ツルツルな岩肌だからかほぼ雪が積もっていなかった、あの大岩だった。ナーダルに城内にある祀っている何かがあるかと問われ、ここへ来た。




 この大岩は一応、祀っているが特に何があるかというわけでもなさそうだった。恐らく築城時に動かせず、ここに祀るという形で置いているだけ。




「で、王冠がなくなった前日に猛吹雪が起きたんだよね?」




「はい」




「ルーシャは原因不明の魔力を感じた」




「・・・はい、たぶん魔力だったと思います」




 あの夜のことを思い出しながら、ルーシャは首を縦にふる。魔力だったかというと、記憶も感覚も曖昧なため確実な答えは言えない。




「魔力探知してみて」




 かじかむ手足を感じながら、ナーダルは目の前の大岩を見上げながらそう言う。戸惑うルーシャはナーダルを見上げるが、彼はそれ以上なにも言うことも、行動を起こす気配がない。仕方なくルーシャは意識を集中させ、以前はナーダルに導かれて行った魔力探知を自身の力のみで行う。




 自分の中の魔力を感じ、それをゆっくりと体の中心へ集める。初めて行うことなので上手くいかないし、時間もかかる。だがナーダルは何も言わず、じっと待つ。




 やがて体の中心に集まった魔力が弾けるように体の外へ飛び出し、ひとつの魔力がルーシャの魔力に引っかかる。目の前のそれから感じるのは、驚くほど微力な魔力であり、離れた所から魔力探知したならば気づかなかったかもしれない。ゆっくりとだが、確実に魔力に動きがある。




「これって・・・」




「全部が繋がったよ」




 混乱するルーシャとは裏腹に落ち着き払ったナーダルは、静かに大岩を見つめ続ける。












 その日の夜。


 宝物庫には、ウィルト国王、アストル、ルーシャ、ナーダル、ケイディ、そして魔力協会での調査から呼び戻されたストイルがいた。ウィルト国王はもはや、なぜ魔力協会の二人がいるのかなどという質問はしない。焦りでそれどころではない様子だった。




「今回の件にあたり、僕ら協会の人間は外部からの魔力介入ではないかと疑いました」




 早く説明しろと言わんばかりのウィルト国王の視線を受け、ナーダルは口を開きストイルを見る。ストイルは頷き真っ直ぐとウィルト国王を見据え、口を開く。




「しかし、反魔力協会組織の最近の動きは何もありませんでした」




 魔力協会で数日間に渡り、軍部の情報を探っていたが何もめぼしい情報はなかった。




「僕はこの部屋の魔力の痕跡を調べましたが、それもありませんでした。正直、行き詰まってましたが・・・」




 ナーダルは頭をかきながら、アストルを見る。




「王太子のおかげで、すべての歯車が合いました」




 そう言うと、ナーダルはある一点を指さす。つられてその場の全員がその指の先を目で追う。




「あそこにありました」




 指さすそこには、部屋のなかで一番存在感があるシャンデリアが燦然と輝く。見間違いかと思い、ナーダルの指を何度か見るが何度たどっても彼の指先はシャンデリアを指している。




「え?」




 全員が「何を言ってるんだ」と視線をナーダルに注ぐ中、彼はストイルを手招きし何かを耳打ちする。ストイルは首を縦に振り、王冠があったであろう机の前に立つ。




「陛下、王子。失礼します」




 そう言い一礼するとストイルは机の上にひょいと身軽に乗り、シャンデリアに手を伸ばす。息を飲んで見守る中、目的のそれはあっさりと手に入る。




 黄金があしらわれ、いくつもの宝石がはめ込まれた権威の象徴ともとれるそれは・・・。




「王冠」




 探し求めて、騒ぎの元となったものだった。あれほどまで探し求めていたものが、今はストイルの手に握られている。




「どこから出した?」




 如何わしいとでも言いたそうなウィルト国王はナーダルを睨む。あれほど手を尽くして探したし、この部屋だって一番最初に隅々まで調べている。




「そこのシャンデリアですよ。引っかかってたんです」




 ナーダルは特に表情を変えることなく、相変わらずシャンデリアを指さしたまま口を開く。




「そんな・・・」




 ルーシャは思わぬ結末に絶望のような表情と声を漏らす。




「灯台もと暗しというか・・・。落ちているならともかく、上に引っかかっているなんて誰も思いませんし、こんなに豪華すぎるシャンデリアだとキラキラしてて、目もチカチカします。王冠も同じ金ピカだから同化して見えたので、そこにあったのに気付けなかったのではと」




「だが、なぜそんなところに?」




 相変わらず納得していない怪訝そうな表情とのまま、ウィルト国王はナーダルに説明を求める。




「中庭の大岩は魔力を有してました。おそらくそれが、猛吹雪の日に自分の身を守るために強力な魔力を発動させ、その結果として強力な魔力が発動した時に生じる謎の現象の一つ・・・金属の磁石化を引き起こしたのではないかと」




 あの日、ルーシャが感じたのは確かに魔力であり、才能があるとはいえ素人の彼女がなんの意識もせずに感じられる魔力というのは、それなりに強力なものだった。万物すべてに魔力があるとはいうが、まさか大岩にさえ魔力があるとは思わなかった。




「あの大岩の謂われは私も詳しくは知らないが、祀られていたということは、それなりのものだということか」




 完全にはまだ納得出来ないが、ウィルト国王のなかで辻褄が合っていく。




「床に他の金属類が散乱しているのも、それらも磁石化されてシャンデリアに引っ付いたけど、吹雪が収まると魔力が解除され磁石化も解除されたことで地面に落ちたのでしょう。王冠はたまたま引っかかってしまった。ガラスケースの中のものはガラスに阻まれてそれほどまでは魔力の影響を受けなかったとではと」




「魔力介入があれば分かるのでは?」




「金属の磁石化は機序不明です。魔力による変化ではありますが、魔力そのものが金属へ介入しているのではないんだと思います。王冠がケース内にあれば、おそらくこんなことは起きなかったと思います。王太子が倒れていた件は、おそらくここへ来てシャンデリアに引っかかった王冠に気づき、それを取ろうとしたけど机から足を踏み外して落ちたのではないかと」




 ナーダルの説明を聞き終わったルーシャは、思わず本音がこぼれ落ちる。






「それだけですか?」






 あんなに探し回って、盗難とか他組織の存在とかを考えたのに・・・。現実はただ、真上のシャンデリアに引っかかっていたなんて。そんな馬鹿な・・・。




「それだけなんだよね」




 ナーダルは困ったように笑いながら、ストイルの手の中に収まっている王冠を見つめる。














──────────


事件が解決しました・・・が、真相が──。


それだけっ?!って感じだった。正直、ショボすぎる。あんなに探したのに真上にあったとか、シャンデリアだって見てたはずなのに・・・。


解決したのは良いけど、なんか後味は悪いなー。

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