p.3 魔法術師①

 早足で城内を進むルーシャは改めて現状に頭を抱える。




 つい数分前に偶然目撃した、ひとりの観光客と警備兵のやりとり。大変だなーと他人事のように感じていたルーシャだったが、青年の足取りのせいでその後を追う羽目になってしまった。


 彼は何故か、立入禁止の看板やロープを無視し王城の奥へ奥へと進み出したのだった。部外者が侵入したことで衛兵が集まり彼を捕まえようとする騒ぎに発展する。




 無視しようかと思ったが、将来的にお世話になるであろう魔力協会の人間を助けるのも悪くない気がして、ルーシャは単独で動く。下働きとしてそれなりに城内を歩き、地の利があるルーシャは青年の行動と魔力を頼りにその後を追う。上手くいけばこっそり彼に接触し、抜け道に連れていけば彼をここから遠ざけることが出来る。あとのことはもうルーシャの知ったことではない。




 魔力は千差万別であり、その個性はひとつとして同じものはない。現在追いかけている彼の魔力は爽やかで、静かに流れる清流のようだった。隠れながらの単独行動のため、途中からは青年の魔力のみを頼りに離れたところからその動きを見張る。




(見失いそう)




 独学で勉強しているが魔力をなんとなく感じられるレベルのルーシャにとって、特定の個人の魔力を継続的に意識し続けるのはかなり難易度が高い。気を緩めればすぐにでも魔力を見失いそうになる。



 青年はいくつもの廊下を曲がり、部屋に入ってはベランダから外へ出て他の部屋へ移動していく。慣れたような逃走に衛兵たちの必死の追いかけっこが続く。



 相手の魔力から動きを推測し、城内の地図を頭の中で描く。それを動きながらするので想像以上の集中力を求められる。はじめてことに緊張もするし、方法もこれでいいのか分からない。



(・・・ここなら)



 ルーシャは先回りし、一つの廊下の真ん中に陣取る。ここへ来るためには青年が今いる廊下をまっすぐ歩き、たったひとつだけしかない曲がり角を曲がるしかない。彼の後方には衛兵が鬼の形相でそのあとを追いかけ、途中には絵画が飾ってあるだけで部屋はない。



 遠くにその魔力を感じながらも、確実にこちらに近づいてくる。初めての試みに緊張感マックスだが、ここまできたら腹を括るしかない。青年の魔力が近づく度にルーシャの心拍数は上昇していき、ドキドキが止まらない。



「・・・えっ?」



 張り裂けそうな緊張感が吹っ飛ぶ出来事が起きる。




(魔力がなくなった)




 先程まで鮮明に感じていた魔力が忽然として姿を消す。ルーシャは焦りながら意識を集中させ、彼の魔力を探す。




「僕をお探しかな?」




 突如、背後から左肩に手を置き話しかけられる。



「ひゃっ!」



 思わぬ出来事に叫び声をあげ、ルーシャは腰を抜かす。ふかふかの絨毯に優しく受け止められながら、動悸の激しい胸を押さえながら突然の登場人物を見上げる。



「驚かせてごめんね。でも、こっちも驚いたよ。あのウィルト国王のお膝元で魔力を扱う人がいるなんてね」



 にっこりと笑いかけ手を差し伸べるのは、先程まで必死にあとを追っていたあの青年だった。驚きでなにも言えないルーシャはその顔を見あげ、ただただ呆けたまま差し出された手を握ろうと手を動かしかける。



「不審者発見!」



 彼を追っていたすぐに衛兵が追いつき、青年はあっという間に捕まる。突然の出来事に彼が追われていたということをすっかり忘れ、廊下に座り込んでいたルーシャは衛兵により保護される。










 堂々たる玉座に身を置くウィルト国王は非常に不機嫌だった。魔力協会の不法侵入者が悪びれた様子もなく、堂々と一国の国王に謁見している。玉座の間には、ウィルト国王と数人の大臣、警戒態勢の数人の衛兵、そして偶然にも不審者と遭遇し衛兵に保護されたルーシャが参考人としてその場にいた。


 本来、不法侵入者は牢屋に入れられ尋問され、国王などに会えることもない。そもそも最初に警備兵が彼を不審者と疑ったのが始まりだったが、段々そんなに状況は忘れ去られていく。




「貴様は何者だ?」




 彼は何度も何度も何度も国王陛下への謁見を願い出た。それだけで謁見が叶うほど国王陛下も暇ではないし、身分の低い人間でもない。だが、それでも彼の願いが一応叶えられたのは魔力協会という組織の存在があるからだった。それでも、手枷はしたままの状況なのに彼は動じる事が無さそうだった。



「魔力協会所属の魔法術師、ナーダルと申します」



 深々と一礼し青年・ナーダルは真っ直ぐウィルト国王を見つめる。異国の地で不利益な状況にさらされているというのに、たいした落ち着き具合だった。



「随分と城内が騒々しいですね」



 にこりと笑いながら、どこか核心をつく言葉を口にするナーダルは特に何も気にしていないようだった。明らかに不穏な空気になる場も、眉間のシワが増えるウィルト国王も、ルーシャが魔力のことをうっかり話さないよう祈っている姿も。



「いつも通り何もない。貴様の無礼以外は」



「またまたー。これだけ城内がピリついていれば、僕にだって分かりますよ。何かあったことくらい」




 物怖じすることなくナーダルは会話を重ねる。




「ご助力いたしますよ」




 突然の申し出に辺りはざわめき、ウィルト国王の眉がピクッと動く。




「何を企んでいる?」




「やだなー、陛下。企んでなどいません。ただ、このままでは帰してくれなさそうだし現状をなんとかすればいいのかなと。それに社会貢献は一応、協会の理念ですし」




 無抵抗なのを見せびらかすかのようにナーダルは手枷をウィルト国王に見せつける。




「もちろん、部外者の魔力協会の人間が信用できないのも分かります。だから、僕の監視に彼女を付けたらどうです?」




 まだウィルト国王がナーダルの協力を許可していないのに、彼は勝手に話を進めていく。ハラハラしながら見守っていたルーシャをまっすぐ見つめるのはナーダルだった。



「偶然会ったとはいえ何かの縁ですし」



 何も言わずその一言でルーシャとの出会いをすべてを隠すナーダルに、ルーシャは何も言えなくなる。



「それを私が許すとでも?」



 今にも怒りが爆発しそうなウィルト国王は低い声でナーダルに問う。いっそのこと怒り散らしてくれた方が怖くはないだろうというほど、静かな怒りが肌にも伝わってくるほどの威圧感だった。



「何かあれば魔力協会に申し立てていただいて結構ですよ。それに、陛下なら何をどうすべきか賢明な判断をされるでしょうし」



 挑発的ともとれる発言をするナーダルは至って緊張した面持ちではなく、お好きにどうぞとでも言いたげな雰囲気を醸し出す。分かっていてあえて選択をさせるような失礼極まりない態度だが、それがふざけていてのものではないようだった。余裕のある態度のなか彼の瞳は真剣だった。



「後悔しても知らんぞ」



 何かを言いたげだったがウィルト陛下はそれだけを言い玉座を後にし、取り残されたナーダルは深々と頭を下げる。
















──────────




何だかとんでもないことになってしまった・・・。どうしよう。


穏便にものを運ぼうと思っただけなのに。


ほんと、どうしよ。早く解決しますように!


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