スプライト編 支部での4
自販機の受け取り口から赤いアルミ缶のコーラを取り出すと、指先に冷たさを感じることが出来る。
持田は自販機の近くに設置されていたベンチに腰をかけると深くため息をついた。
数分前までの緊迫感は消え去り、肩の力が抜ける雰囲気になっていた。
彼の周りには一緒にマークの話を聞いた白石しかおらず、組織の施設にしては人が少ないかのように見えた。
プルトップを空けると渇いた喉にコーラを流し込んだ。
炭酸が含まれた液体が喉元を通ると内側から小さい針を何度も刺すような感覚がし、咳き込む。
隣に座っていた白石が何も言わず持田の背中をさする。
「ゲホッ。あ、ありがとう、優ちゃん」
「どういたしましてだニャー」
彼は違和感を覚え、白石の方に顔を上げる。
視界に入ったのは仏頂面の白石の顔が後ろから両頬を押さえられ、変形していた。
「ぶっ!」
持田は思わず噴出してしまう。
「あははは、やった! これで五回目」
白石の後ろに立つ人物は白石から手を離すとこれでもかといわんばかりに胸をはり、嬉しさを表現する。
「相変わらずフレイムは不意打ちに弱いわね。ちゃんと警戒しないと食べちゃうぞ」
持田は白石の後ろに立つ、カリン・ダーナマンを見つめると、やる気のない顔をした。
彼女は腕の立つヘリの操縦者であり、下ネタが大好きな曲者だった。
持田にとってカリンは任務ではなくてはならない存在であると同時にまた絡みづらい人物の一人でもあった。
「何を食べるんだよ、カリン?」
カリンは人差し指を頬に当てると考えるような仕草をする。
「えー、そんなことを女性に言わせるの? フレイムって以外とダ・イ・タ・ン」
彼女はニヤッと笑い、体をクネクネさせる。
「別に僕は変な意味で聞いたんじゃないんだけどね」
持田は何でこの組織にはまともな会話が通じる奴が少ないのかと。
「ねぇ、ウルラ。彼のテクニックはどう? 気持ちいいのかしら? 毎晩、どんなプレイをしているのか知りたいわ」
ウルラとは白石のコードネームであり、カリンは白石の本名よりコードネームのほうが呼びやすいのかずっとそちらで呼んでいる。
カリンは白石に向き直るといやらしい笑みを浮かべる。
「何を言っているのか、理解不能」
白石は仏頂面のままポツリと言った。
「またまた、カマトトぶっちゃって~。本当はヤリまくり何でしょう?」
「カリン!」
持田はカリンに向かい叫んだ。
「何、フレイム? アタシとウルラとの仲に嫉妬したの?」
「そうじゃなくて! 優ちゃんをからかうのを止めよう」
「何で?」
「何でって、優ちゃんに悪影響だよ」
「いいじゃない。逆にこれから必要になるかもよ」
カリンは白石の肩を抱き寄せると自分のほうに引き寄せた。
「別に僕に絡むのはかまわないが彼女にはあまり絡んで欲しくないな」
持田はカリンから白石を引き離す。
「あらー、やっぱり嫉妬かしら。そんなにお姉さんにかまって欲しいのね」
カリンは持田に近づくと彼の頬を右手でゆっくりと撫でた。
持田は彼女の手をいかにも邪魔だといわんばかりに払いのけるように掴む。
「僕は軽薄に見えるかもしれないが弁えるところはちゃんとするさ」
「えー、フレイムが冷たい。私に愛想が尽きたのかしら……。やっぱり体だけの関係だったのね……」
白石は無表情のまま持田を見る。
「カリン、誤解するようなことを言うんじゃない! 優ちゃん、誤解だよ!」
「そんなこと言ってあの夜は『抱かせろ』ってしつこく迫ってきたじゃない」
カリンはわざとらしく自分の体を両腕で抱く。
「オマエ、本当にいい加減にしろよ! 燃やしてやろうか!」
持田は我慢の限界が来たのかポケットからライターを取り出す。
「キャー、フレイムが怒ったー」
気の抜けた声で言うと赤く染まった髪を揺らしながら身をかがめる。
「はいはい、じゃれ合いはそこまで」
ふざけている一人と本気で起こる寸前の一人の耳に落ち着き澄んだ声が聞こえた。
持田とカリン、白石は声のした方向へむく。
自販機の隣にもたれかかりこちらを見つめる唐嗣(とうつぐ)メイの姿。
セットをすれば綺麗に見える黒く肩まである髪はボサボサになり、化粧をしたらさらに綺麗に見えるであろう顔には口絵に以外何もつけられていない。
白いシャツの上に羽織った白衣はしわが目立ち、何日も職務に追われていたことがうかがえる。
「唐嗣さん、なんでここにいるんですか?」
持田は拍子抜けした表情で言う。
「なんでここにいるんですかじゃないわよ。忘れたの? ボスとの話が終わった後に医務室に寄るように伝えたはずだけど」
「あっ……」
「やっぱり、忘れてたみたいね。 二人とも来ないからこちらから出向いてみれば、この有様ね」
唐嗣は呆れ混じりのため息を吐いた。
「どうも久しぶりです。唐嗣先生」
カリンは元気よく、挨拶をする。
「久しぶりね、カリン。二十代になって卑猥なことを口にしていたら、ロクな男が寄り付かないわよ」
「余計なお世話です~。そういう先生はどうなんですか?」
カリンはアヒル口をさらに尖らせ、不満気に聞いた。
「あらちゃんと旦那とは上手くやってるわよ」
唐嗣は自信満々に胸をはる。
持田は苦笑いをし、白石と顔を見合わせる。
「そんなことより、そこの二人」
彼女は持田と白石に向き直る。
「カップの中身を飲み終えたら医務室に来なさい。次の休みの日に呼び出されたくないでしょう?」
持田と白石は首を縦に動かした。
唐嗣は自販機でカップのコーヒーを買う。
「カリンも油を売っていないで少しは体を引き締めたら?」
彼女はカリンの腹部を見て微笑んだ。
カリンははっとしたような表情をし、腹部を触る。
「よ、余計なお世話ですぅ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「ふふ、冗談よ。そこの二人は医務室によることを忘れないでね」
そういい残すと唐嗣は姿を消した。
持田と白石はそのままの状態で固まり、カリンは肩を上下させていた。
「だってさ、カリン」
持田はポツリとカリンに言った。
「フレイム、アンタも余計なお世話よ!」
カリンは踵を返し、その場から姿を消した。
彼はカリンが消えていくのを黙ってみていた。
「…………。一体、何がしたかったんだろうね、優ちゃん?」
質問された白石は無表情のまま、首を横に傾けた。
「私にもわからない……」
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