(乙女か!)

 もしもレオンとミハイルのどちらかが父親である王に似ていたら状況は変わっていたのかもしれない。だが二人とも母親似で、王には微塵も似ていない。

 金髪碧眼のマリエンヌはその見た目も相まって天使か聖女のように謳われ、黒髪赤目の正妃コゼットは苛烈な性格も相まって悪女のように呼ばれている。

 その息子たちは母親の気質を受け継いだのか、ミハイルは穏和でレオンは我儘だ。


 王は穏やかな笑みこそ絶やさないが、その性格は掴みどころがなく、国営にしか興味がないのではと思われている。


  ――私はあなたに期待しているのよ。あなたが男装したときのあの人の顔、今思い出しても笑えるもの。


 アルミラは王が一度だけ表情を崩したのを見たことがある。それは男装したときだ。眉をひそめるというわずかな仕草だったが、コゼットはいまだに意地悪そうに笑って思い出話として語っていた。


(買い被りすぎだろう)


 そのときのことを思い出して、アルミラは自嘲する。たった一度表情を崩させただけで期待とは、さすがに一言物申したくもなるというものだ。

 だが相手は正妃、真っ向から否定するわけにもいかず、その場は曖昧に笑って濁した。


 講義している教師の言葉を右から左に聞き流しながら、アルミラは思案に暮れる。

 学園に入る前からのこと、ここ半月のこと、そしてこれからのことを。


 レオンが寮の自室にこもってからすでに半月が経過した。このまま長期休暇まで何事もなければいいが、そうはいかないだろう。

 レイシアは良心の呵責からか授業に出ないレオンのことを心配しているし、ミハイルはたまにではあるがアルミラに話しかけてくる。


「困ったことはないか」


「不便なことがあれば力になる」


 とくにこれといった用があるわけではないのか、そんな当たり障りのない言葉を何度もかけられた。

 アルミラはそのすべてに「ご心配にはおよびません」と返したのだが、ミハイルは気遣わしげに眉を下げ、結局また数日後に話しかけてくる。


 レイシアはレイシアで「レオン様は大丈夫でしょうか」と何度も口にした。アルミラはそれに「大丈夫大丈夫」と軽く返すわけだが、レイシアは不安そうに瞳を揺らすだけで、心配することをやめない。


(本当に、二人ともお優しい)


 ミハイルは婚約を破棄されたアルミラの立場を気遣っているのだろう。第一王子が気にかけているとなれば、多少の利用価値を周囲に見せることができる、とアルミラは考えていた。

 実際には傷心だろうからと心配しているだけなのだが、そんなことがアルミラにわかるはずもない。


 レイシアは振り回された側なのだからいい気味だと笑ってやればいいものを、なぜか心配している。

 もしも心配されていることがわかれば、レオンがまた調子に乗るかもしれない。あれは気の迷いだったのだろうとなんとも幸せなことを考えてまたつきまとうようになるかもしれないというのに、レイシアはその可能性を微塵も考えていない。


 それはアルミラには理解に苦しむことだったが、わざわざ口出するようなことではないと考えていた。


 レイシアの置かれている環境も学園に入学したばかり――レオンがそばにいるようになる前とは変わっている。

 レオンを手酷く振ったということで敬遠するようになった者はいるが、お近づきになろうとなにくれとなく世話を焼く者もいる。その中から接触してもいい相手を選別しレイシアに伝えているため、女性陣からの風当たりは前ほどはひどくない。


(長期休暇まで残り半月。馬車の手配などもしなければいけないな)


 指を折り、これからしないといけないことを数える。不測の事態にも対応できるように備えなければいけない。



 たとえば、そう。レオンが部屋から出たとかの不測の事態に。



 昼休憩の最中にレオンが外にいたという噂を聞いたアルミラは、とりあえず仮面を被ることにした。

 いつ出くわしても大丈夫なように準備したのだが、レオンは外にこそ出たが授業には出ていないようで放課後になっても会うことはなかった。


 噂によると、やつれた様子もなければ消沈した様子もなく、ただ苛々とした顔で寮の近くを歩いていたようだ。


(心境の変化でもあったのか?)


 しかも休憩時間ごとにどこそこにいたなどの噂が広まっている。人目のない場所を歩くのが趣味のレオンにしては珍しく、ただの散歩を目撃されている。

 その不可解さに眉をひそめた。


「アルミラ様? どうかされましたか?」


 放課後はいつも図書館で自習しているレイシアに付き合ってこの場にいたことを思い出し、アルミラは前に座るレイシアになんでもないというように首を横に振った。仮面をつけているため、身振りで表さなければいけない。


「レオン殿下が寮から出たらしいからなにをしてるのかと思ってね」

「レオン様が!? 授業には?」

「出てないらしいけど……聞いてない?」


 レイシアには今レイチェルという友人がいる。噂話の一つや二つくらいなら仕入れることができるはずだが、もしかしたらレオンの話題だから気を遣って避けたのかもしれない。

 そう思い至ると、アルミラは小さく肩をすくめた。


「はい、私はなにも……レオン様はなにをされていたのですか?」

「散歩、じゃないかな。裏庭とかを歩いていただけみたいだし」


 レイシアの瞳がわずかに揺れるのを見て、アルミラはふむと小さく呟いた。


「なにか心当たりでも?」

「え、いえ、心当たりというほどではないのですが……裏庭は、その、レオン様と初めて会ったところだな、と思いまして」


 視線を机の上に落としながら言いづらそうにするレイシアに、アルミラは葛藤する。


(まさかそんな、思い出巡りなどという……馬鹿なことをしているわけじゃないよな)


 いやいやそんなまさか、と心の中で否定しながらも目撃した場所をレイシアに伝えると、そのどれもがレイシアとレオンが過ごしたことのある場所だった。


(乙女か!)


 思わず出そうになった叫びをアルミラは押しとどめる。そもそも学園はある程度の広さはあるとはいえ、広大と言うほどではない。

 思い出なんてものはどこにあっても不思議ではないはずだ。


 そう思いつつも、否定しきれないことにアルミラはどっと押し寄せるような疲れを感じた。


「私はそろそろ帰ろうかな。レイシア嬢もあまり遅くならないように気をつけるんだよ」

「あ、それでしたら私も帰ります」


 いそいそと帰り支度をはじめるレイシアを待ち、一緒に図書館を出る。


 すると、物々しい出で立ちの騎士が視界の端を掠めた。


(……なにかあったのか)


 学園に配属されている騎士は普段は学園を囲う防壁を警護しており、普段は生徒を威圧しないようにと学舎には近づかない。

 図書館も生徒が利用する場所だ。平時であれば、こんなところにいるはずがない。


「レイシア嬢。私は少し用事ができたからここで失礼するよ。君は真っ直ぐに寮に帰るんだ、いいね?」

「あ、はい。わかりました」


 頷くレイシアと別れ、アルミラはそこらを散策する。騎士は一人二人ではなく、何人もいるようだった。

 寮付近にはいなかったが、そこ以外ならどこにでもいると言ってもいいだろう。


 なにかを探しているようではあるが、なにを探しているのかまではわからない。

 だがこれまでの慣習を破って学舎付近に足を踏み入れているということは、それだけの理由があるのだろう。


(誰か捕まえて吐かせるか)


 国で二番目に強いアルミラはそうするのが当たり前のように、一人で歩いていた騎士を捕まえた。

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