p.5 魔力

 ナーダルに引き出された魔力は次第におさまり、ルーシャは今、客人三人を連れプチ王城案内ツアーを開催する。王冠を探すためにはある程度、城の構造を知る必要があるのだが・・・。




「えー、そうなんですか?それは初耳ですね」




「公には知らされてないからな」




「あら、そんなこと私たちに話して大丈夫なの?将軍」




 ルーシャの後方をついてくる魔力協会の三人組はお喋りに花を咲かす。話すのは構わないが、もっとやるべきことに集中して欲しいという言葉をルーシャはぐっと心の中にとどめる。




 魔力協会の三人組はとにかく目立つ。もともと国王への謁見やら会議で他国からの客人は多いし、城のものも慣れている。だが魔力協会の人間は滅多に来ないため、彼らの顔はすぐに知れ渡る。




 そんな目立つ三人組を引き連れるルーシャも当然のごとく目立ってしまう。もともと数年前にアストルの存在が判明した時から、兄の影に隠れるとはいえ、それなりに注目を浴びてきた存在だった。もちろん誹謗中傷の類もなかったわけではない。心ない言葉を浴びせられ陰湿なイジメもあったが、それでもここに居続けることを選んだのはルーシャ自身だった。




 両親を早くに亡くしたルーシャにとって兄のアストルは唯一の家族だった。つまらないことで喧嘩をして、どうでもいいことで笑いあって、一緒に畑を耕して、食事を共に分け合ってきた。だからここが家とは呼べない場所であっても、兄のいるところが良かった。もちろん国王になるアストルと自分の道は遥かに違うし、ここに厄介になり続けることは迷惑でしかない。だから、成人したらここを出る。




「ルーシャ」




「はい」




 名前を呼ばれルーシャは後ろを振り返る。




「焦らなくても大丈夫だと思うよ」




 にこりと笑うナーダルは落ち着いた様子だった。




「この城に張り巡らされている警備魔法の類は、たぶんフィルナル会長のものだし、それが破られた形跡はないよ」




「魔法・・・?会長?」




 突然出てきた単語にルーシャは首を捻る。




「宝物庫類には魔力による外部侵入があれば警備システムが反応するんだよね?」




 その言葉に首を縦に振る。王冠捜索に必要であろう情報はルーシャの知りうる限り、ナーダルに伝えている。




「科学で魔力を探知する技術は確立していないから、魔力に対応するには同じ魔力を使った方法しかないよ。セルドルフ王国は公には協会と契約関係ではないけど、たぶん裏取り引きで最低限の魔力警備システムを取り入れてるんだと思う。システムから会長の魔力を感じるし」




 ナーダルは何かを探るように辺りを見回す。




「確かに魔力対策していない国なんて、あっという間に情報も宝も奪われるからな」




 どこか納得したようにストイルは頷く。


 ルーシャはあのウィルト国王が魔力協会の力を借りていたということに驚きを隠せない。あれほどまでに魔力を嫌っているし、他国が当たり前のように国王お抱え魔法術師や魔導士を雇っているなか、セルドルフ王国の王城内には魔法術師はひとりもいない。誰かひとりくらいもしかしたら魔力を扱えるのかもしれないが、それらしい人を見かけたことはない。




「でも裏取り引きや賄賂を嫌うあの会長が、裏でこっそりそんなことなんてする?」




 ケイディは信じられなさそうに異議を唱える。




「いくらフィルナル会長でも、そうせざるを得ないですよ。ウィルト陛下には・・・」




 途中で何かを言い淀みナーダルは口を閉ざす。急に空気が重くなり、ルーシャは続きが気になったが聴ける雰囲気ではない。三人とも口を開こうとせず、難しい表情を浮かべる。張り詰めた空気を誰も打破しようとせず、微妙な空気を引きずったままルーシャは城の案内を継続するしかなかった。








 必要な案内を終えた一行はとりあえず解散となる。本当は現場の宝物庫を見に行きたかったが、さすがに急に行けるわけではないし、国王から一番警戒されているナーダルもいるとなるとウィルト国王の許可が必要なため許可待ちの状態だった。




 ケイディとストイルも客人として部屋を与えられているが、彼らの部屋は国賓たちと同等のものだった。それに引き換え招かれざる客のナーダルの部屋は立派だが、その場所は客室のなかでも一番端だった。




 ナーダルの監視役のルーシャは、彼が部屋で過ごすとなると監視のため彼の部屋に厄介になる。基本的に入浴と睡眠以外はともに過ごし全てを国王へ報告する義務がある。




「今日はお疲れさま。初めて魔力を目にした感想はいかがかな?」




 客室にあったティーセットでお茶を入れるルーシャに、ナーダルは座ったまま声をかけてくる。




「こんなにも魔力で溢れているなんて知りませんでした」




 こぽこぽと沸かした湯で茶葉を蒸しながらルーシャは先ほどの感覚と、その目にしていた世界を思い出す。色とりどりに飾られた世界は美しく、もう一度見たいと思う。


 お茶をティーカップに注ぎルーシャは茶菓子とともに香り高いお茶をナーダルのもとへ運ぶ。




「ひとつ、言っておくことがあるんだ。ルーシャ」




 運ばれたお茶に手を伸ばすことなく、ナーダルはまっすぐルーシャを見据える。




「魔力に目覚めたひと、魔力を扱えるひとは魔力協会に所属しなければならない。いかなる理由であれ」




 向けられる視線と言葉にルーシャは黙るしかない。それができるなら、もうとっくにしている。行き場のない思いを抱えながら、ソファに座るナーダルと向かい合って立ち尽くす。




「僕らが魔力を扱う上で一番恐れているのは、魔力の暴走なんだ。自分の魔力をコントロールしきれずに暴走させてしまえば、自分の命はおろか周囲のものの命も奪うことになる」




「自分の魔力なのに・・・?」




 まだ魔力をたいして扱ったことのないルーシャにとって、ナーダルの言葉はしっくりこない。自分の中にある力なのに暴走してしまうなんて──。




「魔力とは何か・・・っていうのは現在も研究中で分からない。ただ、魔力は感情に左右されて変化するから、僕たちは心の力と規定している。喜びで魔力は活気づき、怒りで激しく増幅し、哀しみで硬化し、楽しみで軽くなる」




 そう言い、ナーダルは自分の右掌を上にする。




「もちろん、僕らの感情は喜怒哀楽なんかじゃ表せない複雑な感情が折り重なって、そんな感情に振り回されたりもする」




 ゆっくりとナーダルの掌から小さな炎が生まれる。それは赤々と激しく燃え、その掌から溢れんばかりに成長する。そしてそのまま、ナーダルとルーシャを勢いよく飲み込む。突然の出来事に成すすべもなく、ルーシャは恐怖におののきながら思わず目を瞑る。




「恐怖も嫉妬も羨望もある。そういう自分自身をすべて受け入れ、その魔力をコントロールすることは難しいし、一歩間違えれば悲劇がおきる」




 炎で包まれたはずなのに熱さも苦しさも痛さも感じない。ゆっくりと目を開けると変わらない姿のナーダルと部屋があり、自分の両手や服を見ても焼け焦げた形跡などない。




「魔力協会が作られた目的は魔力の暴走を予防し、それが起きた時に早急に対応すること。そのため魔力を扱える人間を管理する必要があって、入会の義務を僕らに課せたんだ」




 ルーシャを飲み込んだ炎はナーダルの掌におさまり、小さく揺れながらその存在を保っている。




「君の事情も分かる。協会に依頼すれば、魔力を封じて今まで通り魔力を扱うことも感じることも出来ない生活に戻ることも出来るよ」




 小さな炎を握りつぶすようにして消し、ナーダルは用意されたお茶を一口飲む。お茶の香りが部屋中に広がり、午後の優雅なひとときを思わせる。




「それぞれに生活や家族があって、思うものを背負っている。諸事情なんて人それぞれだし、魔力に目覚めたからといってその魔力にしがみつく必要はない」




 別の道を示され、ルーシャは息を呑む。そんなこと知らなかったし考えたこともなかった。ただただ、魔力の存在を隠して無難に一年過ごし、そのあとは魔力協会へ行って勉強しようと思っていた。魔力の存在が考えの中心だった。




「ただルーシャの場合、僕個人の意見としては魔力を封じるのは勿体ないと思う。教わらずに魔力探知を感覚で出来ていたのは才能としか言えないし、君にある可能性も捨て難い」




「・・・」




「何にせよ、君の人生だし君が好きに選んだらいいよ。他の誰でなく自分のために」




 自由に選んでいいと言われても・・・。


 ルーシャは何も言えず黙って俯く。何をしたいかと問われても、何かを成したいわけでもないし、これと言って夢や野望があるわけでもない。ただ毎日を波風立てずに生活していければいいとだけ思っているし、そうするのならば魔力は必要ない。しかし、こんな色鮮やかな世界をもう見れないのは少し嫌だった。




 ナーダルにすすめられソファに座り、同じく午後のお茶を口にするが悶々としたなか口にするお茶もお菓子も美味しくない。王家御用達の高級茶葉も、客人のために取り寄せられた地方名産の焼き菓子も味を感じない。




「ナーダルさんはどうして魔法術師になったんですか?」




 何を選んだらいいか、どうしたいのか分からないルーシャは目の前の彼に訊ねる。




「理由はないよ」




 あっけらかんとそう言い、ナーダルは美味しそうにお菓子をつまむ。




「え・・・?」




「たまたま魔力に目覚めたから一応は修練を積んで、資格取っとこうかなーと。それに魔法や魔術を知ったり、魔力を応用して色々することが楽しいし」




「人の役に立ちたいとか、魔力協会で名を馳せたいとかって・・・」




「ないない。そんな大志をもった人間に見える?」




 ぶんぶんと勢いよく手で否定の動作をし、笑いながらそう問われルーシャは曖昧に「そ、そうですね・・・」と答える。確かに大きな決意を抱いているようにも、渦巻く野望に燃えているようにも見えないナーダル。




「僕は勝手気ままに世界中を旅してる、しがない魔法術師だよ」




 にこりと笑いナーダルは美味しそうにお茶を飲む。その姿をみながら、ストイルとケイディの言葉を思い出す。ナーダルは大魔導士の唯一の弟子だということを・・・。そんなすごい人の弟子なのに特に目標や夢もなく、何かに意欲的に貢献することもなく、師匠を越えようと思うこともなく、気ままに世界を旅しているとは随分と自由人だ。




「そんな生き方もアリなんですね」




「そんなもんだよ、魔法術師や魔導士なんて」




 ナーダルの生き方を魔法術師の基本としていいのかと突っ込みたくもなるが、そんな風な人もいるのだろうと思う。










──────────




魔力協会に魔法術師かー・・・。どうしたらいいんだろう。


魔力を封じれるなんて知らなかったしなぁ。何かしたいわけでもないけど、せっかく知ることが出来る世界を手放すのも嫌だしなー。でも、魔力の暴走?っていうのも怖いし、それを自分が引き起こさないっていう自信も根拠もないからなぁ・・・。

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