p.2 王冠失踪事件

 魔力協会の人間が城に来たその日の夜、天気は大荒れだった。もともと冬場はよく吹雪く国であり、外にも出れない上に屋根や窓が吹き飛びそうになる悪天候も珍しくはないのだが・・・。




「不吉なものを連れてきてくれたものだ」




 偶然であろうが、それでも魔力嫌いなウィルト国王にとっては因果関係があるのではと感じずにはいられない、このタイミングのこの規模の吹雪──。




「早くおさまると良いですね」




 ウィルト国王の機嫌を窺うようにアストルは口を開き、ルーシャは曖昧な笑顔で食事を口に運ぶ。暖かく柔らかい塩味の効いた鶏肉が口の中に広がり、一日の寒さも疲れも癒されていく。お腹が膨れるとそれだけでルーシャは幸せになる。




 大きなパーティーや会食などに参加することはないルーシャに対し、ウィルト国王やアストルはパーティーやら顔合わせやらで食事をすることが多い。そのため普段は一人で食事をするのだが、ウィルト国王は出来る範囲で一緒に食事を取ろうと努力してくれる。




 お互いに赤の他人であり、ルーシャのことなど気にもとめなくても構わないのに優しい国王は、家族のように歩み寄り接してくれる。幼い頃に父親をなくしたルーシャには、父という存在の記憶も温もりもない。だから、ウィルト国王のその姿に父親という影を見出してしまう。




 国王からすれば、自分の不祥事の末に巻き込んだ罪悪感からの行為かもしれないし、浮気という大スキャンダルを巻き起こしたため、これ以上国民からの信頼を失いたくないという思惑があってのルーシャへの対応しれない。




 疑いだしたらキリがないため、ルーシャはもう何も考えず厚意を素直に受け取ることにしている。家族とは言えないけれど、他人とも思えないウィルト国王をルーシャは慕う。だからこそ、魔力の存在に悩む。




「もうすぐ、冬神祭ですね」




 魔力協会のおかげでピリピリした空気が張り付く。基本的に怒ることがあまりないウィルト国王なだけに、イライラしているのは見ているだけで背筋が伸びる。なので、さり気なくルーシャは空気を変えようと話題を振ってみる。




「ああ、当日はさすがに吹雪くのはやめて欲しいものだ」




 若干、眉間のシワがマシになったウィルト国王は口元を少し緩める。




「一昨年は急に吹雪きましたからね」




 アストルが懐かしそうに呟き、三人ともあの日の光景を思い出す。


 雪国だからか、セルドルフ王国には冬神様をお祝いする祭りがある。祭りと言っても、代々伝わる祝詞や舞などをするものだが、真冬の厳しい寒さのなかのささやかなな楽しみに人々は盛り上がる。




 そんな祭りだが、一昨年は祭りの途中から突如として猛吹雪にさらされた。ウィルト国王は避難もままならず、国民のまえで見事な人間雪だるまとなってしまったのは、一種の伝説として語り継がれている。




「とにかく吹雪は懲り懲りだ」




 いつの間にか表情がすっかり柔らかくなったウィルト国王に、ルーシャもアストルも一安心し和やかな夕食がしばらく続いた。








 カタカタカタ──。


 響く窓に近づくと、すきま風と外の冷気に襲われる。暗闇なので正確に吹雪いている様子は見えないが、明らかに強い風と雪が外を支配している。




 夕食を終え、自室に戻ったルーシャは窓の外を見つめる。




(何か感じる)




 部屋の外から感じる不思議な何か。強くうずまき、何かを包むように圧倒的な力がどこかにある。




「・・・魔力?」




 おおらかでいて強いそれは、今まで感じたことのないスケールだった。ルーシャなどすっぽり簡単に包み込んでしまいそうな圧倒的な何かは収まる気配はない。しばらく探るように魔力のようなものを集中して感じてみたが、独学のルーシャには結局なにも分からなかった。








 翌日。




 ルーシャはいつもと同じ日常を送る。朝早くに起きて、冷たい水で顔を洗って目を覚ます。そのままひとりで食事をとり、仕事へ取り掛かる。




「これはなかなか」




 冬の朝一番の下働きの役割は雪かきだった。


 昨晩の猛吹雪の影響で昨日の朝に苦労して作った道はなくなり、庭のあらゆるものが雪の厚化粧をする。城の中庭にある巨大な岩にも雪が降り積もるが、そこは他よりも雪の割合が少ない。そもそも王城の中庭に特に飾られたりもしていない大岩があることも不思議なものだった。噂では築城時から存在していたが、その大きさに撤去できず、かと言って単に置いておくのも風情がないため、一応は祀られた大岩として庭に置いているらしい。置いておくのに理由がいるのかと思うが、そこは貴族や王家の考えることであり、平民には理解できない。




(あんな感じでツルツルだったら雪も滑ってくれるんだろうけどなー)




 大岩は風雨で多少削られているとはいえ、見事な光沢を誇り触ればツルツルしている。ベンチや庭の装飾品が存在すらないかのように雪で隠れており、それを掘り起こすことを想像しため息が止まらない。もちろん庭だけでさなく城門前もこんもりと雪が降り積もっている。銀世界が広がり最初は綺麗だと思ったが、これを除去すると思うとゾッとする。




 だが、文句ばかり言っても仕方がないため黙々とルーシャは下働き仲間と雪を掘り起こしては脇へ追いやる。真冬とはいえ水が凍ったものの塊をシャベルで掘り起こして除去するという全身作業はかなりきつく、汗もかく。




(こういうのを魔法でパパパッとしたい)




 心の中で願望を呟きながら、地道でつらい作業は続けられていく。






 雪かき後は洗濯に掃除に駆り出されるルーシャだが、お昼すぎに謎の招集を受ける。他にも何人かの人も集められていたが、基本的にコック長や侍女頭など、それぞれの職種の責任者たちばかりで、ルーシャは居心地の悪い場違い感を覚えずにはいられない。




「ここで聞いたことは特別機密事項となる。守秘義務を守れなかったものは然るべき刑罰を与える」




 城内の一切を取り仕切る大臣が高々にそう良い、ルーシャは内心(そんなややこしい事に巻き込まないでよー)と叫ぶ。何事も平穏無事に終えたいし、余計な責任など負いたくないルーシャにとって現状は非常に由々しき自体だった。




「陛下が厳重に保管していた、我が国の国宝でもある王冠が今朝方忽然と姿を消した。今すぐにその行方を探し見つけ出すのが諸君らの任務だ」




(・・・え?なんて?聞き間違いかな)




 状況が飲み込めないルーシャは首をかしげ、言葉を思い出す。王冠がなくなったとかなんとか言っていたような気がしたが、あんな重要なものをなくすほどウィルト国王も整理整頓ができないわけではないはず。




「言いたいことは分かる。だが、私もさっぱりわからん!今朝、宝物庫へ行ったら王冠がなくなっていた。とにかく草の根をかき分けてでも見つけ出すんだ」




(いやいや、そんな草の根元に絶対ないし)




 ひとりツッコミしながら、ルーシャは周囲の状況を探る。騒然としながら集まった人々は互いにどうするか探りあっている。




(忽然と消えるなんて有り得ないんだけど・・・)




 状況を探るように周囲を見回しながらルーシャはアストルの話を思い出す。ウィルト国王は大の魔力嫌いだが、だからこそ魔力を最大限に警戒している。城内、特に自分たちの居住スペースと国宝の管理している部屋には魔力による外部侵入があれば、即警報がなるようになっている。だが今回はそれが発動していないようだ。




 それぞれが憶測し何かを噂するが、うだうだ言っていても仕方がなく謎の王冠探しへ駆り出される。




(外部からじゃないなら、内部の誰か?)




 警報も鳴らなかったし、朝にならなければ気付かなかった。なんの音沙汰もなく王冠だけが姿を消した。あざかな手口だし、それが出来るのは内部に精通した者の可能性が高いと考えるのが自然なことだった。城内の誰かを疑わざるを得ない状況にルーシャは頭が痛くなる。




 王城の部屋のひとつひとつ、部屋のなかを隅々まで探す。もちろん住み込んでいる全員の私室だって本人立ち会いのもと捜索の対象であり、ルーシャは魔力関連の本をこっそり持っていなくて良かったと心底安心する。




 あらゆる部屋、廊下の調度品の裏や隙間、他の宝物庫も見回る。城壁や屋根にも引っかかっているような感じもなく、ただただ見つかる気配のないものを探し続けるのは身体的、精神的にきついものだった。




「疲れた」




 心なしか頭痛もするなか、ルーシャはとある場所にたどり着く。王城は国王の居住であるが、それとともに観光地でもあるため一部を一般公開している。自国民だけではなく、異国からの観光客も足を運ぶ。




(ん?)




 大きく伸びをしたルーシャは視界の片隅に不穏な空気を捉える。




「やだなー。ただの観光客ですよ」




 警備兵に睨まれながらも笑顔で口を開くひとりの青年の胸元に光るバッジが目に入る。そこには3本の柱を支えとした天秤マークが描かれており、それはある組織の人間であることを意味している。




「魔力協会の人間がここに何の用だ?」




 ある意味世界一有名な組織に属する人間がそこにいた。厳しく光る警備兵の目は、彼の表情や行動ひとつひとつを警戒している。城主が魔力嫌いなだけに、城全体で魔力やそれに関連することに対し過剰な警戒をするようになっていた。




「だから、ただの観光ですよ」




 詰問されているような張り詰めた状況なのに、彼は気にした様子もなく普通に話す。随分と図太い神経だとルーシャは遠目でその光景を見ながら思う。異国の観光地で見ず知らずの兵士に睨まれたら、ルーシャなら何もなくても謝ってなんとかその場を逃れようとするだろう。




「すこし話を聞かせろ」




 警備兵はずいっと身を乗り出し、青年は躊躇うことなく自然にスッと一歩下がる。




「僕みたいな一介の観光客が王宮の兵士さま相手にお話することなんてありませんよ」




 焦った様子も、汗をかくこともなく青年はにこやかにそう言うと、華麗に身を引き返す。サッと反対を向いたかと思うと、軽やかな足取りで歩き出す。何事もなくただ歩いているかのようだが、その後ろ姿を警備兵がすかさず追いかけ、謎の追いかけっこが始まる。




(あっちもこっちも大変なことに・・・)
















──────────




国宝の王冠がなくなったらしい、忽然と。そんな馬鹿な。


有り得ないけど、でも起こってしまったようで・・・。あー、無事に全て解決してほしい。


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