第3話

 

「エミには、あなたのことは、あきらめるように言っておきます。変なこと言って、申し訳なかった」

 弘は、軽く頭を下げた。啓二は、たまらなくなって告げた。

「エミさんとは、友だちとして、つきあっていきたいと思っているんです」

「なるほど。では、わたしもご一緒しますから、あの子のために、近くの遊園地に行ってくれませんか。観覧車に乗ってみたいと申しますので」


 遊園地だなんて、いったい何歳 《いくつ》のつもりなんだ。反発を感じたが、同時にありがたくもあった。そんなことでもなかったら、エミさんと正面切って話をするチャンスは、なかっただろう。

 

 思えば、美波里さんが寝たきりになったのは、脳溢血が原因だった。

「美波里おばあちゃん、あなたのこと、慕ってるみたい」

 エミさんは、感心した。

「またからかってる。ぼくはただの、介護士ですよ?」

 エミさんは、クスクス笑っている。


 美波里さんは、小さめなおばちゃんだ。弘さんも小さい男だったから、啓二の思うに、「ドワーフの夫婦」なんて若い頃は言われていたかもしれない。

 美波里さんは、しょっちゅう、エミさんの話をした。エミさんは、優しいの。かわいいの。少し貧乏性だけど、掃除をさせたらピカイチなの。


「あなたも、若い子が好きなんでしょう」

 時として認知症は、まだら状態で元に戻ることがあるようだ。

 おれが、エミさんのことを、好きだってことを、美波里さんは知っている。

 ――いちばん知られたくない人物に、この恋心を知られてしまった。

 啓二は、絶体絶命の体で、ベッドに横たわる美波里さんを見おろした。


「男はみんな、かわいい子が好きよねえ」

 含むところのある、しわがれ声だった。啓二は思わず、美波里さんのそばから逃げ出してしまった。


 

  それから啓二は、できるだけ美波里さんに近づかないように心がけた。だが、担当は外されることがなかった。上司は、おばあちゃんの恋心に気づいていないのか、あるいは啓二の災難を、たいしたことがないと判断しているのかのどちらかに違いなかった。バレンタインが近づくにつれ、エミさんと話す機会は、ますます遠のいていった。

 美波里さんは、啓二をよく困らせた。

「昔、よく七輪で焼いたサンマを食べたわ。そのサンマを食べさせておくれ」

 無理難題をふっかけたりもする。

 啓二は仕方なくサンマをグリルで焼いた。美波里さんは、顔をしかめつつ、手づかみで食べてしまった。


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