(なにその俺に対する罰ゲーム)

 まるで恋敵に対するかのように睨まれ、フェイは内心頭を抱えた。


(これはまるで、じゃなくそのものじゃねぇか)


 ミハイルがフェイを恋敵かもしれないと考えたのは、なにもフェイの嫁発言だけが理由ではない。

 アルミラが「フェイ様にでも求婚する」とエルマーに言っていたのを聞いてしまったから、というのも関係している。

 だがそんな馬鹿話をしていたことをフェイは知らない。


(こんな軽口一つで警戒するって……どんだけだよ)


 フェイからしてみれば、アルミラは可愛い弟子ではあるがそれだけだ。欲情したこともなければ、思慕したこともない。


 ならばどうしてミハイルを挑発するようなことを言ったのかというと――話はフェイがハロルドと共にレオンを訪ねた後にまで遡る。


 階段を降りている最中、ふと思い出したかのようにハロルドが口を開いた。


「そういえば、ミハイルにはまだ婚約者を付けていなかったね」

「ああ、そうですね」


 なにしろミハイルはこれまでずっと放っておかれていた。婚約者どころか恋人すらいたことがない。


「アルミラ嬢がミハイルを助けに行ったそうだけど……あの二人は仲がいいのかな?」

「あー、どうなんですかね。俺は知りませんけど」


 アルミラが学園に派遣した騎士を叩きのめし、捜索範囲やなにが起きたのかを聞き出したことはハロルドの耳にも入っている。

 フェイは実際に二人で馬に乗っている現場を見たわけだが、なぜか学園に到着する直前にアルミラが仮面を被りはじめたことのほうが衝撃的すぎて、ミハイルとアルミラの仲がどうなのかまでは考えていなかった。


「ミハイルが望むなら彼女を付けてあげてもいいけど……でも、彼女には問題が多いから、どうしたものかな」

「陛下の御心のままにすればいいんじゃないですかねぇ」


 穏やかに笑む姿は息子のことを案じているように見えるが、それがただの見せかけだけだということをフェイは知っている。

 大切なものを盾に相手に言うことを聞かせるのは、ハロルドがよく使う手だ。


(まー、でもさすがにそれはないだろうなぁ)


 アルミラを盾に取られてミハイルが言うことを聞くとはフェイには思えなかった。アルミラは強い。フェイには劣るが、そこらの騎士では太刀打ちできないほどの力を持っている。


(それに仮面被ってたし、絶壁だし)


 絶壁とまで言われるほどないわけではないのだが、フェイにしてみれば誤差の範疇だ。別段胸の大きい女性が好きなわけではないが、やはりそこそこの膨らみは欲しいものだと、普通の成人男性であるフェイは思っている。


「そういえば、君に褒美をまだあげていなかったね」

「褒美?」

「レオンを捕まえてくれただろう? それの褒美だよ」

「あー……俺はなんもしてないんで、いらないんですけど」


 どうせろくなものじゃないと瞬時に判断し断るが、ハロルドはそれを笑顔で黙殺した。


「そろそろ君も家庭を持ってもいいんじゃないかと思うからね。ミハイルがいらないなら、君にアルミラ嬢をあげるよ」


(え、なにその俺に対する罰ゲーム)



 フェイはアルミラを可愛い弟子だと思っている。

 だが女性としての好みからは遠く外れていた。髪は長いほうが好きだし、背も低いほうがいい、気が強いのは嫌いじゃないがもう少し可愛げは欲しい。そしてなによりも、年下よりも年上のほうが好ましかった。

 そんなフェイの好みをハロルドは知っている。それなのにあえてアルミラを提案したのは、罰ゲームとしての意味合いが強いのかもしれない。


 レオンを捕まえるために学園に赴いたフェイは、一時的とはいえ持ち場を離れた。

 それについて咎められたくなければ、ミハイルを焚きつけろと、そういうことなのだろう。


(無理だろ、罰ゲーム確定じゃねぇか)


 げんなりとしながらも、命じられたことだからと従った結果――睨まれた。


 衝撃的すぎて、喜ぶべきなのかどうかすらもわからなくなった。


「……好き? 俺が?」


 それでもなんとか場を繋ごうと、飛びかけた思考を必死に繋ぎとめ言われたことを復唱する。


「ああ」

「……気が強い女を組み敷くのは好きですよ」


 とりあえず口角を上げ、挑発するべく下卑た発言を混ぜる。


(あいつ絶対本気で抵抗するだろうから、折らないようにするの大変だろうなぁ。血肉舞う初夜とか嫌だぞ俺は)


 心の中ではとぼけたことを考えながらも、表情を崩さないように努めている。さすがにハロルドにつき従って長いだけはある。


「君は、好きでもない相手を娶るつもりなのか?」

「貴族の結婚ってそういうもんなんじゃないんですかねぇ」


 ぐっと言葉に詰まるミハイルに対して、フェイは「そもそも俺貴族じゃないけど」と心の中で呟いている。

 騎士団長になるにあたって爵位がないのは問題だとかで騎士爵こそ与えられたが、フェイは貴族として振る舞ったことはない。

 そもそも、普通は一代限りの爵位持ちを貴族の一員として心の底から歓迎する者はいない。貴族として振舞おうとすれば、平民上がりだのなんだのと揶揄されることは間違いないだろう。


「俺としてはミハイル殿下がどうしてもって言うなら――」

「私は、アルミラには幸せになってほしいと思っている」


(聞けよ、人の話は最後まで!)


 またもや遮られ、もはや狙っているのかと邪推してしまいそうになる。フェイの役目はミハイルを焚きつけて、ミハイルのほうからアルミラを娶りたいとハロルドにお願いさせることだ。

 そうすることによって、ハロルドのほうが優位に立ち、王太子になるミハイルを操りやすくなる。そして大切な相手が婚約者になれば、失いたくないと躍起になることだろう。


 だがそんなハロルドの思惑などどこ吹く風と言うように、ミハイルの乙女心は愛し尽す方向に舵を切っている。

 ミハイルの乙女心に誰一人として気がつかなかったがゆえに生まれた、誤算だった。


「彼女が本当に望んでいる相手との未来は切れてしまった」

「は?」

「だからせめて、彼女のことを大切にしてくれる相手と結ばれてほしいんだよ」


 顔を歪め、苦痛に満ちた表情を浮かべるミハイルに、フェイは言葉を失った。


(それ、あんたでいいんじゃねぇの?)


 なにを言っているんだこいつはという思いでいっぱいで、もはやかける言葉が見つからない。

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