13話 俺……俺の名は……!

「く、栗毛色のエルフだって?」


 八頭身で金細工めいたブロンドを街灯に反射させた碧眼の美男子……考えてて、少し盛り過ぎたかと思うが実際そうでもない美貌を備えた青年、バルムンクが、小走りになり傍らに抱いた俺を見ながら声を上げた。


「二度目だぞバルムンク。見たところエルフ族ってのは珍しいんじゃないのか?少なくともこの王都に入って他に見掛けないんだが」


「それはそうさ。15の亜人が存在するこの世界フェスティリアで、エルフと言ったら双子の女性が二人揃って双子を産むくらいに稀有な存在だよ、ウッサー。この都市にも、数人もいないはずだ」


「その例えは分かりやすいが遠回り過ぎると言うか……。なるほど。で、お前に心当たりはあるのか?肩書きはたいそうなもんだったが」


「う~ん、その特徴のエルフの知り合いは一人、思い付くんだけど、それをキミの口から聞けるなんて正直、意味不明も良いところなんだが……」


「なんだ、知ってるなら話しが早いじゃないかよ。そいつがこの時間帯、家を飛び出して行きそうな所に連れていってくれ」


「家を飛び出して……!?」


 眉を寄せてその秀麗な顔を戸惑いに歪めたバルムンクは、まんずと俺の頭を鷲掴みに(四度目)して目線を合わせて来る。近い。かなり近い。そしてお約束なのか。俺の頭部鷲掴みは。


「……ウッサー。キミは今起こっている事の重大さは、理解しているかい?」


「さぁ。殺し殺されくらいの話しはあったけど、外野の事は何の理解も出来てねえよ。その時間も無かったしな。……そうしたい。そうしないと俺は変われない。ただ、そう思ってお前を頼ってる。そんな理由じゃ、駄目か?」


「なるほど、なるほど。そうか、キミは……面白い!」


 清々しい笑顔を俺に向けたバルムンクは、すぐに俺のポジションを抱き抱える形へと変える。見上げたバルムンクの表情は、笑いを堪えられない、といった風な嬉々としたもの。


「ああわかった!さぁ行こう!どうせ乗り掛かった船だ、この世界フェスティリアで男と成ろうとしているキミの勇姿、是非ともボクの網膜に焼き付けてくれ!」


「……バルムンク。やる気を出してくれてるとこ、悪いがな」


「?」


 夜の路地でも少ない光源を最大限に吸収して煌めく碧眼の瞬きを、俺の黒々としたガラス玉の眼球に映し込ませて、突き付ける。気は合うかもしれないが、出会って幾ばくも無い人間だ。せめて言葉のくさびをかけておく。動かない俺の口から発せられた台詞は──。



じゃない。お前はもうに乗ってるんだよ。わかるか?」



「……泥舟ではないことを祈ろう」


「大丈夫だ。世界一周しても沈まない自信のある船さ」


 俺の言葉を皮切りに、バルムンクは急ぎ足で駆け出す。フェリシアの容姿を伝えた時の反応を見るに、何らかの事情を知っているのだろう、無論俺の事も。ただ今は深読みをしている場合でもない。バルムンクがフェリシアの元へ連れて行ってくれると言うなら、甘んじてそれを受け入れよう。


 なにせ俺の両足はとてつもなく短い。その上この姿ぬいぐるみだ。夜半といえどまともに出歩くのは難しい。バルムンクの言う通り騒ぎになるだけだ。



「……乗客に難、有り、だな……」



 ボソリと呟いたバルムンクの言葉に、確信を持って俺は覚悟する。


 ステラが来る前に、フェリシアをどうにかしないと。でないときっと、彼女は、殺されてしまうだろう──。



────────────────────



 ──フェリシアは、見た。


 灰茶色の文字列の濁流とも言える輝きが、夜の闇を喰らい尽くして暴れ狂うのを。


 明らかに巨大で強大なソレは、後に訪れる『魔法』発動への前段階だとすれば、あまりに大げさ過ぎる馬鹿馬鹿しさすら印象付けてくる。しかし、現実は刃と成ってフェリシアへと差し向けられた。


「……この期に及んで他人に自分の在処ありかを求めるのか……?」


 灰茶色の輝きが作り出す陰影で表情の見えないスコットが、低く唸る様な声音を吐き出す。


「お前が……そんな風にあやふやで筋の通らない今思い付いた様な行動を取るなら……結果を出して来なかった自分の過去を思い出せ……!」


 文字列は収束、しなかった。どころか屋敷の庭を埋め尽くさんばかりの発光を広げ、まるでそれは暗夜にのたうち回る、光る蛇の様だった。


「“期待”の裏返しは……“失望”なんだよ、このクソエルフがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 そして、おどろ恐ろしい灰茶の莫大な文字列の発光は、


「焼け付け!」


「ちょっ!!スコット兄さん──」


 ウェルチの絶叫を半ばに、


「『炎陽えんよう』!!」


 爆発的な熱と光の放射を撒き散らしてフェリシアへと降り注いだ。


(あ…………)


 『魔法』を使おうにも、もう間に合わない。使ったところで、防ぐ術式すべも無い。まるで真夏の太陽の様な明る過ぎる灰茶色の燦然さんぜんに、フェリシアはジリッと肌の焼ける音を聞いた。


(駄目だ……私、いっつも口ばっかり)


 頬が熱い。髪が焼けて嫌な焦げ臭さがする。痛みを伴う光の放射に、フェリシアは死の感覚を遠からず覚える。


(自業自得なのかな……でも、私に力が有れば……違うか。“欲しい”じゃ駄目だったんだ。多分正解は……)


 意識が光の中に吸い込まれる。もはや眩し過ぎて視力も無くなった視界で、フェリシアは、黒を見た。


(あれ?見えないよ……なに……?)


 灰茶色の放射光に重なる、別種の光。しかしそれが何なのかわからないくらいに光度の高い世界に浸ってしまったフェリシアには、その別種の光を放つ存在が自らの前に立っていることだけはわかった。人の形をくり貫いた様に黒い影となったその存在は、ポン、っと。フェリシアの頭に乗っかってくる。


「助かった!助かったのか?」


「大丈夫だよ。さりとてこれは二重魔法サードだ。数分も浴びれば命に関わるだろうが、その前に術者の魔力が切れるだろう。まるでセンスの無い見せ掛けだけの魔法だね」



「えっ……えっ……?」


 

震える様なフェリシアのかすれ声を聞いた俺は、ポンポンと頭を叩いて撫でてやる。


「……お前さぁ、いきなり投げるなよ。あと、考え無し過ぎ。だからいっつもピンチ窮地に追い立たされる。いいか、あらゆる可能性を常に考えて動け。頭は使うためにあるんだぞ、わかったか?」


「しゅっ、シュート……!?」


 愕然とへたり込んだフェリシアの勢いにぶつかって、無い舌を噛みそうになる俺だったが、堪えて彼女の顔面までズルズルとぶら下がった。


「ったく……メチャクチャじゃないか、お前」


「シュート……シュートぉ」


「泣くな。この修羅場だ、雰囲気でわかる。……お前と、俺と……バルがっ」


 突然塞がれた口を挟み込むのはバルムンクの両手だ。


「……悪いけど、ボクはこれ以上関与出来ない。後ろの術式が弱まったら、すぐに消えさせてもらうよ」


「な、なんでだ」


「色々、厄介なんだよこの国は。さて、そろそろ時間かな」


 そう言い放ってフェリシアの傍らを横切るバルムンク。その身が避けても、焼け付く様な灰茶色の放射光は弱まっており、残っているのは目映い光度だけだった。その光も、徐々に勢いを失わせている。


「ちっ、まぁありがとうよ。世話にはなったんだ、何処かで借りは返す」


「古くさい台詞だな。いいよ、きっとそう、もうすぐにでも、また会えるさ──」


 バルムンクの言葉を刹那、金色の光が灰茶の光を一瞬にして喰らい尽くして眼前を染め上げた。それは決して不快な印象を与えず、むしろ暖かみのある春の陽気の様な和やかさで辺りに充満して満ち、そして、唐突に。


「……消えた」


 場面は暗夜の屋敷の庭先へと戻った。


「……シュート……シュートなんだよね……私……ごめんなさい」


「いい、許す。……やっぱ許さない」


「シュート……さん?」


「少しお前は、俺を舐めて見ているところがあるだろ?こんなみてくれだが、俺はもうすぐ三十のオッサンなんだぞ?人生経験が違うだろうが。わかるか?」


「は、はい」


「この世界の事を何も知らない俺を良いことに、散々引っ張り回して、引っ掻き回しやがって。少しは俺自身の事を考えて動いていた自覚はあったのか?どうなんだ?ん?」


「考えては、無かったと、思います……」


「そうだろ、自分の身勝手さを、少しはわかったか?まったくよ」


 あちらこちら焦げたり煤に汚れたフェリシアの顔に張り付いたままの俺は、彼女に言わなくてはならない。これ以上、一人で突っ走るな。もっと優しめに言うと、一人で抱え込むなと。ここに俺が着いた以上、もうフェリシアの好きにはさせない。無論、背後の二人にも。


「…………なんで生きてんだ、お前」


 惚けた様な声音を投げ掛けるスコット。


「もぉ!スコット兄さん!やるならなやると早めに言ってよぉ……あれ?なんだ、けっこう無事なんだぁリシア?」


 目を丸くしてフェリシアの姿に感嘆するウェルチ。


 そのどちらもが、灰茶色の文字列の螺旋を身に纏っており、おそらくソレがあの光の魔法から身を守っていたのだろう。それでも所々煤に汚れた箇所を見るに、あの魔法の威力は相当に半端が無い。バルムンクは小馬鹿にしていたが、正直、俺一人ではフェリシアと一緒に燃やし尽くされてお陀仏だったかもしれない。


「なんだよ……そのアホみたいなぬいぐるみはよ……なんなんだよ……俺の、俺の、最高のだぞ!お前如きがなんで──」


「黙れ、クソガキ」


「──ッ!?」


「思い通りに行かない事柄が有るからといって、いちいち苛ついたり怒ってみたり……お前らは子供か。いいか、良い大人は問題に対して対処法を冷静クールに考えるんだ」


 フェリシアから降りた俺は何も隠さず、としてその言論を自由に振るう。フェリシアにそっと目を向け、そして後ろの灰茶色の青年ウェルチに、黒いガラス玉の眼球でキツく睨み付ける。


「はぁっ!?なんだてめぇは!ヒョコヒョコ歩きやがって!おおかたステラ様のところの魔法道具でもかっぱらって来たんだろリシア!」


「魔法道具?何を言っているんだクソガキ」


「……てめぇ、誰だ?」


「……ソレを聞いてくるなら答えてやってもいい。だが、覚悟は出来ているのか?」


「あぁ?そんなかわいい見た目して、この俺を脅す?はっ!わかったわかった、ウェルチ!そのぬいぐるみ、引き千切ってバラバラにしろ」


「う、うん」


 のそのそと近付いて来たウェルチが、簡単に俺の右腕を摘まんで吊し上げる。


「なんかこのぬいぐるみ……生きてるみたいだなぁ」


「んな訳あるか!さっさと──」


 俺は、もう迷わない。この世界フェスティリアでやるべき事は、もう決めた。それは。


「俺……俺の名は……!」


 

 バリィ!っと破けた布の裁断音と、もう見慣れてしまった中身綿の飛び散る惨状。俺は掴まれた右腕を自ら引き千切って、地面へと華麗に着地する。見定めた先の二人の男達に向け、俺は宣言するように言い放った。



「ウッサーだ…………!!」



 このぬいぐるみの体を最大限利用して、フェリシアを助けてやる。


 それが年端もいかない娘からオッサンの俺への、頼りない引導でも良いさ。


 せめてこの身朽ち果てるまで、俺の出来得る限り、彼女フェリシアの力になってやるまでだ。

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