14話 ありがとう、柊人。やっぱり貴方は、私の騎士なのかもしれないね。
──薄暗い屋敷の庭に、灰茶色の文字列を纏う青年が二人。
一人はスコットとか呼ばれていた細身で童顔な、いけ好かない台詞を吐きまくる
もう一人はウェルチと呼ばれた恰幅の良いそばかすだらけの弱気そうな
……問題無い。こう見えても俺はヤツらの倍の人生を生きているはずだ。考えで上手を取るのは造作も無いし、ほぼ不死身の俺の
(思い出せ。白髪のオッサンをぶち殴った時を。俺には、俺の知らない何かがある。ひとまずは)
振り向いた俺は、薄い煤にまみれながら未だにへたり込むフェリシアに叫ぶ。
「フェリシア!走るぞ!あれ!出せるな!?」
「えっ!えぇ!?」
戸惑うフェリシアの声音を置き去りにして、俺はスコットとウェルチの間を縫う様に走り出した。無論、二人の視線は俺に集まり体勢が変わる。
「こ、の、逃がすかよ!」
スコットが振り上げた杖に、灰茶の光が溢れ出したのを見て、俺は──絶叫した。
「馬鹿野郎!あの、眩しいヤツだよ!早く、出せ!」
「あっ──!──照して尽くせ!!」
瞬間、フェリシアを包む様に群青色の光の文字列が大きく猛る。それは今まさに俺へと照準を定めていたスコットのソレよりも速く、輝きも強く、形となって荒れ狂う。
「『
「こっちだ!屋敷に走れーーーー!!」
フェリシアの杖に集束した文字列は、群青色の爆発的な光の放射となって弾けて輝く。先程のスコットの光とは違い熱量を持たない光は、しかしそれ以上の光度と威力を持って夜闇を消し飛ばして、炸裂した。
「うわぁ!わ、わ、わ、わーーー!?」
「くっ────!?」
ウェルチの間の抜けた驚嘆とスコットの歯ぎしりするような台詞を聞くに、目眩ましにはなっているらしい。もちろん俺も光源に背を向けてはいるが、ほぼ視界はゼロに等しい。それでも何となくの方向感覚で屋敷の玄関へと向かおうとして──。
「行くよ、シュート!」
ひょい、とフェリシアに広い上げられてその肩に掴まった。
「 見えるのか?この光の中で?」
「当たり前だよ!術者まで喰らっていたんじゃ意味無いでしょ!……見えるのは薄っすらとだけなんだけど」
「ああ?何か言ったか?」
「な、なにも!屋敷に入れば良い!?」
「そうだ、そのまま突っ走れ!とにかく一旦隠れるぞ!」
「わかった!」
フェリシアの頭に張り付く様にくっついた俺は、ザリザリとした髪の焦げ跡と血のねっとりとした感触を感じる。視界を奪われていても、この栗毛色の頭や全身が今、
二人の兄弟が網膜の焼き付きから徐々に解放された頃、夜の帳に包まれた庭先に、一人のエルフと一体のぬいぐるみの姿はもう無かった。
「……逃げられると思うなよ」
スコットは声音が行った屋敷の玄関を睨み付け、そこに入ったという事が敵前逃亡ではなく、自分達への挑発、挑戦行為だと認識して手に持つ杖を握り締める。
「やれやれ……」
そんな兄の鬼の様な形相に、溜め息混じりの台詞を吐いたウェルチは、肩を
────────────────────
──長くだだっ広い廊下を駆けながら、フェリシアはもぞもぞとしていた。
「なんだ?どうしたフェリシア?」
「えっ、いやなんでも……」
先程から走りずらそうに服を掴んでは引っ張り上げているような気がするが……なるほど、そうか。
「この辺でいいだろ。二階には階段から上がれねえし……適当な部屋に入って着替えろよ」
「う、うん……」
俯いて目を落とすフェリシアの出で立ちは一言に言って、悲惨。身に纏う衣服は所々が焼け落ち、腰まであった栗毛色の髪は、熱で炙られ逆立った箇所や燃えて千切れた部分もある。女性の尊厳としては大事なところはギリギリ隠れているものの、ほとんど水着に近い格好となってしまっているその姿は、見ていて正直痛ましい。……出会った頃にフェリシアへと感じていた恋心も年齢差で吹っ飛んだ今、親心に近い感覚で彼女を見ている俺にとってそんなフェリシアの麗らかな肌を見ても特に起きる気持ちも無い。……無いはずだ。
「──ここ。元々私の部屋だったの」
「ほう」
「どうぞ。すぐ着替えるからね」
フェリシアが入ったのは、屋敷の玄関からほとんど対面側にあった一つの寝室だった。簡素なベッドと鏡台、木製のクローゼットだけの部屋を一週見舞わして、フェリシアは軽く息をついた。
「良かった、何も変わってないみたい」
灯りを付ける暇は流石に無い。フェリシアの肩からベッドへと飛び移った俺は、忙しくクローゼットの中身を漁る彼女の、露出してしまった雪の様に白い背中を眺めながら考える。この状況、時間の問題だと。
「あった!良かったぁ。着れるかな」
なんとか引っ張り出してきた丈の短いローブの様なものを掲げて、小さな笑顔を作るフェリシア。思い出の品なのだろう。しかし今はそんな悠長な感傷に浸っている場合ではないのだ。もしかすると、もう、そこまでヤツらが……。
「ぶっ!!」
「??」
「お、おまっ」
「え?いいよ。だってそんな事言ってる場合じゃないでしょ?……それにシュートだし」
「はぁ!?だからと言ってなぁ……」
「はいはい。……なんかシュートって、おじさんみたいな事ばっかり言うよね」
「う」
さらっと俺の苦言を流して下着一枚になったフェリシアは、月明かりを頼りに新しいローブへと頭を通しながら、背中越しの俺へと呟く。
「ねぇ、シュート」
「な、なんだよ」
「シュートはなんで、ここまで来てくれたの?」
「……自分でわかってるくらいには、お利口さんじゃないかよ。そうだな、なんも知らない異世界で、こんな勝手に引っ張り回されて、挙げ句に投げ飛ばされて……訳わかんねぇってなるわな、普通は」
「……怒ってる?」
「怒ってる?ああ怒ってるとも。そりゃ俺だって好きでこんな殺すか殺されるかみたいな爆弾背負った女と一緒に居たいもんかよ。実際お前、森で死にかけてんだろ?で、今度はあいつら。どんだけ濃いんだよお前の一日は」
「……ごめんなさい」
すとん!とローブの襟に通った頭を、光の届かないクローゼットの中にしまう様に隠すフェリシア。そのまま扉を閉めて消えてしまいたい、そんな背中を見せる彼女の後ろ姿に、俺は黒いガラス玉の眼球に月光を落とし込んで、開かない口を開いた。
「──任せてくれ」
「──え?」
「──信じてくれ」
「シュート……」
「そんでお前は……立ち上がれよ。口だけじゃなく、人頼みじゃなく、間違いの無い、お前自身の意思と実力でさ。選択肢は二つだけだ。勝つか負けるか。逃げ出す手は、ないんだよフェリシア。それは、この
クローゼットの陰からそっと顔を覗かせたフェリシアは、表情の変わらない
「ありがとう、
一種蠱惑的な色気とも取れるそんなフェリシアの傾けた顔に、俺はつくづく思う。
──嗚呼、多分俺、一生彼女出来ないわ。
いい加減にしようぜ、俺。
もうすぐ三十代の一目惚れは、細く長く続いていくのかもしれなかった。
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