19話 ……お前、やっぱりひねくれてる……

 どかりと椅子に座り直したステラが、相変わらず土下座の姿勢を俺とフェリシアに向けて一息の嘆息を漏らす。


「しっかし……このアタシを出し抜いて自分の利害の為に異界人を連れ出すたぁいい度胸だよフェリシア。それにお前」


 冷たい声音が俺に向いた事がわかる。


「お前はわかっちゃいない。お前のその魂は異界で死んで消滅するはずだったんだ。そんなお前を見付けて救って、こうして動いて喋れる姿にまでしてやったのは誰?……アタシだよ、異界人」


 なにも知らない子供に言い聞かせるゆっくりとして、それでいて突き刺す様な口調。ステラはこう言いたいのだ。、と。実際俺は自分がマンホールに落ちて不様ぶざまにも死んでしまった事を理解している。だが、その先に起こったこの世界フェスティリアでの出来事に関していうと、まったく理解が追い付いていないのだ。高圧的に恩を押し付けられても鵜呑みに出来るはずもない。


「マッタク、ソノトオリデゴザイマス」


「ああごめん、術式が動いたままだった」


 ステラのその一言のあと、体を縛っていた重さが消えて俺はステラに頭を上げる事が出来た。


「…………」


 同じように縛りが解けたのか額を地面に擦り付ける事を止めたフェリシアだったが、土下座の姿勢は崩さない。いや、崩せないのだう。ステラとフェリシアの主従関係を察するところ、ほとんど奴隷に近い扱いといえるフェリシアの立場の弱さがそうさせるのだろうか。


「……一つ言っておくが……俺は異界人でもウッサーでもない。れっきとした人間、柊木柊人ひいらぎしゅうとだ」


「そんなナリで、人間?……もしかしてお前、まだ自分を楽観視してるんじゃないの?例えば、魔法の概念が存在するこの世界フェスティリアで、元の体に戻れるとか、異界に戻れるとか。──不可逆って言葉、知ってる?」


「言われればそんな可能性もあるのかって思う部分もあるがな。生憎とこれでも現実主義者リアリストなんだよ、俺は。このぬいぐるみも受け止めてるし、日本に戻れるなんてのも考えてない。今俺が欲しいのは、俺の置かれた立場の情報だな」


「へぇ~~、お前は特別なのかな?今まで転生させたやつらはこぞって精神がぶっ壊れてばかりだったのに。“死”を体験した精神がまともな思考を維持出来るなんて一種、術式魔法みたいなもんじゃん。ふーん」


「……なんとなく嫌な予感はしているが……あのぬいぐるみ達は、俺と同じ境遇のやつらって事か……?」


 思い出すのは世界フェスティリアで最初に見た、おぞましい光景。部屋の扉の向こうから聞こえた呻き声と……ゾンビにも似た動きをした様々な種類の動物を型取った俺と同じ、ぬいぐるみ達の姿。予感と言うよりは確信に近かった。彼ら、もしくは彼女らは、俺の世界から連れて来られた同郷どうきょうの隣人なのだ。そう思わせるだけの材料は揃いに揃っていた。


「だったら、どうする?」


 細めた目付きで俺を計る様に見下すステラは、悪びれもしないではっきりと断言する。


「……悪趣味な上に道理に反してやがる。察するに、お前、あいつらを……」


「うん。燃やして捨てた。本来ならそんなゴミ捨て役、そこの駄目エルフの仕事なのにわざわざアタシがやってやったんだ。かったるいたらありゃしない」


「お前……!」


 なにを言っているのかこのガキは。あのぬいぐるみ達の中身が俺と同じ世界の住人だと肯定した上で、燃やした?燃やしたらどうなるというのか。この、魂だけの仮初めの体を失った者達の行き着く所とは一体どこになるのか。


「あんまりさぁ、怒んないでよウッサー。この場はお前の言った通りに“情報”を与えてやってる訳、わかる?それにそもそも、アタシ達が捕まえて転生させたやつらなんて、死者の魂だけだっつーの。ここで燃やしてもどうせ“世界の狭間”を揺蕩うだけだし、それはどこで死んでも同じことだし」


「……俺にも自分が死んじまった実感はある。だがよ、だからってよ、そんなやつらを集めて使えなかったらまた殺すって、お前は」


「酷い、人でなし、って思う?アタシの事」


「ああ思うよ。道理は通ってないだろうが。お前がやってる事は、人間事じゃねぇ」


「そう。じゃあ」


 すとんと椅子から軽快に降り立ったステラは、絨毯に座る俺の頭を当たり前の様に鷲掴みにすると、自分の目線の高さまで持ち上げてその瞳を俺のガラス玉の黒に映し込ませて、



また気長に待てば良い。じゃあね、ウッサー」



 沸き立つ桜色の光る文字列が彼女を取り巻き始める。暴風の様な気流と威力を伴った文字列は、ガタガタと窓枠を揺らしてその内包するモノの大きさを案じさせる。


「すっ、ステラ様!!」


 その激しさに思わず顔を上げたフェリシアが、冷や汗を流しながら絶叫に近い声音で叫ぶ。実際一歩引いた体裁を繕っているものの、ふわりふわりとフェリシアから舞う群青色の光が文字列の破片となって形作られているところを見ると、彼女なりに抵抗をしようとしているようだった。


「……情でも移ったか、フェリシア・ヴァルトルート」


 さげずむ様なステラの視線を受けてびくりと肩を震わせたフェリシアだったが、それでも文字列の光は鈍らない。むしろ徐々にその勢いを強めて桜色の文字列と拮抗し、押し返す勢いで群青色の光を輝かせる。


「す、すみませんステラ様……でも、でもっ!シュートは、悪い人じゃありません!そんな子供のワガママみたいな理由で……あっ」


「………………………………………………」


 細く細くほそーく。ステラの童顔に二つ付いたつぶらな瞳が、その黒目が見えなくなるんじゃないかと思わせるくらいに細まって。


「ひっ、ひゃぁっ~~~~~!」


 悲鳴を上げつつ、濁流と言っていいほどの膨大な群青色の文字列を最大限にまで放出し始めたフェリシアの泣き顔に向けて、ステラはゆっくりと口を開いた。


「ぶっ!あははははははははははっ!」


「え?」


 堪えきれない、といった風なステラの笑い声がフェリシアの緊張感と危機感を一気に吹き飛ばして表情を困惑に変える。鷲掴みにされたままの俺も思わず窺う視線でステラを見てしまう。キレ過ぎて、一周回って逆に笑っているのではないかと。それくらい、場違いなタイミングの笑い声がステラから出てくる。


「なんだ、フェリシア、冗談だよ冗談。っていうかお前、変わったね」


「えっえ……?」


 ぺたんと座り込んだフェリシアは、茫然自失といった風にへたりこんでしまう。


「ここまで来るのに、一体何年かかったと思ってるの。お前の歳を倍にしても足りないよ。簡単に終わらせてやるもんか」


「あっ……えぇ……はぁ……」


 自分を落ち着かせる嘆息を口の端から漏らしながら天井を仰ぎ見たフェリシア。俺が言ったら上手いシャレにもならないが、まさに魂が抜ける程の覚悟を持って彼女は立ち上がってステラに挑んでくれたのであろう。彼女はそれだけの気持ちを俺に向けてくれていたのだ。


「それで、ウッサー。アタシが生み出したお前は、問答無用でこの世界フェスティリアで生き続けなきゃいけなくなったね。アタシを否定しても術式魔法で縛ってやるし、フェリシアもお前の死を望んじゃいない。こりゃ八方塞がりってやつじゃない?……逃げられないよ」


 静かに消えていく文字列達の舞う部屋の中で、真顔に近い真剣な表情のステラが現れる。もとよりこの異世界で生きてやるとは決めていたが、こうしてまた、前世日本の様に誰かやルールに縛られる事になろうとは。俺の運命はどこに行っても、ぬいぐるみに成っても、変わらないのかもしれない。……しがないサラリーマンの宿命か。だが、それでも。


「悪いが俺もじゃねぇ。俺を人扱いしてるのは、どっちだクソガキ?言葉には気を付けろよ。──俺はうさぎのぬいぐるみ、ウッサーだ」



 まわりに、状況に流されるのは駄目だ。少しでも、少しずつでも、自分の意思を加えていかないと、この異世界でも俺はサラリーマンになってしまう。だからこそ俺はそう宣言した。例えそれが明らかな強者を前にした今であっても、だ。



「……お前、やっぱりひねくれてる……」



 ざまあみろバカヤロー。


 少なくとも、がきんちょ相手に譲歩するほど、俺は甘くないんだよ。


 大人、舐めんな。


 

 天邪鬼あまのじゃくとも言えよう。引きつった表情のステラに向けて強気に発言する事にちょっとばかり快感を覚えているのを知った俺は、それが本来の自分の性格なのだろうと思う。


 案外と俺は言いたい事は言う人間だったのだ。それも、上司に一歩も引かない扱いずらいタイプの。なんで今までの世界ではそんな気持ちを流して押さえて非凡に足並みを揃えて生きてきたのだろう、自分でも不思議だ。


 


 ──ちりちりと胸に燻る使命感とも言える衝動が、俺の中で静かに火を灯し始めていく。




 

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