スプライト編 日常と。

秋の青空はすがすがしく乾いた風が雲を流していく。

しかし、どこかその景色は寂しげなイメージを彷彿とさせる。

ここは青南高校、新校舎の屋上。

フェンスに寄りかかり、持田健人は校舎の前方に広がるグラウンドを眺めていた。

「いやー、本当に平和だねぇ」

持田は学生服の内ポケットに手を入れ煙草に似た、六センチほどの白い棒状の物を取り出し、そのまま口にくわえる。

同時にチャイムが学園の中を包み、ぞろぞろと学生服の集団が校舎から出てくるのが目にとまる。

彼はただその光景をぼんやりと眺め、口にくわえた煙草に似た物を口先で遊んでいた。

「こんな所にいたのね」

後ろから彼を呼ぶ声がした。

持田はけだるそうに後ろを向くと腰に手を当て明らかに怒っている表情をした女子生徒が立っていた。

女子生徒はクラスには一人いそうな雰囲気を持ち、しかし、どこか存在感をしっかりと持っているよう感じられる。

持田は口にくわえた棒状の物を左手の人指し指と中指の間で挟み、口から離す。

「やぁ、委員長」

「いい加減、その言い方止めてよ。ちゃんと名前で呼びなさいよ」

女子生徒は呆れたように吐き捨てると持田の側まで近づく。

「ゴメン、ゴメン。禊ちゃん」

持田はおどけたように小島禊に言った。

「いろいろ探し回ったのよ」

「そりゃあ、ご苦労さん」

持田はもう一度、グラウンドの方へと視線を戻す。

「ふざけないでよ。ちゃんと授業に出てくれなきゃ、こっちが困るのよ」

禊は不満をぶつけるように持田を睨むとずれた眼鏡の位置を直した。

「困るって禊ちゃんが? 嬉しいね、そんなに僕のことを思ってくれてたんだ」

「だからそれを止めなさいって言ってるのよ」

「イライラすると皺、増えるよ」

彼は彼女に対してからかうようにして言った。

「本当に私を怒らせたいの?」

持田は肩をすくめると残念そうな表情をする。

 「冗談だよ。禊ちゃん」

小島禊は彼から目を離すと下校する生徒の少なくなったグラウンドの方に視線を移した。

ふと二人の下校する生徒が目にとまった。

彼らは緑色のネクタイとリボンをしており、禊より学年が下だとわかった。

二人はカップルなのか距離が近く、なにやら話し合っていて、会話の一部が聞こえてきた。

「何で怒っているんだよ?」

片方の少年は疑問を投げかけていた。

爽やかな髪型で身長は平均くらいで良くも悪くも平凡という言葉が似合う男子生徒だ。

一方、質問された側の女子生徒は反応する気もないらしい。

女子生徒は肩まで伸びた絹のような黒髪を風に揺らし颯爽と歩いている。

遠くからでもわかるほど女子生徒は花立ちは高く、綺麗という言葉が似合いそうだった。

女子生徒は立ち止まり、男子生徒の方に顔を向けなにやら言っていた。

「それはお前が言い出したんだろ?」

男子生徒の声は離れた禊に届くほど大きかった。

女子生徒は男子生徒に向かって何かを発言していた。

そしてまた颯爽とあるきだした。

「ちょっと待てよ!」

男子生徒は呆れたようにため息を吐くと女子生徒を追いかけ始めた。

 喧嘩していたというよりもじゃれていたかのようだった。

禊はほほえましい光景だなと思い、微笑した。

「彼ら面白いだろう」

隣で同じ光景を見ていたのだろう、持田は禊に言った。

「彼女が貴方の…」

「そう綾瀬川のぞみちゃんって言うんだ。隣にいるのがその彼氏…かな」

持田は苦笑しながら禊に言った。

「彼女が異世界人殲滅作戦の時の当事者?」

「ご名答と言いたいところだけどちょっと違うかな?」

「そう……」

禊はフェンスに手を掛け、校門から出て行く二人の後ろ姿を見つめていた。

「で、禊ちゃん。君は何をしにここに来たんだい?」

持田は棒状のものを口にくわえ、もう一度、フェンスに手を掛ける。

「さっき言ったでしょう。貴方を捜しに来たって」

「クラス委員の仕事かい?」

「そうよ。貴方がちゃんと授業に出席しないから私の仕事が増えるのよ」

禊は持田を睨む。

「禊ちゃんは本当にマジメだね。僕は悪く思うよ」

 持田は馬鹿にしているかのようにおどけてみせた。

「本当にそう思うのならちゃんと授業に出席しなさいよ」

禊は風にそよぎ顔にかかる髪の毛を払いながら嫌味をこめて言った。

「それに頭髪もちゃんとしないと先生方に怒られるわよ」

彼女は眼鏡をかけて腕を組む。

禊の言葉に反応した持田はくわえていたものを口から離すと髪の毛を触り、苦笑いを浮かべた。

「……。これは地毛なんだけどね。禊ちゃんも知っているんだろう。そんな意地悪いって君はいけない人だな」

「冗談よ。貴方の髪が金色なのは知っているわ」

持田は眉間に皴を寄せ、理解できないといった顔をした。

「で、禊ちゃん。君は本当にここに何をしにきたんだい?」

体の向きを変えてフェンスに寄りかかる持田。

「貴方、この前の任務。失敗したそうね」

禊は持田を射抜くような目つきで見る。

持田は何のことやらといわんばかりに、表情を変えることなくただ黙って空を眺めているだけだった。

「秀長聡。 《フォース》の開発者であり、産みの親。彼がいなくなるのは組織にとってマイナスなことね」

禊は眼鏡の位置を直し、持田を見据えた。

秀長聡。

持田と轡、白石優が所属する組織の技術メンバーの一人だった。

しかし、彼は一週間ほど前研究対象で試作段階だった《フォース》と呼ばれる武器をもったまま忽然と姿を消した。

 組織は彼の後を追い、《フォース》の奪還。

 秀長聡の身柄を拘束することを持田に命じた。

組織が掴んだ情報で持田が轡と二人で乗り込んだ屋敷には本来であれば目標となった秀長聡がいるはずだった。

しかし、情報はデマだったのか秀長の姿はなく、彼らを待っていたのは鉄の骨格で出来たアンドロイドとの戦闘。

「禊ちゃん、君は僕をなじりに来たのかい?」

持田は天を仰いだまま、禊の方を見ようとはせず言った。

「まさか。貴方をなじったところでどうしようもならないでしょう。それに私はそんな嫌味な女じゃないわよ」

 禊はやれやれと手を広げ、オーバーなリアクションをした。

持田は加えていた物を地面に捨て足で踏み潰した。

 「私がここに来たのは本当にクラスの委員としてきたのよ。私はこれでもマジメな生徒なの。持田君、貴方が思うほど」

「…………」

持田は何も答えず、ただ空を仰ぐだけ。

禊は気にせずに続けた。

「それにもう一つ、貴方に聞いて欲しかったことがあるのよ」

彼女は風に揺れる横髪をかきあげ、持田と同じ方向に視線を向けた。

「私も組織のメンバーになったわ」

「へぇ…。禊ちゃんが組織にね」

持田は薄笑いを浮かべて禊のほうに顔を向けた。

それは彼にとって興味を引かれる情報、話だった。

「で、禊ちゃんはこんなところで油を売っていていいのかい?」

「油なんてうってないわ。ちゃんと仕事しているのよ」

「どういう意味だい?」

彼は悪巧みを考える小悪魔のような笑みを浮かべる禊に対し、眉を寄せ質問した。

「私の任務は貴方の監視役」

禊は両腕で肘の辺りを抱えるようにし、持田の目を見据えて言った。

持田にとって彼女の行為は挑発的な態度にもみえ、彼の次の動向をうかがっているかのようにも捉えられた。

「……。ふーん、まさか僕にも監視が付くなんて思わなかったよ」

おどけたようにオーバーなリアクションを取るかのように彼は両手を広げる。

「でも僕には監視なんて必要ないんじゃないかな? こんなにも組織に忠誠を尽くしてるのに」

「堂々と嘘を言ったわね」

「嘘なものか。ちゃんと僕は任務をこなして、上の人間とも仲良くやっているつもりなんだけどね」

持田は何も気に留めていないのか、飄飄とした態度。

しかし、禊は彼の反応を無視し、口を開いた。

「本当かしら?」

禊はいぶかしみを隠さないで、持田にらんだ。

「貴方はいつもそうやって煙に巻くような言動が目立つけど、本心はわからない。ハイエナのように何かを企んでる。貴方は組織にとって危険な対象なのかもね」

持田は何も答えることなくただ黙りこんでいるだけ。

「それに貴方は超能力者のクローンというレッテルまで貼ってある。過去の経緯が分かっていても、まだ謎の部分は捨てきれない。だから―」

「そんな話、僕にとってはどうでもいいことだよ」

持田は禊が言おうとしたことをさえぎった。

それは触れて欲しくないところ触られて我慢できないといった風に。

「僕にとっては任務をこなすことの方が大切だからね。組織が僕のことをそう思ったのならしょうがないさ」

彼は飄飄とした態度で言葉は発した。

しかし、持田が禊を見つめる瞳だけは鋭く、有無を言わせない強い意志が読み取れる。

「それに組織に入ったところで禊ちゃんには関係のないことだよ。あの時と同じようにね」

禊は何かを悟ったのか、大きく目を見開き、険しい表情をした。

「そんなことだから貴方は……」

禊は言葉を途中で止め、下唇を噛み、持田を睨んだ。

持田は何も言わず、彼女の瞳を見つめた。

二人は黙り、ただ秋の風の音がビュウビュウと聞こえるだけ。

禊は目線を斜めしたに落とす。

「こんな話は止めよう。これからは仲良くだ」

持田は苦笑いを浮かべ、言った。

「そうね。私が悪かったわ」

禊はそういうと踵を返した。

「もういくわ。後…、今日の二十時、本部でボスが待っているそうよ」

禊は振り返ることもなく、出口へと向かい、出て行った。

持田は一人、屋上に取り残される。

彼はフェンスに寄りかかり、ポケットから新しい棒状のものを取り出す。

口にくわえ、中身を吸うように息を肺へと送る。

空を仰ぐと秋にも関わらず、雲ひとつない晴天が視界に入る。

「はぁ…。本当に火がつけられたらいいのにな」

持田は一人寂しそうにつぶやいた

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