我儘王子に婚約破棄された男装令嬢は優雅に微笑む
木崎
一章
「今この場で婚約を破棄させてもらおう!」
「お前が俺の婚約者か」
鼻で笑うように言われ、アルミラの顔がわずかにこわばった。
今日は第二王子レオン・ハルベルトと、その婚約者になる公爵家の息女アルミラ・フェティスマとの顔合わせの日だ。
婚約者ができたとアルミラが知ったのは今から一週間ほど前。父親の執務室に呼ばれ、教えられた。
それ以前にもちらほらとそのような話題が出てはいたが、はっきりと告げられたのがそのときだった。
王子との婚約ということで、粗相のないようにと礼儀作法の見直しや挨拶の仕方などをおさらいして、顔合わせの場である王城に赴いた。
だが婚約者であるレオンは自ら名乗ることすらせず、改めて叩き込まれた淑女の礼を取るアルミラに馬鹿にするような眼差しを向けてきた。
アルミラの内心は怒りで燃え上り、嫌味の一つでも言ってやろうかと構えたが、すぐに家族の顔が脳裏に浮かび顔を引きつらせるだけに留まった。
相手は腐っても王族。ここで怒りを爆発させればアルミラ自身はもちろん、教育を怠ったとして父親や母親、それからついでに兄にまで累が及ぶかもしれない。
内心に
「いいか、俺の言うことにはすべて従え。わかったな」
腕を組み悠然と言い放たれ、引きつった笑みを浮かべながらも頷いたアルミラを褒めてもいいだろう。
――それから十年が経ち、レオンとアルミラは十六歳になった。
そして、二人が王侯貴族の子息息女が
第一学年の教室が並ぶ廊下は、普段ならば昼食を終えた生徒が行き交うっているはずが、今は
「お前の顔など、もう見たくもない! 今この場で婚約を破棄させてもらおう!」
愛くるしい顔つきから立派な美少年に成長したレオンの叱責を受けるのは、長かった髪を肩にもつかないほど短く切り、ドレスではなく男子用の制服を
この二人の仲が決定的なものになったのがいつのことだったのかは、誰にもわからない。
それは例えば、レオンのボタンに髪を絡ませほどくのに四苦八苦していたときかもしれない。
「まったく、女という奴はどうしてそう髪を伸ばしたがる。邪魔なだけではないか」
吐き捨てるような言葉を受け、アルミラはその場で長かった髪を切った。
あるいは、短くさっぱりとした髪でドレスを着てレオンと踊ることになったときかもしれない。
「そんな無様な髪でドレスが似合うと本気で思っているのか?」
侮蔑を孕んだ声に、アルミラは持っていたドレスを着るのをやめ、代わりに短い髪によく似合う男子服を纏うようになった。
あるいは、学園に入学してからひと月して、第二王子の周りを一人の少女がうろつきはじめたときかもしれない。
「そんな恰好をして、お前に女心というものはないのか?」
苛立った口振りに、アルミラは女心を知るために女性に頻繁に声をかけるようになった。
そんな日々の積み重ねの末、ついにレオンは決定的な言葉をアルミラにぶつけた。
「はい、かしこまりました」
粛々とした態度でレオンの命令を受け止め、アルミラはこの十年間繰り返し続けた言葉を吐き出した。
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