11話 何故?お前は乗り込んで出発した船から海へ、飛び込む勇気があるってのか?
「ぬ、ぬいぐるみが、喋った!」
整った顔を青ざめさせ、俺を指差す腕を小刻みに震えさせるその碧眼ブロンドの男は、ジリジリと距離を取るように後ずさる。
「いや、待て。帝国の方では動いて話せる魔法道具も開発されたと聞く……。このご時世、ぬいぐるみが話せても驚けまい。……っ!?」
声を立てて俺に驚いていた男の姿に、少なからず居た通行人達が足を止めていた。訝しげに路上に転がる
「まずいな……。仕方がない!」
(なんだ、コイツ!?)
ほとんど放心状態で事の成り行きを見守っていた俺の頭部を男は鷲掴みにすると、一気に駆け出した。はい。また鷲掴み。そんなに俺の頭は持ちやすそうですか。はい。──というか、お前は誰だ。
まったく心配りの無い勢いで俺を振り回しながら全力で走り抜ける男は、驚くほど息の整った声音で俺に語り掛けてきた。
「何故、あそこに?作り主は、誰だ?城の人間ならこのまま戻るが……話せるか?」
「…………」
「さっきの声はキミのものだろう?誤魔化しちゃいけない。これでもボクは公平な人間なんだ。仮に落とし物が伝説級の
「…………」
「言葉を話せる魔法道具なんてものは、存在そのものが異常事態だと言っているんだよ。このままキミがだんまりを決め込むなら、ボクの手で灰にしてあげよう。その方が後腐れが無くて済む」
「…………ちっ!」
「……驚いた!……本当に喋れるとはね」
「お前こそ、良く喋れるじゃねぇか」
「それはキミが無視をするからさ」
言って路地の間に入り込んだ男は、俺の両脇を持ち上げる様に手を回す。
「見たところ、成人男性並みの意識は有るようだね。名前は何て言うんだい?」
ニッコリとその碧眼の双眸を細めて微笑む男の仕草に、一瞬俺はグッとくるものを感じてしまう。見たことが無い。こんな二次元画像そのものの様な完璧過ぎる立ち居振る舞いに、笑顔なんて。現代日本にこの男が出現したら、その異次元な美貌にある種の違和感すら感じてしまいそうだ。ここがファンタジーな異世界だからこそ、俺もこの雰囲気に飲まれずにいるが、日本の街中で出会ったら絶対二度見をしてしまうだろう。それほどまでに、この男の持つ異次元なオーラは非凡で圧倒的なのだった。
「……ウッサー。そう、名付けられた」
「へぇ、うさぎのぬいぐるみだから『ウッサー』なのかな?単調なセンスだね。もし作り主が見付かったら改名を提案してみようかな」
「止めとけ。首もがれて殺されるぞお前」
「物騒だな。まぁいいか。……ではウッサー、キミの処遇はキミ自身が決めると良いよ。このまま作り主の名を明かしてボクに送り届けてもらうか、黙秘してごみ捨て場に出されるか。どちらがいい?」
薄く目蓋を開き、こんな夜の路地裏の暗闇の中でさえ輝きを失せない碧眼で、くりくりとした俺のガラス玉の瞳の黒に、その色を映し込ませる男の表情は……冗談を言っている様には見えない。明らかに一般人とは違う出で立ちの男は、おそらく何らかの実力者、権力者なのだろう。お情けも、お惚けも、通用するはずも無い。嘘偽りは言えない。本気の交渉は、腹を割って割らせて、成る。
「あいにく、死んだ俺の
「まどろっこしいな。ここでボクがキミを焼けば、それで終わりの話しじゃないか。前提条件が破綻しているよ。つまり……ボクに利益が無い」
「利益?安心しろよ。俺の条件を飲んでくれれば、結果としてお前に利益が出る」
「その心は?」
なんだコイツ。これでは俺の専売特許の
「お前と同じ、俺をごみ捨て場に出し行く、と言ったヤツが居る。今からソイツを、助けに行くんだよ。──気にならないか?少なくとも、ちょっとしたお遊びにはなると思うぜ?」
──
「なるほど……なるほどなるほど……ほう、ほうほうほう……」
目を泳がせながら思案する様な仕草を見せる男だったが、その碧眼が俺に釣られているのは確信だった。
「面白そう、だねぇ……」
(かかった!)
何やら凡人ならぬ見てくれをしているこの男だったが、先程からどこか言葉が軽くて嘘臭い。こういう手合いは、橋を渡せば意外と簡単にこちら側に渡って来る。求めているのは、興味なのだ。適当な情報を言の葉で着飾らせ、絶対にYESと言いそうに無い相手にYESを言わせる。普段から後輩相手に天然ボケレベルで研鑽してきたスキルがようやく役に立った。あえて言おう、俺はアホでも天然ボケでも無いと。
「けど、助けるかどうかは決めかねるね。面白そうだから途中までは付き合っても良い。しかしボクには立場があるんだ、この王都で下手な動きは出来ない。それで良いならキミの条件に乗ろうじゃあないか」
「OK、OK、全然構わない。こちとら見当が付かない相手を探すのも無理難題ってところだったんだ。手を、いや、足を貸してくれるだけでも大助かりだ」
「探す、という事はそういうことか。まぁそんな姿で動き回られたら騒ぎになるしね。……このままボクの懐に抱かれると良いさ」
俺を包む様に抱えた男は、モフッ、と顎を俺の柔らかな頭に乗せて鼻息を漏らした。
「それにしても、魔法道具にしては人間味があるもんなんだね。助けたい者がいるだなんて、何故、道具であるキミが思えるんだい?」
「何故?」
俺は自分の口の辺りを擦りながら思う。これは成り行きだ。そして俺の決意だ。最後に……年端も行かない
「何故?お前は乗り込んで出発した船から海へ、飛び込む勇気があるってのか?」
「……こんなにも説得力の有る事を言うぬいぐるみ、見たことも聞いたことも無いよ」
「褒めてんのか?一歩引いて
「ああ、失礼。キミを唯の魔法道具として見ていたボクの振る舞いに謝罪を。そして人格者としてのキミには名乗らねばなるまい。ボクの名前は──」
俺を抱いたままの男の方へ、見上げたガラス玉の黒い瞳の視線と、碧眼の直視が交錯する。
八頭身の壮麗、金細工の様なブロンド、宝玉の様に煌めく碧眼に女性と見紛うスラリと伸びた手足。
対するは、
全長にしておよそ30cm。
淡いピンクとつぶらな黒い瞳。
短めのうさ耳をこれでもかと携えた、うさぎのぬいぐるみ。
異様とも思える組み合わせだが、不思議と俺はこの目の前の男に妙な噛み合わせの良さを感じていた。これが俗に言う、馬が合うというやつなのか。この
「──バルムンク。ローラン国、守護魔導騎士十三柱の末席を汚す身さ。よろしく、ウッサー」
その言葉は、俺がこの世界に来て始めて自分の力で掴んだ知り合いの名前だった。
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