3話 生き延びたいならわかるよね?byフェリシア

(……でかいな)


 先ほどの一件以降、ムスッとした態度になったステラは、『ちょっと報告してくる』と言い放つと、例の光る桜色の文字列の舞う魔法?の様なものを使って姿を消してしまっていた。俺はというと、現在進行形で……。


「はい、今度は逆向きになってね~」


「……了解」


 フェリシアの普通よりは大きめな胸と膝に挟まれながら、ちぎれた首の治療中?もとい修復中だった。これはぬいぐるみとなって思いもよらない体験だ。何度か後輩の板垣いたがきを含む何人かで『おっパブ』なる風俗店に足を運んだ事があるものの、相手は所詮はプロだ。彼女らにとって俺は単なる仕事相手でしかない。だがこうして見ず知らずの女性の膝枕で横になっているという事実は、『おっパブ』を越えたなんかこう、ぐっとくるものがある。……俺は何を言ってんだ。


 俺が最初に目覚めたソファーの上で、フェリシアは丁寧に俺の首と胴体の繋ぎ目を縫ってくれている。体色に合わせてピンク気味の糸で処置してくれてるところの気遣いも忘れて無い。


(すまん、さっきは迷惑かけました)


 とまぁ心で思っていても、一応はまだ素性の知れない人間だ。あまりこちらから心を開くような真似をして、付け上がられても面白くない。ここは言葉を選んで慎重にいくべきだろう。


「……ウッサー、で良いんだっけ?名前」


 と、窺う様に溢したフェリシアに、さすがの俺も気を使う。彼女はあのステラとか言うやたらと横暴な少女とは違う。一般的な常識のあるまともな女性に思える。だってこんな至福に俺を連れて行ってくれたのだから。


柊柊人ひいらぎしゅうと。一応この体になる前の名前だ。あんたはフェリシアだよな?」


「しゅうと?シュートね!うん、私はフェリシア。フルネームは長ったらしいから割愛ね!エルフ族の出身です。よろしくね」


「え、エルフ?」


 そんな、ゲームの設定みたいなワードをスラスラとこの娘は。エルフってあのエルフ?耳の長い色白な美少女揃いの……。


「あ、シュートの世界にはエルフはいないんだね。ほら、これ見て」


「ほ、本物?」


 フェリシアがかき上げた栗毛色の長髪のそこには、おおよそ普通の人間にはあり得ない程度のレベルで主張する、横に尖った耳があった。髪に隠れて見えなかったが、まさかフェリシアがエルフだとは……。って、エルフ?やっぱりこの人、エルフなの?


「本物って……まるでエルフの事は知ってるけど、初めて見たって感じだね。確かにあまり見掛ける種族じゃないとは思うけど……アレ?シュート、まさかこの世界フェスティリアの人じゃないよね?だとしたら本末転倒なんだよ!」


「フェスティリア……?どこの国だよそりゃ。なんだか知らんが俺は生まれも育ちも日本の、純日本人だぞ」


「だ、だよね!ニホン、っていうのは良くわからないんだけども、フェスティリアっていうのはね、この世界の名前の事だよ、シュート」


「この、世界……?」


 嫌な予感がする。というかそもそもこのぬいぐるみの体に、魔法染みたステラの不思議行動。そんで〆には巨乳のエルフときたらここは……この場所が、日本国内であるはずも無い事は薄々気付いていた。だがせめて何らかの繋がりが、地球に存在する国々のどこか未開の地にある、とんでもファンタジーな場所だとどこかで思考を停止させて逃げ道を作っていた自分がいた。だが、フェリシアの追撃の言葉が見事に俺の最後の砦を打ち砕いた。



「そうだよ。シュートはこの世界フェスティリアに転生してきた異界人なんだよ。……ここは、およそ15の亜人種族と、4つの大国、術式魔法が支配する、そうだね、これは昔の賢者が言った言葉らしいんだけど」


 一拍を開けたフェリシアは、キュッ、と俺の首に通した糸を引き抜き、彼女なりの真剣さを表情に浮かばせながら言い放った。


「剣と魔法の世界。フェスティリア」


「フェス、ティリア……」


 その言葉の響きは、俺の少年心を妙にくすぐった。剣と魔法の世界だなんてまさに、ハイ・ファンタジーの小説みたいな文言。しかし現実となって存在する俺の布と綿の体、尖った長耳のフェリシア。もう理解するしかない、納得するしかなかった。


「俺は、やっぱり異世界に来たのか……」


 事実を、言葉で突き付けられて、俺はようやく観念出来た。


 俺の人間としての体はとっくに滅びていて。


 魂だけがこのぬいぐるみに乗り移っている事を。


 ゴロリと仰向けになった俺は、エルフの整った顔と、垂れる栗毛色の長髪を見上げて溜め息をついた。これが『人』の形を保ったままの姿だったら、未だ見ぬ異世界に興味と興奮を覚えるかもしれない。だが俺はどこまでいっても、全長30cm程のただのうさぎのぬいぐるみだった。一体これでなにが出来るのだろうか。


「……ショックだった?ごめんなさい。でも、どちらにせよいずれわかる事だから……」


 そっと俺の額に手をやるフェリシア。その表情は少し落ち込んだ様に憂いを帯びている。こんな風に女性に心配気な目を向けられた事など生まれてこの方母親以外に知らなかった俺は、 まるでベビーベッドの中で安心しきった赤ん坊の様な安堵感を覚える。


 ──フェリシア。この右も左もわからない異世界の地で俺は、どうやら大切なものを見付けられそうだ。


 そう独白して、母性愛を降り注がせるエルフの頬に俺は短い手を伸ばして、そして──


「ちょっと」


 がしっ、とその綿の詰まった布の手をフェリシアに掴まれる。


「シュート?今の自分が置かれた立場、わかってる?」


「……は?」


「はぁ。やれやれだよ、シュート。今のシュートは、ステラ様の匙加減さじかげん一つで明日にだって、見たでしょ?あのぬいぐるみ達と同じ目にあってもおかしくない。ジェラルドはそもそも貴方に無関心だし。今、この世界フェスティリアで、シュートの味方になってあげられるのは、誰?」


「お前、何を言って……」


「前の世界で、ニホンっていうの?そこでシュートはそれなりに長い時を生きてきたんじゃないの?自分の置かれた状況と状態を見て、誰が貴方の力になってくれるか、って話しだよ?わからない?」


 力ずくに握り締められた右手を引き上げ、フェリシアは俺を自分の顔に近付ける。息のかかるその距離に俺は一瞬ドキリとするものの、フェリシアの双眸に映る何か強固な意思のようなものを感じて息を飲んだ。この娘には何か並々ならぬ決意があるような気がする。それがなんなのか、知るよしも無い俺に、フェリシアは──。



「生き延びたいならわかるよね?」



 有無を言わせぬ迫力と共に、俺の頭を深々と鷲掴みにした。


 ──だから何でお前達は俺の頭を握り潰すんだ。


 そう思った俺の視線は、笑っているのか怒っているのか、まったく考えの読めないフェリシアの表情に釘付けになったまま離れなかった。



────────────────────



「ステラ・サーシャ。そろそろお遊びも止めて城へ戻って来ないか。貴女はあんな薄汚い山小屋で引き籠っているような人間じゃない」


「うるさい、黙れ。……余計な御世話ってやつだよ」


「まったく……それが百年を生きた人間の吐く台詞ですか、先生」


「お前に先生と呼ばれる筋合いはないんだけど」


「……本当に姿そのままの精神年齢になってしまったんだな……ステラちゃん」


「マジうるさい!」


 豪奢な装飾の飾り立てる、白塗りの長い廊下の赤絨毯の上を速足で歩く二人がいた。


 一人は桜色の髪を小さく一つにまとめたポニーテールの少女。


 速足で歩く彼女に追い縋る様にいるもう一人は、煌めく様な金髪に、八頭身の体躯。スラリと伸びた手足が女性と見間違える程の印象を見る者に与え、その双眸に碧眼の輝く、どこか異次元の美貌を備えた剣士風の青年だった。


「で、今回は成功したんですか?例の『異界人魂転生作戦』は?」


 ステラにそっと近付いて嫌みったらしく耳打ちした青年が、ニヤリと口角を上げて完璧な笑顔を作る。


「作戦ってなんだ、お前舐めてるだろ、バル坊」


「そんな風に聞こえます?だとしたら先生の方にこそ余裕が無いものと自分は思いますが。そろそろなんじゃありませんか?『査定』の日は」


「…………お前、歪んだ性格に育ったな」


「まったく。誰の影響だか」


 睨み付けるステラの返り視線を飄々と受け流すバルと呼ばれた青年は、自らより1メートルは背の低いステラに合わせる様に、歩きながら屈んでその耳に再度近寄る。


「……わかってるとは思いますが、今度の相手は宮廷魔導士最下級のシャーロット卿です。それでも今の貴女自身が戦って、勝ち目は万に一つ。自分なら」


「ほんっと、うるさいなお前」


 振り払う様に立ち止まったステラは、見上げる青年の表情が真剣味と真摯さを備え、凛と自分を射抜く視線を向けている事に一瞬、たじろぐ。だが、


「……お前の力を借りても、意味が無い。アタシはアタシの実力を、あのクソ野郎に見せ付けてやらなきゃ、気がすまないんだ。……好意はありがたく受け取るよ、バルムンク」


 そう言い残して、廊下の終わり、両開きの扉を開けて姿を消した桜色の髪の残滓を目で追いながら金髪の青年、バルムンクは、震える瞼を抑えきれずに唇を噛んだ。


「自分は……無力だっ……!」


 ポゥと、バルムンクの足元に現れた炎を纏う小さな蜥蜴がジットリとした目線を彼に送った事に、青年バルムンクは気付かなかった。






 

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