「やあ、こんな夜遅くにご苦労」
一方、アルミラとミハイルは学園まであと少しというところまで来ていた。あの後からずっと、ミハイルはなにか考えるように黙りこんでいる。
(これまで王の命だからと従ってきていたからな。考えることも多いだろう)
王になれと言われても、王になるのがレオンに変わっても、ミハイルは粛々とそれに従った。たとえその結果風見鶏だなんだと言われるようになっても。
(あいつが罪人として囚われれば、ミハイル殿下が王太子になる。……王の不興を買ったと思われている私が近づくのは難しい)
学園内であれば話はまた違うが、もうすぐ長期休暇に入る。それにミハイルは来年には卒業して王城で生活することになる。
レオンの婚約者でなくなったアルミラとは接点を持つことすら難しいだろう。
(そうなると、長期休暇に入る前にミハイル殿下と今後について話さなければいけないな)
こうして二人きりでいる今話すべきなのだということはアルミラもわかっているが、与えられた情報で混乱しているであろうミハイルを
(……だが、約束を取り付けるぐらいはするべきか)
そう思い、アルミラが口を開こうとした瞬間、人影が馬の前に飛び出してきた。アルミラは慌てて手綱を引き馬を止め、そして顔をしかめた。
「フェイ様」
国一番と名高い騎士で、アルミラに剣を教えた人物。それが飛び出してきた人物の正体だった。
「やあ、こんな夜遅くにご苦労」
へらへらと笑う姿はまるで優男のようだが、これでもその実力は他国にも知られているほどだ。世界でも屈指の剣技を持つ彼の身体能力は、まるで人外かなにかのように語られている。
「見回りですか? フェイ様も大変ですね」
彼に家名はない。ただフェイとだけ呼ばれている。それが本名かどうかすら知る者はいない。貴族ですらなく、出自すらもわからない男を、王が拾ってきたと言って騎士団に放り込んだ。
当時の騎士団は貴族出の者も多く、当然反発する者も出てくる。王に直接異議を唱えることこそできないが、その代わりとばかりにフェイに辛く当たる者も多かった――そうアルミラは聞いている。
そんな境遇にありながら、騎士団長にまで上り詰めた。
(人でなしの王に仕える騎士が人外みたいな男なんて笑える、とコゼット様はおっしゃっていたな)
その人外のような男から学んではどうかと紹介状を書いたコゼットもコゼットだが、それを聞きながら師事を仰いだアルミラもアルミラだ。
様々なところで人外だなんだと言われてはいるが、フェイはれっきとした人間だ。ただその身体能力がずば抜けているだけで、切れば血も出るし殴られれば痛みも感じる。
それができれば、の話だが。
(……人外相手にどうしたものか)
これがそこらの騎士であれば昏倒させることもできるが、フェイが相手では無理だろう。しかも正面に立たれていては不意を打つこともできない。
「王城の守りはよろしいので?」
「うん。罪人をひっ捕らえろって言われたからね」
アルミラの問いにフェイは軽快に答える。
かたや公爵家の令嬢、かたや騎士団長とはいえ騎士爵しかない男。それなのにアルミラがフェイに対して敬語を使っているのは、師匠と弟子という間柄だから、というだけではない。
自分がとうてい敵わない相手だとわかっているから、下手に機嫌を損ねないようにしている。
「その罪人とやらがこのあたりにいるようには見えませんが」
「罪人は他の奴に任せて、君の後ろにいる殿下を助けに行こうと思ってたんだよ。その必要はなかったみたいだけど」
ちらりとフェイの視線がミハイルに向く。探るようなその眼差しにミハイルは顔を引き締めた。
「運よくアルミラが通りかかってくれてね」
「そうですか。それはなにより」
へらへらと笑ってはいるが、片手は剣の柄にかけられた状態だ。アルミラが少しでも不審な動きをすればすぐに剣を抜き、無力化させてくるだろう。
「疲れててね。早く帰って寝たいんだ……通してくれるかな?」
「おや、これは失礼。通せんぼしているつもりはなかったんですけどね」
横に避け、道を空けるフェイの前をゆっくりと通り抜ける。
(人が二人分以上入る大穴。どれくらい前から用意していたが知らないが……少なくとも、レイシア嬢があいつに引導を渡してからだろう)
レオンが自室にこもってから今日まで半月が経っている。それだけの時間があれば、騎士を動員すれば穴を掘ることも可能だろう。
だが、すべての騎士が今回の企みに加担しているとはアルミラには思えなかった。口の軽い騎士もいれば、騎士道精神を持つ騎士もいる。
そのすべてを掌握し、王子であるミハイルを一時的とはいえ害するような行動を取らせることは難しい。
ならば、騎士道精神のかけらもないような者――たとえば、フェイのような者を使ったと考えるのが妥当だ。
「学園まで警護しますよ。夜はなにが出てくるかわかりませんから」
馬の横を平然と歩くフェイに、ミハイルは「感謝する」と短く返した。
「それにしても、殿下も大変ですよねぇ。自分の弟に転移魔法でどっかに飛ばされるなんて、俺には想像もできませんよ」
体に回されているミハイルの腕に力が入ったのに気づき、アルミラは気を紛らわせてやろうと手綱から一瞬だけ片手を離し、ミハイルの腕を軽く叩いた。
「転移魔法?」
「おや、ご存じじゃなかったですか? 殿下がいなくなったと思わしき場所で、転移魔法が使われたのがわかったんですよ」
(魔導士もいないくせによく言う)
アルミラは心の中で悪態をつきながら、二人の会話に耳をそばだたせる。
魔導士を荒事に使うことはできないため、騎士団に魔導士はいない。そして学園には魔導士が一人だけいたが、所用があると言って数日前に学園を離れた。
緊急のやり取りを遠方とするために置かれている魔導士がいなくなることに学園側は難色を示したが、魔導士が所属しているのは国ではなく組合だ。
無理強いすることはできず、結局休みを与えることになった。
「そうか。転移魔法が使われたとよくわかったね。魔力の残滓を見ることができるのは魔導士だけだろう?」
「さあて、俺は学がないんで、難しいことはよくわからないですよ」
そのあたりのつじつま合わせがまだできていないのか、あるいは誤魔化しているだけなのかはともかくとして、この場で口を滑らせるのは難しいだろう。
(急ぎたいが……無理だな)
馬の速度を上げてもフェイを引き離すことはできない。
下手な真似をすれば、躊躇なくアルミラとミハイルを切り捨てることだろう。野犬かなにかがいて、見つけたときには手遅れだったと、そう証言するに違いない。
(この人が出張ってきている時点で、どうしようもないか)
一騎当千を地でいくような男に敵う者はそういない。たとえアルミラとミハイルが共闘したとしても、フェイに傷を負わせられるかどうか。
(しかたない。今回は諦めよう)
無謀な挑戦をするほど、アルミラは情熱的ではない。いつものごとくあっさりと切り替え、今後どうするかを考えはじめた。
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