スプライト編 始まり2

それと同時にクローゼットが配置されている近くの壁が崩れ、部屋の中にガラガラという音が響く。

破壊された壁の破片が飛び、埃がその場所にだけ充満し白い煙が出ていた。

健人と轡はそちらを見た。

崩れた壁のところにたっていたのは二メートル以上もある筋骨隆々の大男。

健人たちは認識すると一瞬、固まった。

しかし、すぐさま健人は反応し我に戻り轡に対し、叫んだ。

「轡ちゃん、逃げるよ!」

「健人!」

轡は反応するとベットから離れ、健人に近づく。

その声に反応したのか大男は健人と轡の方向へと顔を向け、ゆっくりとブーツをはいた足を上げ踏み出した。

健人はすぐさま走りだし、入り口へと走る。

轡もそれに続き駆け出す。

入り口のドアを蹴り、振り返らずに走る。

「健人!」

「何?」

「何で戦わないの?」

走りながら轡は健人に質問をした。

「説明は後! 今は逃げるのが先決!」

健人は余裕がない状況で答えた。

轡はまた納得しない顔で口を閉じた。

彼らの後方では大男が部屋の壁を壊し追いかけ始めていた。

通路を走り、来た道を戻る。

息を切らせつつ、轡と健人は走る。

一つ目の通路を抜け、階段を下り、二階へと下りる。

「轡ちゃん! 奴は?」

「追いかけてるよ!」

轡は後ろを振り返り、大男の動向を確認。

大男は以前として健人たちを追いかけ、その足を止めることはない。

「轡ちゃん、先にロビーまで下りよう。それからだ」

健人と轡はそのまま階段を折り続ける。

彼は走りながら胸ポケットに入った無線機のボタンを押す。

「優ちゃん、聞こえるか?」

健人は走りながらマイクに叫ぶ。

「聞こえてる」

感情の見えない声が聞こえてきた。

「今、何処だ?」

「洋館の屋上」

「無事か? 守衛室はどうした?」

「敵の襲撃にあった。だから、指示があるまで屋上で待機してる」

「ジャンプはできる?」

「できない。ここはあまりに多くのことに干渉しすぎている」

優と呼ばれた少女がそういうと健人はマスクの下で苦い顔をした。

健人は走りながら、優と呼ぶ少女に早口で説明する。

「優ちゃん。状況が変わった。僕らは嵌められたらしい。目標の人物はいなかった。それにR‐TYPE002が僕らを標的にしてる。何かあったら先にこの場所から逃げてくれ」

「……。了解」

優と呼ばれた少女は一言つぶやき、通信は終了した。

健人と轡は階段を下り続け、館のロビーに当たる場所にたどりつく。

血よりも濃く見える赤い絨毯が万遍なく敷き詰められ、ここが宿泊場所に使われた名残が残っていた。

ロビーの先にある玄関へと急ぐ。

健人たちは必死で走るが大男の追走は速く、ただ歩いているだけでも威圧感がある。

彼は無線機を取りだすと周波数を変える。

「こちらフレイムα。本部、応答してくれ!」

『こちら本部―』

イヤホンから聞こえたのはかわいらしさと共に緊張感のない声だった。

しかし、健人は気にせず声を発した。

「今回の作戦は失敗だ! 標的はいなかった! あの情報は嘘だ。それに今、敵の追撃に遭ってる。至急、回収ヘリと応援を要請したい!」

三十秒ほど通信が止まり、すぐに返答が帰ってきた。

『了解。ヘリは十分ほどで着くよ。後はこちらの通信が来るまで待っててねー』

「わかった!」

通信を終えると、腕についていた時計のタイマーを設定する。

そして後ろを振り向いた。

ロビーの真ん中で大男の動向を確認するとすぐさま止まっていた足をけりだした。

向かうは大きな扉で閉ざされた玄関。

「健人!」

「なんだい、轡ちゃん?」

健人は息を切らせながら言った。

「アイツは一体、何者?」

轡は隣で走る健人に対し質問を投げかける。

「アイツはR‐TYPE002。通称ライノセラス。石村社が開発した対人用戦闘アンドロイドだ」

健人は急ぎながらも噛まないくらいの速度で説明した。

「アンドロイド? 食べられるの?」

轡はこの場に似合わないほどの緊張感のない質問をした。

「食べてみるかい? 腹壊すよ」

健人は轡の質問を軽く流すように返事すると、ベレッタを玄関の扉の取っ手の部分に向かい発砲。

乾いた枯れ木を折るような音がし、銃弾は扉に命中する。

 甲高い金属音が誰もいないロビーに反射する。

「轡ちゃん、あの扉を壊してくれ!」

健人が叫ぶと轡が反射的に反応する。

彼女は走りながら踏み出す足に力をこめ、扉に向かい一気に跳躍。

空中で体をひねり、アイススケートの選手のようにターンをする。

そのまま扉に飛び込むような形になるがそれは違っていた。

彼女は体が完全に扉の方に向く前に体をもう一度、反転させ足を扉に向かい伸展させる。

空中で後ろ回し蹴りの方法で扉を蹴った。

扉は彼女よりも大きく、三メートル以上はある。

しかし、扉は元から軽かったかと思うほど外に向かい轟音と共に吹き飛び、轡はそのまま外へと飛び出す。

しかし、健人はまだ館内にいた。

後ろではライノセラスと呼ばれたアンドロイドが健人へと徐々に距離をつめていた。

健人は走っているのにもかかわらず、距離は十メートルもなかった。

ライノセラスは完全に健人を標的として捉えていた。

しかし、健人は場慣れしているからなのか、焦ることはなかった。

走りながら、腰のベルトに取り付けていた一つのポーチに手を掛ける。

ポーチから一つのスタングレネードを取り出す。

そしてピンを抜き、ライノセラスの方へと投げた。

館のそとで待っていた轡に対し、叫んだ。

「轡ちゃん、目を瞑れ!」

キンという音と共に空中で安全装置がはずれ、次の瞬間に爆発し、閃光と甲高い音がホール全体を包み込む。

健人は振り返ることなく、玄関の方へと走る。

彼は館の外に出ると目をふさいでいた轡を抱え、館の敷地内にある木々の茂みのほう足を向ける。

振り返り、ライノセラスのほうを見てみると巨体の姿が追いかけてはいなかった。

健人は走りながら考えていた。

今、健人たちを追ってきたライノセラスは第二世代型と呼ばれ、第一世代をより実戦に配備できるようにした物だった。

人工知能を搭載したアンドロイドでも音を感じるセンサーに対して何かしらの障害を加えれば少しは動きが止まると判断した。

彼の判断は正しく、破壊するまでに至らなくとも足止めという結果を生み出した。

館の前は噴水、手入れされた花壇があり、そこから数歩先は木々が生い茂るだけだった。

健人と轡はそのまま茂みの奥へと入り、二人は身をかがめた。

「健人、何で戦わないの?」

轡は不満そうに言った。

健人はあわてたように轡の口に手を当てる。

「静かに! まだライノセラスがいるんだから!」

彼は小声で轡にそういうと深いため息を漏らした。

「じゃあ、戦って壊してバラバラにしようよ!」

「だから、声が大きいって! いいかい。確かに本来の姿でなら轡ちゃんでもアイツは倒せるかもしれない。でも今日は轡ちゃんは専用のパワードスーツを着ていないだろう」

轡はそれを聞くと不満そうに口を尖らせてつぶやいた。

「だってボスが今日は簡単なお仕事だからスーツは必要ないって言ったんだもん」

「そうだろう。だからアイツとは戦えないの」

健人はそう言い聞かせると茂みから頭を出した。

館からは健人たちがいるところまで百メートル以上はなれている。

けれどすでに機能が回復したのかライノセラスは動きだし、館の外に出ていた。

ライノセラスはあたりを見回し、明らかに何かを探す仕草をしていた。

「くっそ! 厄介なことになった」

健人は小声で悪態をつくと黙った。

隣を見ると轡はボッーとし、ただ茂みに身を任せているだけだった。

本当に気楽でいいなと健人は呆れるように心の中で吐き捨てた。

「優ちゃん、応答してくれ」

健人はできる限りあたりに音が響かないくらい声で言った。

『こちらから貴方の姿が確認できる』

ノイズと共に優と呼ばれた少女の声が聞こえる。

健人は双眼鏡を取り出すと館の屋上を見る。

屋上には肉眼ではギリギリで見えない物影に隠れ、小柄な体躯に不釣合いで彼女の体の半分近くある狙撃専用のライフルを構え、取り付けられたスコープを覗いていた。

照準はライノセラスにむいていた。

『あの動いている機械が身に着けているのは?』

「多分、あのコートは防弾効果に加えて耐熱素材のコートだろうね」

『……そう。 狙撃して四肢を壊す?』

健人は彼らを捜すライノセラスを一瞥する。

「止めておいたほうがいい。あのデカブツに優ちゃんのPSG‐1は有効的じゃない。それにアイツのシリコンで覆われた金属でできた骨格は戦車の装甲を壊すほどの対物ライフルがなければ撃ちぬくことはできないよ」

『……』

「だから、今は手を出さないほうが身のためだ。本部に連絡したらヘリ到着まで十分ほどだって言っていた。それに応援も五分後に来るはずだ」

『了解』

彼女は感情の一切見えない声で言った。

 健人は思った。

こんな事態になるのならば慎重に装備を整えておけばよかったと。

(誰が長い任務じゃないから簡単な兵装でいいよだ)

心の中で毒づきながら体を少し起こし、茂みから顔を出す。

彼の視界には館が見えるがライノセラスの姿は完全に見えなくなっていた。

(館の後ろに回ったのか…?)

健人は一つ息を吐き、茂みに体を預けようとしたそのときだった。

木々をふみ、ブーツの重い音がすぐ近くでし、健人はまさかと思い、後ろを振り向く。

すると木々の間、五メートルほど離れた場所に大男がこちらに顔を向け立っていた。

「クソっ!」

健人は悪態をつくとすぐさま立ち上がりライノセラスに向けベレッタを構え、引き金を引いた。

それにびっくりしたのか健人の隣にいた轡は反応し、後ろを振り向く。

発砲音がし、ベレッタの銃弾がライノセラスに当たる。

しかし、巨体は身じろぎ一つしない。

それどころか徐々に健人たちのほうへと足を一歩ずつ歩いていく。

十五発撃ち、弾が切れる。

(やっぱり、効かないか)

健人はすぐに空になったマガジンをベレッタからはずし、スムーズに弾のこめられたマガジンを装填する。

「轡ちゃん、こっちだ」

「健人!」

轡と健人は走り出した。

何でばれた?

健人は頭の中で必死に整理した。

 すぐにライノセラスが健人たちのことを気がついた原因を理解した。

無線機の電波。

ライノセラスは微弱な電波を傍受し、そこに対象がいることがわかった。

しかし、健人はすぐに頭を切り替えた。

今の状況で何をすべきなのかを考える。

彼が頭をフル回転させ、ライノセラスから離れようとしたときだった。

ライノセラスは腕を健人たち向かい挙上させる。

すると前腕の手の甲側からジャコッという音と共に円形上の筒が飛び出した。

健人たちに狙いを定めると筒から何かが飛び出した。

ポンという音が響き、健人は振り返る。

「グッ、グレネード!」

次の瞬間、健人と轡から五メートル離れた場所が爆発した。

爆風が健人たちを襲い掛かり、二人は横に吹き飛び、地面を転がる。

コンクリートの粉塵が吹き飛び健人たちの頭に降りかかる。

「クソ! こんなことになるんだったら手榴弾でも持ってくればよかった!」

健人はすぐに立ち上がり、轡の腕を引く。

「健人! 戦おうよ!」

轡は手を引かれながらライノセラスを見ていた。

「僕もそうしたいところなんだよ!」

健人は走りながら必死で轡に返答した。

ライノセラスはもう一度、健人たちに向け、腕についたグレネードを発射する。

健人と轡は必死で走り、当たらないようにジグザグに走る。

館の前の広場は戦場と化していた。

健人は走りながら、腕時計を見た。

 先ほど本部にヘリの要請をしてから約五分経過していた。

(後五分ほどか……。それまで持ちこたえられるか?)

彼は必死で頭の中で考えた。

ライノセラスのグレネードの砲撃をくぐりぬけながら健人は轡の手を引きながら、屋敷の方向へと走る。

しかし、彼らは屋敷まで五メートルに満たないところで足を止める。

視界に先ほど倒したばかりの黒い服の警備員が数名こちらに向かってくるのがわかった。

「なんてこった!」

健人は叫んだ!

彼らは屋敷の中に逃げ込もうとしていたがそれは完全に不可能になった。

 進めば、黒服の警備員が武装し、こちらを狙う。

退けば兵器を搭載したアンドロイドがいる。

健人は必死で悩んだ。

完全に退路は絶たれ、彼には選択の余地がなくなり、彼は決断した。

「轡ちゃん!」

健人は轡の手を完全に離すと彼女の名前を呼んだ。

「何、健人?」

轡は完全にのんびりとした表情をし、健人につかまれていた腕をさすりながら言った。

「僕が責任を取る。だからほんの少しの間、わずかな力でいいから戦ってくれ」

「いいの!?」

「許可は取ってないけど、やってくれ。だからライノセラス。奴を食い止めてくれ!」

「わかった!」

轡は年相応の屈託のない笑顔で答えた。

そしてライノセラスのほうに体を向ける。

「後で、アイス、買ってね!」

「好きなもの、買ってあげるよ。ハーゲンダッツ以外ならね!」

健人は轡に返事をしながら屋敷から出てきた黒服の男に向かい、ベレッタを発砲した。

彼はすぐさま走り出し、立て続けにベレッタを発砲する。

薬莢が地面に落ち、跳ね返る音がした。

健人はすぐに走り出した。

それに続いて黒服たちも健人に向かい走る。

「優ちゃん、援護を頼む!」

健人は屋上で待機している優と呼んだ少女に無線で呼びかける。

戦闘をしながら彼の耳に一言だけ、ノイズに混じり聞こえた。

「了解」

そう聞こえた数秒後には黒服の一人の額に空洞が開き、地面に倒れた。

屋上では待機していた少女がPSG‐1、狙撃銃を黒服に向け照準を合わせていた。

「やるぅ。優ちゃん!」

健人は軽くつぶやくとまたベレッタの引き金を引いた。


轡は苦戦していた。

彼女に襲い掛かる巨体の攻撃を紙一重のところでかわし続けていた。

「なんだよ、コイツ? 以外と速い」

轡は口では大変そうといいつつ、彼女は楽しんでいた。

彼女の後方では健人たちが武装した黒服と戦闘を展開していた。

しかし、轡はそんなことは眼中になかった。

 目の前の敵に対し、どう倒そうか考えていた。

そんな彼女にライノセラスは巨体に似使わないスピードで轡に攻撃を仕掛ける。

ライノセラスは太い腕をかなりの速さで振る。

攻撃に当たれば巨木が猛スピードで体にあたったのとなんら変わりはなく、当たればひとたまりもないだろう。

それに一方的な攻めで、轡はただ交わし続けるだけ。

(これじゃ、終わらないし、アイスも食べられない)

轡はそう考え、ライノセラスの攻撃をよけると殺戮だけを目的とした機械から距離を取る。

「パワースーツないけど少しだけ、遊ぼうか!」

彼女は体を前に丸め、両手を地面に付く。

まるで威嚇する猫のような姿になる。

「ハアァァァァァァ!」

くぐもった、嘔吐にも似たような息を吐き、全身をビクンと痙攣させる。

「んっ……。はぁぁ。んんっ」

体をよじらせ、悶えたような動きをする。

彼女の額から二本の角が皮膚を破り、空に突き出るように生える。

額だけでなく小柄だった少女の体は内側から盛り上がるように、大きくなる。

大きさはライノセラスと変わらない、優に三メートル近くあった。

対峙するライノセラスは警戒しながらも彼女の動向を見ていた。

そして轡は顔を上げライノセラスを見つめる。

彼女の顔は少女のそれでなく、まったく別の獣の顔になった。

轡と呼ばれた少女の面影はなく一言で化け物、あるいは鬼と呼ぶにふさわしい姿になった。

「ガァァァァァァァァ!」

少女だったそれはライノセラスに向かい咆える。

ライノセラスはうろたえることも、怯えることもない。

ただジッと轡だったそれを真正面から見つめていた。

ピリピリとした空気が流れる、前に動きだしたのは轡だった。

その場から跳躍するとライノセラスに向かい、蹴りを繰り出す。

ライノセラスは反応する前に吹き飛び、中庭にあった噴水に激突し轟音を上げ、噴煙が立ち上る。

変化した轡は機械が反応できない速度で動いていた。

噴水は壊れ、水が間欠泉のように吹き出る。

しかし、機械の体にはそれは支障がなく、ただ淡々とライノセラスは立ち上がる。

そしてライノセラスは一瞥するとそのまま轡に突っ込む。

轡は身をよじるどころか身じろぎ一つせず、真正面からぶつかった。

重たいものが落ちるような音が中庭に響く。

 ライノセラスと轡は互いに取っ組み合いの状態になる。

轡は足に力をこめる。

地面のコンクリートはへこみ、彼女の足の形をする。

「飛んでけ!」

少女の高い声ではなくくぐもった低い声で叫ぶ。

轡は力を抜き、そのままライノセラスに押し倒されるような形になる。

しかし、轡は抵抗しないわけでなく柔道の巴投げのように腕をつかんだまま足をライノセラスの腹部に当て蹴り上げる。

ライノセラスは空中に飛び、地面に叩きつけられ地響きにも似た振動が起きる。

すぐに巨体の方向に向く轡。

凹んだ地面から起き上がるライノセラス。

両者、もう一度、睨みあうように対峙する。

今度はライノセラスが先手を打った。

巨体はすばやく移動すると轡の腕をつかみ、引っ張る。

轡はそれに抵抗しようと腕に力をこめるがそれは意味を成さない。

ライノセラスは変化した轡を手につかんだまま投げ飛ばす。

「うあわ!」

轡は空中に浮く。

彼女は腕を掴まれたまま地面に叩きつけられる。

ライノセラスは轡に起き上がる隙を与えず、彼女の胴体に拳を叩き込む。

轡は抵抗しようとするが何度も殴られ続け、動かなくなった。

ライノセラスは轡から目を離し、健人たちの方向に向く。

機械のモニターには生体反応がなく警戒を解こうとした瞬間だった。

 突然、巨体の顔面に銃弾が当たった。

ライノセラスは完全にその方向に向いた。

 巨体にむけ銃を撃ったのは健人だった。

健人が戦闘を行なっていた場所には黒服をまとった警備員たちが倒れていた。

轡と戦っている最中に決着がついていたのかすでに優の銃口もライノセラスにむいていた。

 健人はベレッタの銃口をライノセラスの顔に向ける。

そしてもう一度、引き金を引いた。

巨体の顔面に辺り、別の方向に兆弾する。

ライノセラスの顔面を覆っていたシリコン素材の皮膚はボロボロになり下の、金属部分が見えていた。

皮膚の下の金属は銀色に光り、一切の汚れが見えない。

ライノセラスはそのまま、健人の方に歩みよる。

「優ちゃん」

 健人は屋上で構えている優に対し無線で伝えた。

一瞬、ライノセラスは見えない何かに当たったかのように動きが遅くなった。

優と呼ばれた少女が構えるライフルから放たれた銃弾に当たった為である。

しかし、ライノセラスは何事もなかったかのように健人たちに向かっていく。

 「優ちゃん、全弾、撃ちつくしてもいい! 奴の膝の部分に打ち込め!」

健人はベレッタの引き金を引きながら無線に叫んだ。

するとライノセラスの右膝の辺りに優の放った銃弾が当たり、動きが遅くなる。

それでも歩みは止まらない。

健人も必死で合金でできた巨体の足を狙い、撃ち続ける。

ライノセラスは止まることなく、健人との距離を縮めていく。

「やっぱり、無理があるかな!」

そうつぶやいた瞬間、健人は視界の端に何かを見た。

そして無線で優に対し、叫んだ。

「優ちゃん、待て!」

彼が叫ぶのと同時にライノセラスの動きが止まる。

ライノセラスは何事かと首を回す。

「よくもさっきはやってくれたな!」

ライノセラスの後ろから胴体に腕を回し、しがみつく轡の姿。

「轡ちゃん!」

轡は必死で振り払おうとするライノセラスの胴体をしっかりと自分の体に寄せる。

「お返しだ!」

くぐもった低い声で叫ぶ。

轡はライノセラスを掴んだまま、持ち上げる。

そしてそのまま後ろに倒れるようにしてのけぞる。

プロレスで言うバックドロップをかけた。

 重たい落下物の衝撃音と共に、地面が揺れる。

すぐに轡は起き上がり、健人の場所に移動する。

「大丈夫だったかい、轡ちゃん?」

「大丈夫。少し気を失ったけど」

轡は悔しそうに答えた。

健人たちはすぐにライノセラスのほうを見る。

またライノセラスは起き上がっていた。

それは健人たちにとって恐怖する相手にふさわしかった。

「マジかよ……。少しはダメージってものを負わないのかね」

健人はため息を吐き、すぐにベレッタを構えなおす。

轡も警戒し、上半身を低くする。

 警戒した二人の予想に反し、ライノセラスは速い動きで攻撃を仕掛けてきた。

 「「なっ!」」

健人と轡は反射的に横に飛んだ。

二人がいた場所は地面がへこみ、ライノセラス自体の威力の高さを物語っていた。

ライノセラスのモニターには轡と健人、そして屋上の優に照準を当てる。

次の瞬間、ライノセラスは両腕を上げる。

機械が動く音がすると共に右腕からはマシンガン、左はグレネードを出現させた。

「マジかよ!」

健人と轡は大きすぎるほどのリアクションをし、間髪いれずに走りだした。

次の瞬間には二人に対してマシンガンは火を噴き、グレネードは屋上に向かい放たれた。

数秒後、優がいるであろう屋上の一角が爆発した。

「優ちゃん!」

健人はマシンガンの射程範囲から離れつつ、屋上を向く。

しかし、マシンガンだけでなく、グレネードによる砲撃も健人たちに向けられた。

すぐにライノセラスの近くから離れる健人。

「優ちゃん! 応答しろ!」

健人は取り乱すことはないが焦りの色が見える表情をマスクの下でしていた。

彼の近くが閃光を放ち、爆風と塵が飛んでくる。

「優ちゃん!」

「だ…じょう…ぶ」

健人の耳に無線機を伝い、ノイズと共に優の声が聞こえた。

「よかった……」

彼は安心したかのように言う。

「健人! 後ろ!」

轡の叫ぶ声が聞こえる。一秒も立たずに反応し、後ろを向く。

ライノセラスが健人に向かい、飛び込んでくるのを一瞬で理解した。

健人は脊髄を返さない反応速度でバック転をする。

合金で出来た巨体の拳が健人の頭があった場所を空振りする。

一撃だけではライノセラスの攻撃はやまない。

健人は状態を保たせながら紙一重のところで攻撃をかわす。

「健人!」

轡はすぐさま彼の方へと駆け出す。

しかし、健人に攻撃を仕掛けつつ、ライノセラスは彼女に向かい、マシンガンを放つ。

「うわっ!」

 轡は踏みとどまり、ジャンプし弾の軌道から離れる。

健人は攻撃をかわしつつ、ベレッタでライノセラスの腕に付いたマシンガンを狙う。

 ライノセラスの動きは速く、照準を合わせることが出来ず銃弾は外れる。

そして、健人のベレッタは弾が切れ、最後のマガジンも空になった。

「轡ちゃん!」

苦し紛れで健人は思いっきり叫ぶ。

轡は反応し、ライノセラスへ向かい、ジャンプした。

ライノセラスは健人の声に反応し、轡の方向へと体を向ける。

しかし、轡の方が速く、巨体の腕を両腕で掴むと砲丸投げの選手のような動きで巨体を分投げる。

ライノセラスはマシンガンを発射したまま、空中に投げ飛ばされる。

轡は動きを止めることなく、ライノセラスへと向かい、跳躍した。

彼女は巨体よりも高く飛び、そのまま重力に抵抗することなく落下する。

蹴りを繰り出したまま、轡はライノセラスの上に立ったまま乗っかるような状態になった。

彼女の体は加速させた百キロ以上もある砲弾と破壊力を持っていた。

「おりゃあああああああああ!」

そしてライノセラスの背中が地面につき、轟音が響く。

地面は健人に伝わるほど震動し、粉塵が立ち込める。

健人は目を凝らし、ライノセラスと轡が落下した場所に視線をやる。

すると立ち込める粉塵の中から轡が飛び出し、健人の近くに着地した。

「轡ちゃん! どうだい」

「わかんない」

視界を隠すほど濃かった粉塵は数分もしないうちに薄くなり状態がわかる。

薄い粉塵の中に巨体の影が見えていた。

「タフなのは本当みたいだね」

健人はつぶやく。

ライノセラスは腹部の辺りに損傷を負い、少しフラフラと体が横に揺れていた。

「ダメージは負っているのは確かだけどまだ機能停止には至らないか」

「どうするの、健人?」

轡が横で質問すると同時にライノセラスは彼らに向かい、右手のマシンガンを向けた。

ガシャッという音が響く。

健人たちは身構える。

しかし、健人の耳に通信が入る。

「大丈夫」

銃口が完全に健人たちに向いた瞬間、ライノセラスの腕が突然、爆発した。

そして巨体全身を炎が包み、その場に倒れた。

一瞬、健人と轡は何が起きたのか理解できなかったがすぐにわかった。

ライノセラスの腕に付いたマシンガンを優が狙撃したということを。

「優ちゃん!」

 健人は優の名前を無線機越しで呼んだ。

「安心するのはまだ早い」

優がそういうと共に健人はライノセラスのほうをむいた。

ライノセラスの全身を覆っていたシリコン製の人口皮膚は焼けただれ、その下にあった金属の骨格を見せていた。

合金で出来た顔は人間の頭蓋骨をそのまま金属にしたかのようで死神を彷彿させる。

「まだまだってことか」

彼は腕時計を見る。

ヘリの到着時刻まであと二分ほど。

しかし、あたりはライノセラスを燃やした炎の燃える音以外なく、静けさに包まれていた。

一向に助けがくるとは思えない状況だった。

(ヘリは来ないのか…)

健人は奥歯をかみ締め、太もものところに収められていたナイフを取り出す。

そしてポケットからオイルを出し、ナイフにかける。

「もう手段はないってことかい!」彼はナイフを別の手で掴む。

するとオイルをかけたナイフは燃え上がり、瞬く間に火に包まれる。

「いくぞ!」健人と轡がかまえ、決死の覚悟で走ろうとした瞬間だった。

《遅くなったね! フレイム!》

何処からともなく拡声器をつかった耳を劈くような大声が聞こえた。

「な、何だ?」

健人が空を見上げた瞬間だった。

空を裂くようにヘリが何処からともなく出現し、ヘリのプロペラ音が静けさを消し去る。

「あれはカリンだ!」

健人は嬉しそうに叫びながらヘリを見上げる。

操縦席には髪を赤く染め、その髪を一つに束ねた二十歳前後の女性が座っていた。

轡と健人はプロペラの風圧に負けないように身をかがめながらライノセラスを見る。

ライノセラスはヘリに向かい、グレネードを撃とうとしていた。

「カリン、危ない!」

健人は叫んだ。

《大丈夫よ!》

スピーカーを通してカリンは叫んだ。

カリンと呼ばれた女性は操縦桿を目一杯横に倒し、グレネードの発射位置から離れ、ライノセラスに向き直る。そしてカリンは操縦桿のトリガーを引いた。

ヘリの両翼に付いた二門のガトリングガンがライノセラスに向かい火を噴いた。

ドリルで穴を掘るような音が木霊する。

ライノセラスがヘリに向かいロックオンを仕掛けたときには弾が発射され、五センチ以上もある弾丸がライノセラスの体を貫いていく。

合金で出来た骨格はいとも簡単に穴が開く。

「無茶苦茶だな!」

健人は光景を見て叫んだ。

ライノセラスはなす術もなく、機能停止し、その場に崩れた。

《ヒャーハー! 見た、健人! これが私の腕前!》

カリンはスピーカー越しに叫んだ。

「聞こえてるよ、馬鹿!」

健人はヘリのローター音に負けないように彼は叫び、微笑んだ。

カリンは無線機に告げた。

「こちらローズ2。目標を発見。あたりに残存した勢力がいないか、確認を求む」

数秒後、通信機に応答がある。

『こちら本部、了解した。すぐに応援を送る』

通信が終わると何処からともなく、ワープしてきたかのように武装した集団が現れた。

武装集団は健人を確認すると無線機に応答を始めた。

何人かは屋敷の方に向かい、敵の残存勢力の有無を確認し始めた。

健人はヘリの操縦席を見る。

カリンと目が合い、彼女は健人に親指を立て笑った。

そしてヘリは方向を変え、少し離れた場所に進み着陸した。

「終わった…」

健人の後ろでポツリと感情のない声が聞こえた。

彼は振り向くとそこには優と呼ばれた少女が狙撃銃を抱きかかえ立っていた。

「無事だったかい」

「何とか」

優はつぶやくとヘリの方向を眺め黙った。

「健人、本当にアイスを買ってくれるの?」

いつの間にか少女の姿に戻っていた轡はその場にへたり込み、健人を睨むように言った。

「帰ったらね」健人はため息をつくように言い、手に持ったナイフを見た。

いつの間にか炎は消え去り、煤がナイフの刀身についていた。

「しょうがないか……」

健人はナイフを見つめ、つぶやき、被っていたマスクとゴーグルを取った。

髪は金色に染められ、優男のような顔立ちに見えるが、獣が獲物を捉えたような眼光は鋭い。

持田健人は汗を拭い、ナイフを腰にしまう。

 そして夜空を仰ぎ、大きく息を吸った。

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