スプライト編 作戦開始
どこかで鳥のなく声が聞こえた。
あたりは静寂に包まれ、生物の動く気配すらない。
動くのは風に揺れる木々たち。
木々たちが動く音に紛れ、持田は動いていた。
持田の他にも白石を含めた数名が闇夜に紛れ、動いていた。
彼らの目的は丘の上にある小さな小屋。
小高い丘に点在している小屋は人間が何人か入れそうな大きさ。
周りには建物はなく、丘の下の周りには木々や茂みがあり、人が進むには険しい道となっていた。
「『こちらフレイム。マンティス、応答どうぞ』」
持田は声を出来るだけ抑え、マイクに喋る。
「『どうしたフレイム? 何か問題か?』」
無線機の向こうから野太い男の低い声が聞こえてきた。
「『今回も本当にゲオルギーがいるのだろうか?』」
持田は茂みから身を出し、仲間がいる方向を見る。
「『そんなくだらないことを聞くのか? 今は任務中だ。この会話は録音されている。くだらない話はナシだ』」
マンティスと呼ばれた男は持田の話を一蹴する。
「『了解』」
持田は気だるそうに答え、そのまま通信を終える。
持田と白石がゲオルギーの関与について知ってから二日後、組織はゲオルギーの居場所を特定し彼らに捕縛指令が下った。
作戦内容はゲオルギーの捕縛のみだった。
しかし、作戦が行なわれる場所は簡単ではなかった。
ゲオルギーが確認された場所は山々に囲まれ、徒歩でなければいけない場所だった。
小屋の後ろは生身で上るのが難しい崖がありまわりは森に囲まれ、開いた場所は小屋から十メートルにもみたない。
周りには武装した警備が数名、存在し、組織の透視能力を持った能力者が透視しても妨害され、小屋にゲオルギー以外、何人いるかわからなかった。
そのため真正面から突撃をかけても武装した警備たちに見つかってしまい、戦闘になってしまう恐れがあった。
さらにその戦闘でゲオルギーが巻き込まれれば有力な情報が得ることができない。
それを考慮した上で持田たちは奇襲をかけることを考えた。
まず、白石が武装した警備を狙撃で殺害し、持田たちが小屋に近づき、奇襲をかける。
一気に攻め、反撃する隙を与えないということが求められた。
「まさに早業ってか?」
持田は小さくつぶやいた。
「『こちら、フレイム。作戦の開始まで時間は?』」
「『作戦の開始予定まで二分だ。なにか問題か?』」
「『いや、確認だけだ。ありがとう』」
持田は通信を終えると体勢を低くした状態であたりの状況を確認する。
彼がいる位置は小屋の斜め前に当たる場所だった。
小屋の回りの警備は約五名ほど。
この場所には似合わないほどの武装をしていた。
何故そこまでする必要があるのか?
普通なら警備も二人ほどで十分過ぎるほどだ。
狙われる心配があると思えないくらい、この場所に人は寄り付かない。
まるでこれから狙われるのを予期しているかのような感じだ。
持田は頭の中で引っかかる違和感を一つ一つ整理しながらまとめようとしていた。
そして作戦開始一分前。
「『こちらフレイム。マンティス、相談があるんだが』」
「『何だと? 一人だけ逃げるつもりか?』」
マンティスと呼ばれた男は静かに言いながらも驚いていた。
「『そういうわけじゃない。小屋を見てみろ』」
「『今、視界の範囲内だ。何か問題でもあるのか?』」
「『考えて見ろ。あいつらおかしくないか?』」
「『どういうことだ?』」
「『こんな場所であんな人数必要か? 人気が少ないって言うのに警戒しすぎだろ』」
持田は違和感をマンティスに向け話した。
「『しかし、警護ならあの人数、普通じゃないか?』」
「『普通の場所ならな。ここは山奥だぞ。それにこんな場所であんな装備しないだろ』」
「『確かに……』」
無線の向こうの相手は考えているのか、かすかにノイズが聞こえる。
持田は考えていた。
もし今回もターゲットであるゲオルギーがどこかで作戦の内容が漏れ、実行されることを知っていたら何かしら警戒する。
それは一体何か。
自分たちの可能性を捨てはきれない。
「『もし、今回のターゲットに内容が漏れていたら敵の罠にはまってしまう可能性もある』」
「『それはそうだ。しかし、いまさら作戦の目的は変えられないぞ』」
「『目的を変える気なんてない。内容を変えればいいだけだろ』」
持田は不敵に笑い、舌なめずりをした。
「『内容は分かった。しかし、はじめに誰が小屋に近づく?』」
「『安心してくれそれは僕の役目だ』」
持田はマイクの位置を口元に直し、銃を握り締める。
持田は静かに立ち上がり、他の仲間に合図を送り、そのまま足音を立てないよう注意を払いながら小屋に近づく。
立て直した作戦の内容はこうだった。
目的であるゲオルギーは対象として変わらず、彼らが小屋に近づく方法を変えた。
まず小屋の右側から攻めるはずだったのを左側から迂回し、小屋周辺の警備を無力化。
次に見張りの何人かを白石が狙撃で倒す。
その間に近づいてきた他の隊員で小屋に突入するというものだった。
持田は小屋から百メートルも離れていない茂みに体を伏せる。
小屋の周辺を見渡し、一度、確認をする。
口元のマイクにささやく。
「『マンティス。頼む』」
一言、蚊の鳴くような小ささで待機するマンティスに告げる。
元の茂みで待機していたマンティスは右の方向にいる白石に向かい、手で『狙撃待機』というサインをした。
それを確認した白石はスコープを覗く。
白石や他の隊員のいる場所から小屋までの距離は直線で役三百メートルほど。
まず狙うは小屋の左側、仲間から離れ、孤立し警備している男。
相手に狙撃したことを気づかれ、混乱させてしまえばチャンスを失う。
そのため、一番、狙いやすい相手を選んだ。
警備の男はどこか気の受けた印象を持つ。
白石は男の額の辺りに照準を合わせる。
「『準備完了』」
感情のない声がマンティスの耳に届く。
「『準備、完了だ』」
マンティスは持田に告げる。
「『了解。合図を頼む、マンティス』」
「『三つ数えるぞ。いくぞ』」
持田は銃のグリップを握り、銃口を落としたまま、いつでも走り出せるように体を低くする。
「『三』」
マンティスは数え始める。
「『二』」
白石は照準を男に定めながら、トリガーに指を添える。
「『一』」
持田は足に力をためる。
「『ファイア』」
マンティスがそう口にした瞬間、持田は脱兎のごとく走り出した。
同時に、白石は躊躇なく、トリガーを引いた。
スコープの向こう側では男が額の真ん中に穴をあけ、倒れていく姿が確認できる。
しかし、息もつかないほどの速さで白石は構えたまま方向を変える。
照準を持田に近い警備に向ける。
そしてもう一度、引き金を引いた。
もう一人、警備が地面に崩れ落ちる。
白石は合計で三人、狙撃し持田が小屋に進むまでの道を作る。
スコープ内に持田の姿が映る。
確認した白石はマンティスに手で合図を送る。
「『よし、俺たちも行くぞ』」
マンティスは他の隊員に告げると身をかがめながら先に進む。
持田は小屋から五十メートルも満たない場所にいた。
彼は小屋の入り口に立っていた警備の男に音を消し、近づく。
小屋の壁に張り付くように進む。
男に後ろから近づき、口元を押さえ首元に鋭利なナイフを突き立てた。
一瞬で男は絶命し、持田の腕の中でぐったりする。
彼は死体になった男の亡骸をゆっくり地面に下ろす。
仲間のいる方向に手で合図をする。
持田は小屋のドアの横に立ち、マンティスたちの到着を待つ。
一分も立たないうちにマンティスは到着し、持田の反対側に立つ。
白石を除くほかの隊員は小屋を囲むように散らばる。
持田とマンティスは手と目で合図し、小屋に踏み込む準備をする。
お互いの目が合い、うなずく。
そして二人はドアを蹴破り、中に進入した。
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