Voice
佐々木実桜
君の声
僕の彼女は、声が出ない。
どうやらそれは先天的なものではなくて、幼い頃に暴行された後遺症らしい。
正確には、完全に出ないわけではない。
驚いた時に「ひっ」と言ったりする事は出来るようだ。
どうやら言葉を発しようとするとどうしても詰まるらしい。
何か言おうとして断念する姿を幾度と見てきた。
眉を垂らして落ち込む姿は、少し可哀想だった。
驚く声だけでも可愛いんだ。
きっと話すようになれば僕はもっと惚れるだろうし、その声で僕の名を呼ばれた日にゃ、どうなる事やら。
呼んでほしいな、いつの日にかは。
声の出ない僕の彼女は、非常に可愛い。
手入れされた黒髪にぱっちり二重、小さい顔に形のいい唇。どこを上げても悪い所がない。
それゆえ、危ない目に遭いやすい。
ナンパは当たり前だが、断ってもそれ以上を求めてくる男が後を絶たないのだ。
だからお世辞にも人相がいいとは言えない僕が常に一緒についていなければならない。
彼女は偶に申し訳なさそうな顔で僕の袖の裾を引くが、それでもいい、僕は、今が幸せだ。
最近見かける2人組。
180はある背で人相の悪い男と150あるかないかで長い黒髪のずっと下を向いている女。
ずっと手を握っていて、女の顔は見えないが男はずっと楽しそうにしている。
一度声をかけてみたことがある。
女の方はそれでも顔を上げることなく、男だけが答えた。
「彼女は声が出ないんです。」
そう言って、男だけが答えていった。
恋人同士で、つい最近同棲を始めたのだと。
彼女は一人で出歩くことが困難で、常に一緒にいるのだと。
2人とも大学生で今は休みなのだと。
名前を聞いて、そして解放した次の日、同僚に二人の事を話して俺は2人組を逃がしたことを後悔することになった。
いや、正確には、片方を。
今日で同棲を初めて1ヶ月。
今日は彼女の好物を作ろうと、眠る彼女を置いて買い物に出かけて帰ってきた。
「ただいま〜」
部屋に入ると彼女はベッドから降りて、床に座って今日も言葉を発しようと頑張っていた。
「…っ」
「座るならベッドにしなよ、風邪をひいちゃう。」
細身の彼女を持ち上げベッドに座らせる。
もこもこのパジャマを着た彼女はうさぎのようで可愛い。
そして、まだ頑張っていたから、
「僕はキッチンに居るからね」
と一声かけて料理に取り掛かった。
少し経って、玄関の方でガチャガチャと音がするので向かうと、パジャマのままの彼女が、鍵を開けようとして音を立てていたようだった。
「小夜、何してるの?」
「ひっ…」
「ダメでしょ、勝手に出ようとしちゃ。」
「……ぁ」
「おいで、ご飯食べよう」
抱きしめようとする僕の胸を押して、彼女はついに言葉を発した。
「た…すけ…て」
つまらないな、僕の名前を呼んでくれると思ったのに。
あーあ、もう少し躾けるべきか。
「だーめ。」
Voice 佐々木実桜 @mioh_0123
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★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 2話
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