スプライト編 罠

すぐさま銃を構え、あたりを見回す。

しかし、予想に反して何もなく、持田とマンティスは拍子抜けした。

それ以前に小屋の中には誰一人としていなかった。

「誰もいない……」

マンティスは構えを解き、銃口を下に下げる。

「またやられた」

持田はガクリと肩を落とす。

「今回もいろいろとやられたみたいだな」

マンティスは無表情で言うと通信機のボタンを押す。

「『オールユニット。武装解除。そのまま警戒を怠らず、待機』」

彼はそれだけ告げると小屋を見回す。

「どうやらまんまと俺たちはガセの情報を掴まされたみたいだな」

「…………」

持田はマンティスの話しを無視し、小屋の中を見回す。

生活必需品など置かれておらず、家具はほとんどなくあるのは木製で出来たテーブルくらいだった。

ふと一枚の紙が持田の視界に入る。

彼はテーブルに近づき、紙を手に取る。

そこには英語でこう書かれていた。

《 fuck off 》

持田は考えた。

ゲオルギーは自分たちを馬鹿にしたいのか?

こいつらの意図が見えない。

何故、偽の情報をみせ、俺たちをかく乱する意味は?

そのときだった。

持田、マンティス、両者のイヤホンに通信が繋がる。

相手は白石。

「『こちらウルラ。未確認のヘリがこちらへ接近中』」

「なに?」

マンティスは小屋の外へ出る。

ヘリのローター音が空気中を振動し持田の耳にも入る。

持田はもう一度、紙を見る。

その瞬間、頭の中で何かがはじけたかのような感覚を覚える。

彼は何かに突き動かされるように小屋から飛び出る。

そして仲間に向かい、叫んだ。

「みんな、逃げろ。これは罠だ!」

全員がこちらを向いた瞬間、持田たちの部隊から百メートルも離れていない場所に何かが落下した。

轟音と共に地面が小さく揺れた。

「『こちらウルラ。落下した物体はRTYPE‐002と見られる模様』」

白石の淡々とした声が耳に届く。

「ライノセラスだと! フレイム、これはどういうことだ!」

「僕が聞きたいくらいだ。説明は後だ。この場を離れることが先決だ」

マンティスはすぐに反応するとマイクを口元に当てる。

「『オールユニット。持ち場を離れて退却。いいか、もう一度繰り返す。退却だ』」

彼がその言葉を発したときだった。

茂みの中から小屋に向かい、何かが飛んできた。

 持田の視界に入ってきたのはロケット弾だった。

「みんな離れろ!」

彼は叫び、小屋から走り距離を取る。

周りの隊員も急いで離れる。

しかし、ロケット弾は持田たちが小屋から一定の距離を取る前に着弾した。

ボンという音と共に一瞬で衝撃波が空中に伝わり持田たちの体を吹き飛ばす。

持田、マンティス、小屋の近くにいた隊員たちは体勢を崩し、地面に叩きつけられるものもいた。

小屋は瞬く間に炎上した。

持田は体を起こし、辺りを確認する。

ロケット弾の爆風にやられ、負傷している者は数名いるものの、組織特製のプロテクトアーマーが功をそうしたのか死人は出ていなかった。

マンティスは声を張り上げ、仲間の数を確認していた。

「げほっ。優ちゃん、聞こえるか?」

「『こちらウルラ。聞こえてる』」

「ライノセラスのロケット弾か?」

「『確定は出来ないけれどそうといえる』」

「あのデカ物はどこだ?」

「『三時の方向。すぐに側に現れる。今、次の弾を装填中』」

「まずいな。あの弾がもう一度飛んでくるのか……」

「『後二十メートルほどで私たちの範囲に入る』」

「そうか。優ちゃん、そこで構えていてくれ」

持田はマンティスを呼ぶ。

「『おい、マンティス』」

「『何だ?』」

「『ライノセラスが近づいている。指示を』」

「『…………』」

マンティスは数秒黙り、すぐに返答した。

「『ポニー、アノア、マッドパピー。三人は他の負傷した仲間を連れて退避。無事なものはライノセラスとの戦闘準備』」

マンティスは告げるとライノセラスの方向に向かい、銃を構えた。

小屋を取り囲む森林からはだんだんと持田たちに近づく足音、一つ。

場に残ったものたち全員、銃を構え、ライノセラスの襲撃に備える。

足音がおおきくなったときだった。

「『撃て!』」

マンティスは残ったユニットにむけ、命令した。

その次の瞬間には薬きょうの落ちる音、爆竹を連続で破裂させたような耳を劈く音が当たりに反響した。

だんだんと土煙があたりを包む。

『射撃中止』

煙が覆い、静寂が戻る。

隊員たちが構えを解いたときだった。

森の中からキュルキュルと何かをまわす音がし始めた。

「何だ?」

 マンティスが不思議な表情をする。

しかし、持田だけ、反応が違っていた。

「みんな、気をつけろ! 弾が飛んでくるぞ!」

キュルキュルという音が止み、ドドドドという連続音が続く。

他の隊員もすぐさま反応する。

反応が遅れた部隊の一人が見えない何かにあたり、後ろに吹き飛び、地面に倒れた。

弾丸が地面に当たり、砂埃を起こす。

チュンという弾が掠める音が聞こえる。

「クソッ! ガトリングガンかよ!」

マンティスは悪態をつく。

部隊のリーダーともいうべきか焦らず、他の隊員に指示を送る。

『スクード! 部隊を囲むようにサイコシールドを張れ!』

指示を出された部隊の一人がマシンガンを発砲するライノセラスの前に飛び出る。

そして体を半身にし、顔の横で両手を広げる。

するとライノセラスが発射するマシンガンの弾は、隊員たちのすぐ近くで見えない壁に当たり他の方向へ、兆弾する。

『今だ。ありったけの弾を奴にぶち込め!』

マンティスはマイクで指示を与える。

そして銃を構え、ライノセラスに向かい、銃を発砲する。

他の隊員も一斉に掃射した。

こちらへ向かってくるライノセラスは何発もの銃弾を受け、動きが鈍る。

それでもなお、鉄の巨体は歩みを止めずマシンガンを発射するのをやめない。

何発もの銃弾の雨を食らい、外装のシリコンと防弾、耐熱素材で出来たコートは形をゆがめ、ボロボロになっていく。

しかし、金属で出来た骨格は傷跡が付くくらいでまったく持って破壊するに至らない。

『マンティス!』

持田はマンティスを呼ぶ。

『なんだ?』

『手榴弾の手持ちは?』

『ひとつだ』

『合図したら投げろ』

『正気か!』

マンティスは理解できないという声を出す。

『説明は後だ!』

持田は短く言うと腰のホルダーについた鞘からナイフを抜き、マンティスの回線からスクードと呼ばれた隊員の方にシフトする。

『スクード』

『はい!』

『僕が合図する。そしたらサイコシールドをライノセラスを包むようにしろ』

『しかし、それでは……』

『いいから!』

 ライノセラスが彼らと十メートルも満たない距離に達したとき、持田はマイクに声を発する。

『スクード!』

スクードと呼ばれた隊員は顔の真横で開いた両手をゆっくりと握っていく。

するとライノセラスが発射するマシンガンの弾を防いでいたシールドが徐々に鉄の巨体のほうへと転換していく。

『マンティス! 今だ!』

持田が叫ぶ。

掛け声に応じたマンティスは手榴弾を思いっきり投球した。

手榴弾は空中でピンがはずれ、そのまま放物線を描きながらライノセラス方へ飛んでいく。

『スクード。全力でシールドを反転させろ!』

持田はスクードと呼ばれた隊員に指示する。

隊員は勢いよく両手を握る。

タイミングが合ったのかマンティスが投げた手榴弾がライノセラスの目の前で炸裂した。

マシンガンの弾をはじきながらゆっくりとライノセラスを包もうとしていたシールドが命を持つ生物のように勢いが増し、鉄の巨体を取り囲む。

直後、爆発はシールドによって押さえられ衝撃はシールドの内側だけ、持田たちには爆発の衝撃はなく、ライノセラスだけが炎と衝撃が襲った。

シールドの抜け目からは火柱が一瞬だけ、噴出する。

『やったのか!?』

マンティスは銃の構えを下ろさず、持田に聞いた。

『いや、まだだ!』

持田は短く答え、ナイフの柄を持ち替え、逆手にし、構える。

『スクード、シールドを解け』

スクードは構えていた体勢を解き、すばやく銃を構える。

覆っていたシールドが消え、中のエネルギーの酸素を消費尽くしたのか徐々に炎の勢いが弱まり、ライノセラスの姿があらわになる。

ライノセラスの外装は焼け落ち、人間の骨格を模した機械の姿が持田たちの視界に入った。

鉄で出来た骨格には傷は付いておらず、外装を燃やす炎の明かりが金属の表面に反射する。

炎に包まれながらも、ライノセラスに埋め込まれた A.Iはしかっりと持田たちを狙っていた。

鉄の巨体は燃え後から一歩踏み出す。

それと同じくして一気に持田はライノセラスに向かい、駆け出した。

彼は真正面から鉄の巨体に突っ込んでいく。

ライノセラスは持田を認識し、燃え後から一歩ずつ、向かっていく。

持田はライノセラスの間合いに飛び込む。

それを予知していたかのようにライノセラスは鉄の腕を振るうが持田はそれを紙一重で避け、真横に前転する。

すばやく起き上がり、後ろに回りこむ。

 まだ熱を持つ地面に落ちていたライノセラスの外装の燃えカスにナイフを突き立てる。

すると線香花火のように小さく燃えかけていた火玉はそれが合図となったかのように激しく燃え上がり火力を増す。

持田が手にしていたナイフは一瞬で炎に包まれた。

しかし、炎は彼の手を飲み込むこと無く、ギリギリのところでゆらめく。

これは彼の能力。

彼が火炎能力者だから出来ることだった。

持田はナイフを地面から抜くと足に力を込め、一気に爆発させる。

ライノセラスは振り向き、持田の存在を映像として認識する。

鉄の巨体は足を止めること無く、持田の息の根を止めようと動きを止めない。

 持田はライノセラスの攻撃範囲、ギリギリまで近づく。

目の前の敵は彼が懐に飛び込んでくるのを予想し、腕を振り上げ、そのまま振りかぶる。

狙いは持田の頭だった。

鉄の棒と化したライノセラスの腕は持田の頭めがけ軌道を描く。

しかし、持田はそれを事前に反射的に察知し、ライノセラスの攻撃が当たる一歩手前でジャンプした。

ライノセラスの攻撃は当たることなく空振りする。

持田は空中で反転するとライノセラスの背中に覆いかぶさる。

ライノセラスは何が起きたのかを即座に認識する。

持田を振り落とそうと腕を振り回し、体を大きく動かす。

「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

持田はライノセラスの攻撃を避けながら声にならない叫びを出し、炎が包んだナイフを振りかぶる。

ライノセラスの首、人間の頚椎に当たる部分。

頭部のA.Iの指令をボディに送るためのむき出しになった配線にナイフを突き立てる。

配線にナイフを突き立てた瞬間、ナイフを包んでいた炎は一気にライノセラスの全身を包みこんだ。

持田はすばやくライノセラスの背中から離れ、地面を転がる。

配線を伝い、ライノセラスのボディに埋め込まれた機器をショートさせ燃やし尽くす。

地面に転がった持田は起き上がり、全身を炎につつまれていく鉄の巨体の姿を見る。

鉄の巨体は完全に機能を破壊され、人間の姿を模した鉄の人形は膝をつき、顔面から崩れ落ち、オレンジ色の生き物のような動きをする炎に包まれていく。

『やったのか?』

耳につけた無線からマンティスの疑念の声が聞こえた。

『ああ。完全に破壊した……』

持田はため息をつくように言った。

『終わったのか……』

マンティスはポツリとつぶやき、構えた銃を下ろす。

『全ユニット。目標の破壊を確認。周辺の警備を怠らず、帰還するための準備を開始』

彼は無線のマイクを口元からはずす。

 銃を構えていた隊員たちは構えを解き、すぐに自分たちの作業に取り掛かる。

持田はゆっくりと立ち上がり、ライノセラスが燃えていくのを見つめていた。

「大丈夫か?」

マンティスは持田の肩に手を乗せる。

「ああ、大丈夫だ」

彼はマンティスの方を向かず視線を前に向けたまま言った。

持田は考えていた。

なぜ秘密にしていたはずの作戦内容がばれたのか?

組織内にゲオルギーと関係を持つスパイがいるのだろうか?

持田は深くため息をつくと自身の体についた埃を払う。

横では司令室と通信を開始していた。

『こちらマンティス。今回の作戦も失敗だ。ゲオルギー側に内容がばれていた。途中、敵の襲撃にあい、負傷者も出ている。帰還のためにゲート開いてほしい』

持田はあたりを見回し、何か見落としていないかを確認する。

視界に入るのは木々と爆発した後、戦闘の痕跡だけ。

「そんなこと無いか……」

持田はマンティスのほうを見る。

通信を終えたのか無線のスイッチを切るところだった。

「本部は何だって?」

「他の作戦で使用したのかゲートは使えない。変わりにヘリをよこすそうだ。到着は十、十五分後だ。とりあえず今回の作戦も終わったな」

「そうだな……」

持田は短く答えた。

「ライノセラスが出てきたときは焦ったが、言われるほどの強さではなかったな」

マンティスは笑いながら言った。

部隊の隊員たちも変えれるとあってか安堵の色が少し見えていた。

しかし、マンティスとは反対に持田は言い知れぬ何かを感じていた。

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