p.4 魔法術師②、③

 不審者事件の翌日。


 向かい合わせに座りながらルーシャは不審者──改め、客人となって迎え入れられた彼と目を合わす。




「一応、自己紹介でもしておこうかな。僕は魔力協会所属、魔法術師のナーダル」




 にこりと笑いかける姿に悪意は一切感じられない。ルーシャは昨晩、ウィルト国王より直々にナーダルを監視する役割を与えられた。国王はあまりルーシャを巻き込みたくなかったが、魔力協会の人間をあまり刺激するようなことも避けたかったため、一応彼の言う通りにすることにした。




「この王城で下働きをしてます、ルーシャ・サールドです」



 ぺこりと一礼しルーシャも挨拶をする。



「昨日はありがとうございました。その、黙っていてもらって・・・」



 ナーダルの様子を窺いみながら、やや小声でお礼を述べる。彼専用に豪華なあしらえの宿泊用客室が用意され、今はそこで話しているがどこで誰がウィルト国王の命令で彼を監視しているかわからない。魔力嫌いの陛下なため、用心に用心を重ねていても不思議ではない。



「大丈夫だよ」



 にこりと笑い、ナーダルはお茶を口にする。落ち着き払った態度に優しい言葉を口にする彼が何者なのか、ルーシャも気になる。不利な状況でも余裕をもって国王に見えるし、城内の人間からの視線も心なしか冷たいのに気にする素振りもない。文句を言うこともなく、現状がなにかも知らずに協力を申し出てきた。



「心配しなくても君は随分、陛下に信頼されているみたいだよ」



「え?」



「この部屋の僕らの話を盗み聞く人とかはいないよ」



 安心して──と一言追加し、ナーダルは部屋を見渡す。



「どうして・・・?」



 心配していたことを言い当てられた上に何もかもを見透かしたような発言に、ルーシャはそんなにも自分の行動がわかりやすいものだったか考える。



「魔力の動きと君の現状を見れば察しはつくかな。僕の推測だけど、君は魔力に目覚め、城主の陛下は魔力嫌い。だから、隠すしかないのかなと」



「・・・だいたいはお察しの通りです」



 ナーダルの言葉にルーシャはあっさりとその推察を認める。



「魔力のことも含め、秘密は守ってもらえますか?」



「大丈夫だよ。人の秘密を暴露するような趣味はないから」



 優しく笑うその表情と態度に、彼を監視する役目を忘れそうになる。確かに不法侵入者としての怪しい一面はあるが、魔力の扱う腕前はルーシャより遥かに上であり、世界的権力をもつ組織の一員だ。それに彼が今いるうちに魔力や魔力協会について分かるだけ分かりたいとも思う。



 少し躊躇いながらも、ルーシャは自分の現状と身の上、そして今現在王城で起きていることを掻い摘んで説明する。信じてもらえるか、黙っていてもらえるか心配は尽きない。



「なるほどね。それで色々納得だね」



 話を聞き終わると、どこかすっきりしたような表情でナーダルは何度も頷く。



「じゃあ魔力探知も独学ってことかな?」



 世間話のようにリラックスした様子でこんな話を振ってくるナーダルに、ルーシャは少し困惑する。こんな話は兄にさえ話したことがない。



「はい」



「それは凄い、才能だね。難しいんだよ、魔力探知。一人前の魔法術師だって出来ない人が多いし」



 ほぉーと感激したようにナーダルはルーシャを見つめ、ルーシャは褒められて素直に嬉しく思う。



「魔法術師って魔法と魔術を扱える人なんですよね?だから、私がナーダルさんの魔力を探して追っているって分かったんですか?」



 魔法や魔術について聞きたくても聞けないことが山のようにあるルーシャは、質問したいことがありすぎてうずうずする。本を読んで理解したつもりでも、その解釈が正しいかもわからないし、それがすべてとも限らない。



「正確に言えば魔法術師は、魔法使いと魔術師の資格をふたつともを持っている人のことだよ」



 そう言い、ナーダルは自分の服に付けていたバッジを取ってルーシャに手渡す。バッジは金色のフチの丸い形をしている。そこには、三本の柱に支えられた天秤が金色で描かれ、天秤の背景は二色の色で半分ずつ彩られる。



「緑は魔法使い、青は魔術師の色って規定で決まっててね。だから両方の資格がある人は両方の色つきのものを身に付けるんだよ。協会員は必ずこういう協会章を身につけていて、資格によって色は違うから色を見れば相手が何者かはすぐに分かるよ」



 こういうものがあるのかと驚きながら、ナーダルをみる。濃い茶髪に深い緑の瞳の彼は、見た目はいたって平凡そうな青年だった。魔力協会の人間にあったことのないルーシャは、魔法術師はもっと雰囲気があるものだと思っていた。



「で、魔力探知のことだけど。魔力探知は相手の魔力を探れるけど、その時に微量ながら自分の魔力も使うんだよね。君が僕の魔力に探りを入れてきた時、僕は君の魔力に気付いた。それで君へ僕から接触しようと思い、僕の擬似魔力を作ったと同時に自分自身の魔力を君に探知できないよう消して、擬似魔力を僕を追っていた兵士にこっそり付けたってわけ」



 昨日の出来事を説明され、ルーシャは驚く。まだ入門書を読んでいる段階であり、本格的な魔法や魔術はまだ分からないし出来ない。



「そんな色んなことができるんですか?」



「魔力の特性や本質を理解して、正しく学べばいろいろ応用がきくからね。じゃあ、練習がてら行こうかな」



 一通り話し終えたとでも言うように、ナーダルは立ち上がる。それにつられ、ルーシャも慌てて立ち上がりバッジを返す。



「どこに?」



 躊躇うことなくナーダルは扉を開き廊下へ出る。監視役のルーシャは基本的にナーダルの側で不審な行動がないか見張り、彼の行動は逐一ウィルト国王に伝えられる。もちろんナーダル自身にもそのことは伝えられているが、彼はそんなプライバシー皆無な状況をすんなり受け入れたのだった。



「じゃあ、今から魔力を感じられる人のところに行こうか」



「え?」



「自分の魔力を自分を中心に外へ円形に響かせてみて」



「響かす?」



 突然の課題にルーシャは頭をひねる。何を言っているのだろう、この人は。言葉の意味がわからないし、そもそも扱い方などさっぱり分からない。



「あー、感覚でやってたなら難しいかな。じゃあ、一回目を閉じて」



 ぽりぽりと頭を掻きながら、ナーダルは次の指示を出す。首をひねりながらも素直に言葉通り目を閉じる。すぐにナーダルは人差し指と中指でルーシャの閉じられた両瞼に軽く触れる。何かが流れて瞼に集まってくる変な感覚にとらわれる。



「開けてみて」



 ゆっくりと目を開け、その光景に息を呑む。目の前のナーダルの全身にたゆまなく流れる淡い蒼い光。



「これって・・・」



「魔力が見えるよね」



 普段なんとなく感じられるかどうかレベルであり、意識を集中させれば少しくらい離れた人の魔力は感じられるが、目に見えることはなかった。こんなにもはっきりと、しかも鮮明にその存在を見るのは新鮮なことだった。それに何より驚いたのは、そこら中にその光が──魔力が見えることだった。



「魔力は生物すべてに等しく存在している。人だって、動物だって、もちろん虫や植物も」



 見たことのない光がそこら中に散りばめられ、今まで見ていた世界はほんの一部なのだと痛感する。初めて目にする世界は美しく眩しい。



「僕やルーシャみたいに魔力に目覚めた人と、そうではない人で魔力の流れは全く異なる。あの人を見て」



 たまたま少し離れたところを人が通る。淡い緑色の光に包まれたその人と、ナーダルを交互に見比べる。



「ナーダルさんのほうが遥かに明るい光だし、光の流れがあります」



 たゆまなく流れ、体をめぐって包むナーダルの魔力。通りすがりの人間の魔力は弱く、そして停滞しているように見える。




「魔力に目覚め、その存在を知るだけで魔力はひどく不安定になり、体をめぐって循環することで存在を保つ。つまり、流れのある魔力を辿ればおのずと魔法術師に出会えるってこと。光の強さは魔力の強さだから、今回はそんなに気にしなくていいよ」



 説明をするだけするとナーダルはルーシャの手を握る。驚くルーシャだが、何かが──魔力が握られた手を伝って自分の中に流れ込んでくる。異物が混入してきたかのような不快感と、どんな鬱陶しい気分さえも吹き飛ばしてしまうような爽快感が身体中を巡る。そのまま入ってきた魔力は体の中心に集まり、それにつられるようルーシャの魔力も一箇所に集まる。そして、集まった魔力はエネルギーを蓄積し発散される。




 体を突き抜けるように飛び出した魔力は余韻を残したまま周囲に広がる。体の外へ飛び出ているのに、その魔力を通じて感覚が伝わってくる不思議な状況はまさに、魔力が響いているようだった。




「感覚としてはこんな感じかな。より強く響かせることで遠くまで魔力探知ができる。たぶん、今まで意識を周囲に集中させている時に、こういう風に魔力を使ってたと思うよ」



 辺りに響き渡る魔力は、ほかの魔力に反応してそこだけ何かが引っかかったように感じる。小さな揺れを手に取ったように感じられるなか、より一層強く揺れる二つの魔力に出会う。



「あの魔力って・・・」



「行ってみようかな」



 感覚を共有しているのか、ナーダルはルーシャが最後まで聞かずとも分かったように首を縦にして歩き出す。不思議な感覚を抱えたままルーシャは歩き、歩く度に魔力探知の中心が──自分の居場所が変わる度に感じる魔力がどんどん変化していくのを感じる。彩られた世界を歩くことが不思議で、今までとは違う世界にいるようだった。



 やがて、ルーシャとナーダルはとある二人組に出会う。王冠失踪事件が起きる前に王城に来た、魔力協会のあの二人だった。



「はじめまして、ストイル将軍にケイディさん」



 廊下の真ん中で出会ったのは、体格の良い淡い茶髪と瞳の男と、溜息をつきたくなるほど艶やかな長い黒髪と深い緑の瞳の美女だった。彼らは突然声をかけられ困惑したようだった。



「僕は魔法術師のナーダルです」



 にこりと笑い敵意がないことを示し、握手の手を差し出す。訝しげにナーダルを見ていた二人だが、ナーダルの胸に光る協会章をみて、身元が分かったからかどこか安心したように表情を緩める。それだけでルーシャは魔力協会のもつ信頼の絶大さを感じる。あのマークひとつですべての信頼を得ている。



「よろし・・・──って、ええ?!ナーダルって、あの?!」



 握手をかわそうとした男は大声をあげてナーダルを凝視する。あまりのリアクションと大声にルーシャもナーダルも鼓膜がやられそうになる。キーンと耳鳴りがしている気もするほど、その大声の破壊力は凄まじい。



「驚いた。まさか、あのナーダルさんにこんなところで知り合えるなんて」



 口元をおさえ、美女はその瞳でナーダルをじっと見つめる。ひとつひとつの仕草でさえ人を魅了するなにかを秘めているようで、ルーシャはこんな美人が世の中に本当にいるものなのかと彼女の姿に釘付けになる。



「ここで会ったのも何かの縁だ。改めて、俺は魔力協会軍で将軍をやってるストイルだ」



 いかにも軍人のような体格と風格を持ちながらも、その笑顔は非常に爽やかであり将軍などには見えない。



「私は魔力薬師のケイディよ。よろしく、ナーダルさん。そして、そこのお嬢さん」



 彼女がフッと笑うだけで周囲の空気までも華やぐようなだった。同性のルーシャでさえ、その美しさに魅せられてしまう。



「彼女はウィルト国王勅命で僕の監視役となったルーシャです」



「監視役って何やらかしたんだ、ナーダルさん」



 驚きながらもストイルは面白そうに笑いながらナーダルを見る。初対面とは思えないフレンドリーさに、彼が本当に軍を束ねる将軍なのかと思ってしまう。ルーシャのなかで軍人や将軍といえば、もっと威厳に満ちた怖い人のイメージだった。



「いやー、それがですね」



 ナーダルは笑いながらことの次第を簡潔にふたりに説明する。もちろんルーシャの魔力のことなどの秘密事は話していない。あまり話を大事にしたくないルーシャだが、ナーダルがペラペラ話してしまうため止めるタイミングを失っていた。



「そういうことなら、私達も手伝うわ。ね、将軍」



 話を聞き終えたケイディが話をふり、ストイルも素直に首を縦に振る。



「ありがたいのですが・・・」



 とてもありがたいし、それで解決できるなら是非とも協力していただきたい。だが、国の維新を揺るがしかねないことを、こんなにもいろいろな人にあっという間に広がってしまうのはルーシャにとって予想外のことだった。




「大丈夫。黙っておくし、ナーダルさんがいれば百人力だ」




「百人力?」




 そう言えば先ほど、二人がナーダルの名前を聞いた時に随分驚いていた。それほどまでに彼は有名なのだろうか。



「魔力協会の歴代魔導士のなかでも、その実力はトップ三には入ると言われる大魔導士・シバの唯一の弟子なのよ、ナーダルさん。そもそもシバは誰も弟子にしなかった人だし」




「凄いのはシスターであって、僕ではないですよ」




 ケイディの妙に熱の入った説明に対し、ナーダルは首を横に振って全力で否定をする。




「それに、今はそれは関係ない話です。なくしたものを探しましょう」




 ナーダルはそう言い、ルーシャやストイルたちをつれて歩き出す。魔力協会の人間ばかりに囲まれ、ルーシャは城内で肩身が狭くなるが、やはり現状を解決するためにさ仕方ないと思うしかなかった。














──────────




随分と話が広まってしまった、困った。でも、何とかして早く解決してほしいし・・・。


それにしても、魔力って本当にいろいろ使えるんだ。あんなに世界が光り輝いていたなんて、本当にすごい!!


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