p.6 捜索
ナーダルが王城へ来て数日が経過し、ルーシャはナーダルと仕事の合間のケイディとストイルを連れて王城の敷地内での王冠捜索を進めていた。進展と呼べるものは何もなく、冬神祭までの期限が刻一刻と迫る。祭り事では国王が王位の象徴である王冠を身につけて参加するのがしきたりで、例外は認められない。ましてや盗難や紛失などあってはならない事態だった。それに祭事以外でも公な他国との使者と謁見するときなどにもよく使うもののため、一刻も早く見つけたい。今は真冬であり、極寒のセルドルフ王国に使者があまり来ない時期なので困っていないが、いつなんどきどこの王家が来るとも限らない。
「まあ、最悪は魔術で王冠のレプリカを創ってその場を凌ぐ案もあるけどね」
一向に見当たる気配のない王冠捜索が続き、ナーダルはそんなことを言い出す。確かに見つからなければ、そういった手で誤魔化すしかないがウィルト国王がそれを許すのか、そもそもその王冠が偽物だとバレないのかなど課題も多い。
「実は盗まれてて、既に売られてしまってたっていうパターンが一番困るわね。協会へのイメージダウンは避けられないし」
「そもそも、会長の魔法をバレないように破るって時点で相当な手練だろ。この手のこととなると、黒猫の饗宴あたりの仕業か・・・」
数日たっても見つからないとなると、もう城内にある可能性は低い。
ルーシャたちは今、城内にある客人専用の食堂で情報を整理し今後の計画を話し合う。ケイディの「既に売却説」を聞いてしまうと焦りはさらに募っていく。もしも売られてしまっていたなら、取り返せるのだろうか。どこへ行ったら買い戻したりできるのだろう。
「ストイル将軍、黒猫の饗宴って何ですか?」
数日間、三人組とともに過ごしているうちにルーシャはナーダルとケイディの言葉遣いが移る。最初は「ストイルさん」と呼んでいたルーシャだが、次第に「将軍」へ変化し、甘いスイーツに舌鼓を打っていた彼に質問を投げかける。
「魔力協会が一大勢力組織といえども、協会を良く思っていない連中もいる。俺たち協会の人間は「反魔力協会組織」と呼んでいて何かと衝突をしてるんだが、黒猫の饗宴はそんな反協会組織のひとつだ」
アップルティーを嗜みながら説明するストイル。スイーツに紅茶といえば女子の好みのイメージだが、ルーシャの目の前には立派な体格の軍人がそれを食している。
(似合わなさすぎる)
決して言えない本音をルーシャは心の中で呟く。王城内の格式ある雰囲気と家具、調度品に囲まれる食堂において今までこれほどのギャップを見たことがなかった。
「魔力協会に対抗する組織があるんですか?」
ストイルのスイーツ好きというギャップで若干、話が頭に入ってこないが彼の話に驚きを隠せない。
「魔力の活用方法とか、魔法術師の立ち位置とか色々な意見があるからな。それに協会の考え方に全員が賛成ってわけでもない。他組織は協会に比べればこっちの業界では立ち位置も権力も随分と弱いが、無視するのは危険だしな」
魔法術師はみんな魔力協会に所属していると思っていたルーシャは、思わぬ情報に驚きを隠せない。そもそも魔力協会しか魔力を扱う人間を統括する組織はないと思っていたし、一般的に他の組織があるなど知られていない。
「それに基本的に反協会派は過激な思想が多いし、いろんな意味で危険だからが関わらないに越したことはないよ」
真剣な表情でナーダルが会話に入り込んで来た。ここ数日間、監視役として彼を監視してきたが、基本的に笑顔でなんでもやってきたナーダルの真剣な表情は少し怖い。何かとんでもないことが起きるのではないかと思ってしまう。
「そういうのは軍部──将軍の専門だから、任せるわね」
ケイディは笑ってそう言いストイルに他組織からの盗難路線を一任する。思っていたよりも現状が深刻化しており、ルーシャの不安は大きくなる一方だった。最初は信じられなかったことだが、現に王冠がなくなり誰も見つけられていない。ウィルト国王のいら立ちと焦りは募り、王城全体が嫌な雰囲気に包まれる。
「ルーシャ」
聞きなれた声に呼ばれ、そちらを振り向く。
「兄さん」
時期国王の王子が颯爽と食堂に現れ、食堂内にいた客人たちは頭を下げ敬意を示す。
「王太子、はじめまして。魔法術師のナーダルです」
一礼したナーダルは、いつも通りの笑顔でアストルに声をかける。ナーダルとアストルは直接的な面識は全くなく、ウィルト国王やルーシャの話でその存在だけを互いに知っていた。
「噂は少し聞いている」
「いい噂ではないですよね?」
アストルの言葉にナーダルは変わらずの笑顔でそう問う。なんと答えて良いかアストルは迷った末、「まあな・・・」と曖昧に答えをはぐらかす。王城への不法侵入者なので第一印象は最悪な上、国王が毛嫌いする魔法術師となればいい噂が立つはずもない。
「それよりルーシャ、宝物庫への入室許可がおりたよ」
ナーダルとのやり取りを適当に切り上げルーシャへ向き直り、アストルは王子直々に朗報を伝える。やっと事件の現場へ行けるとなり、ルーシャたちは安堵する。他を探すよりも、現場に行った方が何かの痕跡が残っている可能性が高い。
アストルは朗報だけを伝え足早に去っていく。幼い頃から王子としての教育を受けてきたわけではないアストルは、詰め込むように政治やしきたりなどを学んでいる最中だった。あと数年で王位を次ぐことが出来るまでに知識と経験を積まなければならないため、非常に多忙だった。
「じゃあ俺は一旦、反協会組織の最近の動向を確認しに出かける」
「すいません、将軍。仕事の合間の手伝いなのに」
「構わねーって。もしも、ヤツらの仕業なら即刻対策本部を立ち上げなきゃいかんしな」
そう言い、午後の優雅なティータイムを満喫したストイルは早足に去っていく。先ほどまであんなに乙女のようにお菓子と紅茶を堪能していたとは思えない、精悍な顔つきになっている。
「私もちょっと抜けるわね。城内の薬品庫を見せてもらう約束があるから」
立ち上がり、優雅に一礼してケイディも去っていく。ひとつひとつの仕草や物言いまでも美しく感じられ、何か魔法でも使っているのではないかと思ってしまう。
「ケイディさんは魔力協会で薬師をされてるんですよね?」
消えゆく後ろ姿を見ながらナーダルに問いかける。
「そうだよ。魔力のある植物を扱ったり、薬の調合に魔力を使って特殊な薬効のものを作ったりしてる人だよ」
「どうしてここの植物園や薬品庫の視察に来るんですかね?」
ストイルの場合は将軍という役職であり、軍部の視察をして今後の軍事について何かすることがあるのだろうと思う。
「あの人は薬師の最高責任者──、つまりトップだよ。将軍であれケイディさんであれ、上の人たちは各国や各組織のシステムを視察して協会内のシステムの見直しをしてるんだよ」
「そんなに偉い方だったんですね」
自己紹介のときに単に薬師としか言われず、特に仕事のことを聞いたりもしなかったので何者かなんて考えもしなかった。ストイルと話している姿を見た時、将軍相手なのになんの気構えもしていなさそうだとしか思わなかった。
ルーシャとナーダルは国王の許可が降りたため早速、宝物庫へと向かう。宝物庫は今まで案内してきた城内よりも、さらに警備が特化されたそこはあと少し奥へ進めば王家の生活居住区になる。いくつもの重厚な扉があるそこには、宝物庫や情報管理の部屋が並んでいる。
見張りの衛兵に話を取り次ぎ、ルーシャとナーダルは問題の宝物庫へ入る。
「これは・・・」
入って早々に言葉をなくす。宝物庫の部屋は広く、そして豪華絢爛の一言に尽きた。部屋の壁全体に芸術的な装飾が施され、金細工もあしらわれている。ガラスケースに入ったいくつもの装飾品や宝石の数々、歴代国王が携えていた剣や祭事に使用される国宝など様々なものが並べられている。さらに、ガラスケースに入っておらず、いくつかある棚に収納されている巻き物や書物もおそらく秘蔵のものであろう。
「立派だね。シャンデリアも凄いね、宝石も使ってるし」
部屋に入ってその作りや所蔵品を見てナーダルは溜息のような感嘆をもらす。天井には、これでもかという程の金と眩く輝く宝石が散りばめられ、眩しすぎてどこを見たら良いか分からないほどのシャンデリアが燦然と光り輝く。天井も天井で星を散りばめたかのように煌めいており、よく見れば金粉がシャンデリアの電気の明かりで輝いていた。
「何代か前の国王様が作られた部屋らしいです」
ウィルト国王の趣味では全くない、この豪華な部屋は数代前の国王が自分の権力を誇示するため作ったらしい。そこら中に宝石と金が散りばめられ、とてもセンスがいいとは言えない豪華すぎるシャンデリアが特徴だった。さすがに全てを金では作れないので、部屋の中心にある豪華すぎるシャンデリアなどは金メッキを中心としているし、金細工のなかにも本物と金メッキが混ざりあっている。
現場はあの日から一切手をつけられていないのか、いくつかのものが地面に落ちている。金属の蝶番のついた重厚な本や、小さなよく分からない置物が地面に無造作に転がる。
「ここに王冠があったわけか」
考え込むようにナーダルはシャンデリアの真下にある机をまじまじと見つめる。何の変哲もなさそうな木の円形の机だった。
「分かるんですか?」
「この机自体にも相当強力な魔法が施されているから、大事なものを置いておくのかなと。普段からわりと使うならケースにしまうより、こうした警備機能つきの机の上に置いとく方が便利だろうし」
そう言いナーダルはポケットからおもむろにチョークを取り出す。いつの間にか魔法を使うのに必要なものを準備しており、いつでも王冠捜索ができるよう備えていたようだった。
「ここでルーシャに問題。魔力の五つの本質とは」
突然の出題にルーシャは答える前に一度外の様子を確認する。本で読んで答えられるが、そんなところを誰かに見られてウィルト国王に報告でもされたらたまったものではない。衛兵がいるが、重厚な扉を閉じてしまえば声がよほど大きくない限り話し声は聞こえない。それとなくしっかりと扉を閉じてルーシャはナーダルの課題に答える。
「本質は基体性、誘引性、両極性、投影性、導倫性です」
魔力には五つの本質があると言われているが、五つ目の導倫性は存在しないと説く学者もいるので四つの本質ともいう。
一つ目の基体性は魔力の存在そのものを示し、基体性のない魔力はない。生物は死ぬとその体から魔力がなくなり、命がなくなる瞬間に基体性が失われると研究でも明らかになっており、基体性は魔力と命そのものと言われている。
二つ目の誘引性は魔力が他の魔力を誘い出し引き合う性質であり、魔力探知で他の魔力を感じられるのは互いの魔力が引き合っているから。
三つ目の両極性は相反する性質をもつなかでも折り合いがついている状態で、様々な感情を有しながらもひとつの魔力として成り立つのも、この本質があるからだった。
四つ目の投影性は個人の魔力それぞれの特性のことで、魔力の個性といわれている。
そして、五つ目の導倫性はあるべき未来やものごとへ魔力は導くというものだった。
「正解。ついでに、強力な魔力によって起きる二つの特殊な現象も知ってるかな?」
「それは・・・」
独学で勉強したと言っても本をちょくちょく読んでいたに過ぎないため、そこまで魔力のことに詳しくない。言葉を濁すなかナーダルは気にした様子もなく説明を始める。
「おまけ知識だけど、長時間強力な魔力が発動すると謎の二つの現象が起きることがある。一つは金属の磁石化で、金属同士が勝手に引っ付いたり離れたりする。これは魔力が解除されれば勝手に元に戻る。もう一つはその発動した魔力に関する忘却。魔力にあてられ、その魔力に関することを忘れてしまうんだけど、どれくらいの規模か思い出せるのかは運次第かな。この二つのメカニズムはまだ解明されてない」
魔力はその存在も、使用方法も、引き起こす現象もまだまだ未知数なところが多い。日々研究され昔より進歩したと言っても分からないことは山積みにある。
「ナーダルさん・・・」
あたりを見回し何かを探る様子のナーダルにルーシャはなんとも言えない表情で声をかける。
「分かってるよ、ルーシャが答えを出しかねているって。いらなければ忘れてしまえばいいよ、僕の言葉なんて」
先日、ナーダルから魔力協会に入会しなければならないこと、ルーシャが望むなら魔力を封じて普通の生活に戻れることを聞いた。だが数日経つなか、ルーシャはまだ答えを決めかねている。何をしたいのか、どうしたらいいのか選びかねる。
「この前のは協会員として一応の忠告だよ。あとは君の判断に任せる」
特に何も気にしていないよう周囲を見渡しながら、ナーダルは取り留めもない話をするかのように口を開く。忠告──と言われ、ルーシャは自分の現状に罪悪感を覚える。魔力を手に入れるか、手放すか──その判断をしかねているルーシャは中途半端だった。するべき判断や行動を先送りにして、現状に甘んじている。
「じゃあ気を取り直して、今から誘引性を利用してこの部屋の魔法が破られたかどうか見てみようかな」
それ以上、何かを言及することなくナーダルは手にしたチョークで、床に何かを書き始める。絨毯が敷かれていない大理石のツルツルした床に、何故かチョークで文字が書ける。最初はぼんやりその光景を見ていたルーシャだがはっと我に返る。
「書けてる・・・って、終わったらちゃんと消してくださいよ」
ルーシャはナーダルに釘を打つ。彼を引き連れたのがルーシャなら、その責任はすべて自分に帰ってくる。何かあれば監視役が何をしていたのかと言及されることは免れない。
「魔力を練りこみながら書いてるから、魔法を発動させたら消えるから大丈夫」
部屋の隅々まで幾何学な模様や知らない言葉を書き尽くす勢いのナーダルは、気にしないでと軽く手を振る。そんなことも出来るのかと感心しながら、ルーシャはナーダルの作業が終わるのを待つ。やっとこの現場へ来れたし、ここでしか分からないこともあるはず。やっと前進しそうな状況にルーシャは期待せずにはいられない。
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魔力協会に対抗する組織なんてあるんだ・・・。そういうものの仕業じゃなければいいけれど。
でも数日間こんなに探してないなんて、見つかる望みがどんどん薄くなっていく。
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