(止められるのも当然だ……)

 他の部屋には扉が付いていることを考えると、扉の壊れている部屋にレオンがいると考えたほうがいいだろう。

 廊下の様子をミハイルが再度確認していると、深い溜息が聞こえてきた。


「……ミハイル殿下、あなたは馬鹿ですか」


 その冷たい声にミハイルの体が固まる。それでもかろうじて首を動かすと、そこにはねめつけるようにこちらを見るアルミラの姿があった。


「あなたは王になる身です。それなのに危険だとわかっているところに飛びこもうなどと、なにを考えているのですか」

「いや、それは――」

「やはりなにも言わなくて結構です。なにを考えていようと、今あなたが取るべき行動ではないことは確かですから」


 急いで弁明しようとしたミハイルだが、すぐに遮られ言葉に詰まる。

 どちらにせよ、弁明したところで呆れられていたことだろう。

 アルミラにかっこいいところを見せたかった、とは口が裂けても言えないので、それらしい御託を並べるしかなかったのだから。


「あいつが今どのような状態にいるのかわからない今、なにもよりも優先すべきはあなたの御身です。あいつとミハイル殿下、両者が失われれば王家の血は絶えてしまいます」

「……レオンが死ぬかもしれないのか?」


 魔力の暴走は周囲に影響を与えるものだ。レオン自身に傷を与えることはない。

 そうなると、別の要因で命を落とす可能性があるということになる。


(なら、なおさら急いだほうがいいのでは……)


 急を要するのならば立往生している場合ではないと気が逸るミハイルに、アルミラが待ったをかける。


「あいつは、まあ死なないでしょう。ただ……魔力の暴走が収まったときにあいつがあいつである保証がないということです」

「……それはどういう意味かな?」


 悩むようにアルミラの視線が逸れるが、すぐに気を取り直したのか真っ直ぐにミハイルを見つめ返した。


「ミハイル殿下は知っておいたほうがよい情報ですのでお伝えしますが、本来ならば秘匿されている話です。他言無用でお願いいたします」

「あ、ああ」


 ミハイルが頷くと、アルミラは限界以上の魔力を使うとその者の持つなにかが失われること、レオンにとってそれが記憶だということを話した。


「幸いどうでもいいと切り捨てた記憶が失われているようなので、実生活に支障はありませんでした」

「しかし、どんなことでもそうだけど限界以上に使うというのは難しいのでは? 本領以上の力を発揮するのは、早々できるようなものじゃない」

「暴走しているときに、自分は限界だからやめようなどと考えることはできません。限界を超えない範囲での暴走であれば問題ありませんが……この様子では難しいでしょう」


 レオンは毎朝のように魔力を暴走させていた。その惨状はミハイルも偶然ではあるが見たことがある。

 家具のたぐいはもちろん、壁や床も散々たるものだった。


 だが今目の前に広がっている光景はその規模ではない。部屋の外にまで影響を及ぼしているとなると、一体どれほどの魔力を使っているのか、魔法の才のないミハイルでは想像することすら難しい。


「もしもあいつが自分自身をどうでもいいと考えていた場合……どうなるのか、私にもわかりません。ですのでミハイル殿下はご自身のことを第一に考えてください」

「……私が下がったとして、君はどうするんだ? 勝算はあるのか?」


 ミハイルはレオンが魔力を暴走させている現場を直接見たことはない。

 不安そうにアルミラを見下ろすが、なぜか当のアルミラはきょとんとした不思議そうな顔をしていた。


「私があいつに後れを取ることはありませんよ」


 その自信満々な様子にミハイルは一気に肩の力が抜けた。


(……そうだった。アルミラが私よりも強いことは、私が一番よくわかってたことじゃないか)


 抱きつかれれば振りほどくことはできず、ミハイルが出られなかった穴からも簡単に脱出した。

 それなのに危ない目に合わせたくないなどと言うミハイルは、アルミラからしてみれば思いあがっているように見えたことだろう。

 

(止められるのも当然だ……)


 肩の力が抜けるのを通り越し、がっくりと下がる。


「とりあえず、魔力の暴走を止めさせてそれから状態を確認します。記憶を失っていた場合は、恐怖心でも植えつけて言うことを聞かせるつもりなので……さすがにそのような荒事にミハイル殿下を巻き込むわけにはいきません。抵抗したあいつの巻き添えを食らっても困りますので」

「いや、ちょっと待ってほしい。恐怖心って……君はなにをするつもりなんだ」

「とりあえず四肢を封じますが……ミハイル殿下のお耳に入れるようなことではございませんよ」


 そうやってぼかされるほうが逆に想像を掻き立てる。

 ミハイルはアルミラの身を案じるよりも、レオンを案じるべきなのではと悩みはじめていた。


「あれでも私の弟だからね……その、少しは加減してもらえると……嬉しいなぁ、なんて」

「もちろんそのつもりです」


 間髪入れず返ってきた力強い返事に、ミハイルの背筋に冷たい汗が伝う。


「やはり私も一緒に行くよ」

「私の話を聞いていましたか?」

「聞いたうえで言っているんだよ。さすがに……怯えている人間を従えたくない」


 自分が誰なのかも忘れた状態に恐怖心を植えつけられ、ミハイルの命令で動く家臣と変わったレオンを想像し、首を横に振る。

 そんな弟の姿は絶対に見たくはなかった。


「私が説得して、それでも駄目だったらアルミラがなんとかする……それでは駄目かな?」

「そんな悠長な――」


 アルミラが抗議の声を上げかけた瞬間、どこかの壁が割れるような音が響いた。


「……とりあえず、暴走をどうにかするほうが先決ですね」


 階段をぐるりと囲っている通路は塔からせり出す形で前に出ている。

 もしも床が抜ければ、この高さでは助からないかもしれない。


「ただ、どうしても暴走を止めるためには荒い手を使わなくてはいけません。それは了承していただけますか?」

「あ、ああ。それは、わかった」


 少しだけレオンに同情しながらミハイルが頷いた瞬間、カツ、と階段のほうから足音が聞こえた。

 アルミラとミハイルは同時に腰に携えていた剣の柄に手を伸ばし――


「レイシア嬢……?」


 壁の影から現れたレイシアに、二人は目を丸くした。


「あ、あの、どうかされましたか?」


 剣呑な雰囲気に気づいたのだろう。レイシアは肩で息をしながらもびくびくと怯えている。


「……それはこっちの台詞だよ。君こそ、どうしてここに?」

「皆さんが、城は任せて会いに行けとおっしゃってくださいました」


 その皆に誰が含まれているのか――まさか城の騎士までも含まれていないだろうなとミハイルの目が一瞬遠くを見る。

 レイシアが今回の長期休みで交友を広げていたのは、ミハイルの耳にも届いていた。一時間もせず男性を骨抜きにしたという話と一緒に。


「お二人がこちらにいらっしゃるということは、やはりレオン様もこちらに?」

「ああ、そうだけど……今は危ないから近づかないほうがいい」


 どこかのんきな声色に毒気を抜かれつつも、ミハイルは廊下に顔を覗かせようとしたレイシアを慌てて止める。


「れ、レオン様がまたなにか……!? お二人になにもしていないとよろしいのですが」

「私たちはなにもされていないけど、ひどい状態にになっているからね。巻き込まれたら危ないから、今は下がっていてほしい」


 こうして話している間にも、なにかがぶつかるような音やひび割れる音が響いている。

 レイシアはおろおろと視線をさまよわせ、胸元で手を握りしめた。


「レオン様! 八つ当たりはよくありません!」


 怒っているというのを全身で表現し、レイシアが声を張り上げた瞬間、ぴたりと先ほどまで響いていた音がやむ。


「……いっそ恐ろしくなるな」


 どこか疲れた呟きがアルミラの口から漏れ、ミハイルもまた頬を引きつらせた。

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