【三本目】ずっとずっと一緒だよ?【ホラー】

【三本目】ずっとずっと一緒だよ?【ホラー】1

 相良翁馬さがらおうま伊代紅いしろあかねが出会ったのは十年前、二〇一六年の三月頃だった。

 小学校の入学を控えた相良は友達と遊ぶために向かった天ノ川マンションA棟の屋上公園で、好奇の目線と嘲笑に曝されて顔を真っ赤にした伊代を見た。

 三人の少年が、一人の少女を囲んで下卑た笑みを浮かべている。

「オマエってほんと変な声だよなー」

「ぼく知ってる! アニメ声っていうんだって! ママがいってた!」

「きもっ!」

 エレベーターから出て、自動扉から出て、左側に三時のおやつを終えた直後の太陽を背中に浴びる伊代と歯抜けの笑顔を照らされた彼らを友達より先に見つけて、相良は迷うことなく不敵に笑い、太陽を背中に浴びることを選んだ。

 相良は、見知らぬ彼らを『年上かもしれない』と怖がることもない。

「お前ら、なに女子泣かせてんだよ?」

 と、日曜朝のヒーローと自分を重ねて伊代との間に立ち塞がったのだ。

 睨みつけながらも俯いていた伊代が顔を上げ、濡らしたままの目を丸くした。

 概ね相良の重ねた通りの構図である。

「てめーにはかんけーねーだろ!」

「きもい方がわるいんじゃん!」

「こいつがどかねーから靴飛ばしできねーんだよ」

 それを聞いた相良は首を傾げる。

「え、マジで?」と。

 あるいは、十年後であれば『よく言えたな』と溜息の一つでも吐いたかもしれない。

「屋上の公園で靴飛ばすと危ないからダメなんだぜ?」向き直り、二つあるブランコの一つに座る伊代に「なあ?」と話しを振る。すると伊代は目を拭い、三人を再びキッと睨みつけた。

「いーけないんだーいけないんだー! せーんせーにいっちゃあおー!」

 その声は見た目や実際年齢の幼さを差し引いても舌足らずで、甲高く、鼻にかかった甘い声――どこに出しても恥ずかしくない、俗にいうアニメ声だった。

「せんせーにゆーなんて、ひきょーだぞ!」

「ぼく、卒園してるから、か、かんけーないもん!」

「は、はあ? きもっ」

 と、たじろいだのは日光を顔に浴びる三人。

「うおっ、すげー声!」というのは相良の弁。

 振り返った相良に向けられる八つの驚愕の色。

 ショートカット時代の伊代の瞳が再びじわりと濡れる。

「アイドルみたいな声だな!」

 相良の表情に嘲りの色はなく、対面する太陽に負けず劣らずの瞳で伊代を見ていた。六つの瞳は目を合わせ、半開きの口は何か得心した様子だった。終始、喜怒哀楽の間を取っていた伊代の表情は緩やかに始まりと終わりを思い出す。

 空気を読まない相良と論で勝る伊代は数の不利を覆し、かといって三人を泣かし返すようなこともなくブランコの所有権もアニメ声についても有耶無耶になった挙句、三人がその内の一人の家に遊びに行ったため取り残された相良と伊代の二人がブランコを漕いでいた。

「……ねえ」

 と、靴のつま先を削って漕ぐのを止めた伊代。

「なんだ、アニメ声!」

 と、むしろ高度を上げる相良。

 応じて睨みつける伊代の顔も放物線を描く。

「『アニメ声』っていうの止めてよ馬鹿! アタシの名前は伊代(いしろ)紅(あかね)! アンタは?!」

「バカっていう方がバカだ! 俺の名前は相良翁馬! 翁馬って呼んでくれ! アイドル声!」

「あーかーね!」と、伊代がアニメ声で叫び、訂正を促す。

「わかってら! アカネ!」と、相良はからっとした笑顔で靴を飛ばした。

 その靴が勢い余って屋上から階下に落ち、ちょうど屋上にやってきた管理人に叱られるのはまた別の話。靴が桜の木に引っかかってもうひと悶着あったのも、その後、お互いの家が隣同士であることで両親から揶揄われるのも、よく遊ぶようになって十年後も幼馴染として隣同士であるのも、また別の話。

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