【二本目】憧れのあの人の正体がヤバすぎた【驚愕】3

「オーマ。キミ、Vチューバーに明るかったよね?」

「お前、よく普通に話しかけられるな? マジで死ぬかと思ったんだが?」

「ちゃんと謝ったじゃないか。お昼もご馳走したし、なんなら僕の肩は未だに痛む」

 放課後、全ての授業が終わり教室内にどっと喧騒が溢れ始めて間もなくのことだった。帰り支度を終えた翁馬の隣の席――伊代が風邪で早退していたのを良いことに、背もたれに前傾姿勢で体重を預け、朝壊したものとは別のスマホを相良の生徒用デスクに置いた。

 画面には一人の女性――柔和な笑みを浮かべるキャラクターの画像が表示されていた。暖色系のファッション、包容力溢れる胸部、眩い絶対領域、右目の下の泣き黒子、ゆるふわ茶髪のボブヘア。

「春音咲って知ってるかい?」

 相良が唇を噛む。訝しる瞳が輝きを取り戻す。間を取って、静かに口を開いた。

「右目の下の黒子と巨乳と脚と存在全てがエッチで包容力に溢れてバブみを感じられるみんなのお姉ちゃんこと〈さきねえ〉だろ? めちゃくちゃ知ってるけど、興味あんのか?」

 山崎の目が僅かに細められた。いっそ清々しい笑みが浮かぶ。

「うん、キモイな。遊星からの物体Ⅹのクリーチャーより酷い」

「『ちょっとね』みてえなノリでひでえ言いようだな。お前が聞いてきたんだろうが」

「ああ、興味、興味ね、その通りだよ、オーマ。少し、春音咲に興味がある」

「まあいいわ。人類皆家族、弟くんは皆仲間だ。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれよ。俺、さきねえ検定一級だからさ」

「そうさせてもらうよ」微笑みと一緒に一層細くなって糸のようになった瞳が咲の映るスマホを射抜く。「ところで、今日の放課後の予定は?」

 相良は待ってましたとばかりに学生鞄を背負い、あるいは何を聞くまでもない当たり前のことを聞いているのだとでも言わんばかりのしたり顔を浮かべて見せた。

「決まってんだろ。さきねえのSNSの新着動画告知待機と、さきねえの新着動画待機だ」

 山崎は「なるほど、きっとそうだろうと思ったよ」と、目を細めた。「じゃあこれ、返しておいてくれ」

「は?」

「オーマとアカネちゃん、家、隣じゃないか」咲の表示されたスマホ、もとい伊代のスマホ、が相良に手渡された。「このスマホ、昼休みにアカネちゃんから借りたんだけど返しそびれちゃってさ。まさか早退するとは思わなかったよね」

「……俺、実は高校入ってからアカネの家行ってないんだよ」

「ちょうどいい。いちゃつくなら家の方が何かと都合もいいだろうしね? 何かと」

「いちゃつかないっつの」相良は唇を噛む。舐める。「折衷案で二人で行くってのはどうだ?」

「そいつは頂けないな。何故なら、僕は今すぐにでもバイトにいかなくちゃならない。それに馬に蹴られて死ぬなんてだらしない死に様はごめんだからね」

「俺だって予定がないわけじゃ」ない。

 そう言い切るより早く「その通り」と、立ち上がった山崎が相良の肩を叩いた。「キミには余暇を存分に楽しむ権利がある」と、要は『お前、ヒマだろ?』と。『あとは任せたよ』と、人の疎らになった教室で、相良の伸ばした手が虚しく空を切った。

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