【二本目】憧れのあの人の正体がヤバすぎた【驚愕】2
学校敷地内、人の疎らな駐輪場の隅に一際目立つ自動二輪が止められている。そのシートに跨る明るい髪色の男――山崎貴仁は、自転車を押して迫る黒髪短髪の男――相良翁馬に気付いて手を挙げた。
「やあ、オーマ。待ってたよ」
手にはスマホが握り締められたままだった。
ニヒルに笑う山崎に、相良は「嘘こけ、途中で思いっきり俺のこと抜かしてったろ」と自転車を止めた。
山崎は「ハハッ、そういう日もあるよね」とスマホをロングコートの胸ポケットにしまい、流れるようにアンダーフレームの眼鏡(サングラス風色付き、ブルーライトカット仕様)を中指で押し上げた。
「違うな。お前はいつも俺を置いて先に行く」相良は呆れたように、片手でハサミを形作り刃の閉じたものを縦に振って見せた。「それもご丁寧にカッコつけた挨拶まで残して」
「それはそれとして、だ。良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「良いニュースから頼む」
「オーケー」
山崎は背負った学生鞄から映画のディスクが入ったパッケージを取り出し、相良に見せた。「良いニュースは僕が今日持ってきたオススメのディスクがオンラインに無いコメンタリー付きで、絶版になってるレアものだってこと。悪いニュースは」山崎がパッケージの横に指を掛け、ディスクが露わに「いざ駐輪場に着いて中を確認してみたらディスクが入ってなかったってことだ」ならなかった。パッケージは閉じられ、通学鞄に再び放り入れられた。
「台無しじゃねえか」と、呆れたように言う相良。
性格というのは人の一挙手一投足にまで滲み出る。あるいは、相良に見えないものが山崎には見えていたからディスクの扱いが雑だったのかもしれない。
「二人とも何だか楽しそうに話してるけど、何の話かしら?」
「うおっ、びっくりしたぁ!」
相良の退いた場所、彼の背後に何かが立っていた。
山崎の腰ほどの背丈のそれは、一人の少女だった。
小ぢんまりとした背丈と裏腹に声には酷くドスが利いており、むしろ後を引くソプラノが印象に残ってしまうような、繕った中身まで制服に着られてしまっているような少女――伊代(いしろ)紅(あかね)が、虚しくも意気軒昂と胸を張って腰に手を当て、墨汁を被ったようなセミロングの髪を冷たい風に揺らしている。
「おま、アカネ、お前」いるなら声かけろよ。
と、相良が叫ぶより先に、山崎が人好きのする笑みと諸手を広げて前に出た。
「やあ、アカネちゃん。そのマスクは風邪でも引いたのかな? それとも予防かい?」
伊代の顔はマスクに隠され、辛うじて出ているのは切り揃えられた前髪の下から二人を見上げる切れ長の目だけだった。
「半々ね。少し風邪っぽいから、念の為ってところよ」伊代の視線が下がる。「翁馬、それで自転車漕いできたの?」赤みが強く熟れた林檎のような瞳は腫れ物に触るような目つきで相良の手を射抜いていた。一言喋るたびにマスクがズレて目が見え隠れしている。
視線の意味を察した相良は握り拳に親指だけ立ててニッと笑う。
「あったりまえよ! 電動アシストも付いてるし、タイヤも冬用だし、ばっちりだぜ?」
察せていなかった。
「そうじゃなくて、寒くないのかって言ってんの」相良の手が伊代の小さな手の平に包まれ、感触を確かめるように擦られた。「こんなに真っ赤にして……まったく、しもやけとか、気をつけなさいよ?」
「わかってるって、お前は俺のお袋かよ」
「違いますー」小さな人差し指が相良の胸板を突く。「アンタのお母さんにアンタの世話を頼まれてるだけの幼馴染ですー」
「はんっ」大きな手が伊代の頭を押し退ける。「今どき人の世話になんかならなくても一人暮らしくらい余裕ですー」
「はあ? どうせ全部オートメイションにやらせてるくせに!」
「どっちにしたってお前にお世話なんざされてねえだろうが!」
見下す相良、上目遣いに睨みつける伊代。
その様を見て、山崎が小さく噴き出した。
「何がおかしい?!」「何笑ってるの?!」
「いや、どちらかと言えば親子みたいだと思ってね」
相良は噴き出して「だよな!」とからっとした笑みを浮かべた。しかし、伊代の今日一番のドスの効いた「次、それ言ったら不要物の件あることないこと言いふらすから。覚えておいてね、山崎君」によって相良の賛同は二人に届く前に凍り付いた。
「オーケーオーケー、二度と言わない。二度と言わないから、ほら、クールに行こう。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「あっそ。とにかく二人とも遅刻はしないように。いいわね?」
相良に目配せするようにちらちらと視線を泳がせながら身を翻し去っていく伊代の背に向けて、相良は「はいはい、わかってますよ。委員長殿」と呆れたように、山崎はどこかやり遂げたような表情で「了解」と、片手で形作ったハサミの刃を閉じたような手を自らのこめかみ辺りで振った。
「良かったよ、荷物検査までされなくて」
「ま、冷静に考えりゃ映画の一本や二本持ち込んだところで大した問題にはならないだろうよ」
「すべては君が堅物委員長と幼馴染のおかげだ。キミのそういうところだけ愛してるぜ」
「この友情関係は現在使われておりません」
「冗談だよ、別に珍しいことじゃない」
山崎が自らの鞄を漁る。
「実を言うと、これが見つかったら、少し面倒だったんだ」
ポケットが四次元になっているが如く、学業どころか一般人が持ち運んでいるべきではないものが鞄の中から引き出される。
「お前、それ」
「S&WM29のTRG」
手にしていたのは黒い鉄と殺意の塊――ハリウッドで見るような回転式拳銃だった。
「バイトの関係で手に入れたのを少しばかり弄らせてもらったのさ」
言葉通り、砲身の脇に〈S&WM29TRG〉、反対側には〈HERMES〉と刻印がある。
「ああ……TRGってのはなんだ?」
「ミルキーウェイ社が開発した対暴徒システム鎮圧用電気信号照射装置、通称〈ターミネート・ライオット・ガン〉」
異音。
山崎はスマホの〈非通知〉画面を確認するなり顔をしかめる。
「アカネちゃんでもあるまいに、律義だねえ」
すぐさま外連味たっぷりに笑って見せた。
「ちょうどいい。これはこうして」
スマホが放り投げられ相良の頬を掠める。言うより早く、両手で構えたTRGをスマホに向けた。
「こう使う」
引き金を引く。撃鉄が上がる。回転式弾倉の回る物々しい音に、小さな雷鳴が重なる。44口径の閃光が相良の頬を掠めるように延び、スマホを貫いた。
何事もなかったように、スマホが砂利の上に落ちた。
山崎がそれを拾い上げ、相良に向けて掲げて見せる。細かい傷の他に目立った外傷はなく、ただ画面は点灯する様子もなく、虫の羽音に似た振動も止まっていた。
「簡単に説明すると、特殊な電気信号を撃ち出してシステムが活動に必要な諸々をひっくるめて焼き切る代物だ。主な用途は機械の反乱を物理的に止めること」
稲妻を吐き出す暗い口が、今度は相良の眉間に突き付けられる。
相良は唇を噛む。舌で唇が濡れる。
「んで、それ以外の用途は?」
「ないよ。ただ、生身の人間が食らえば無事じゃ済まない。どうして僕が、わざわざこれを君に見せたと思う?」
「……わからねえな。俺、なんかしたか?」
「わからないか。なら仕方ない、選択肢をあげよう」
相良は唇を噛む。
構えは解けない。しかしTRGから片手が離れ、人差し指一本だけが起立した。
「その一、『キミが今、僕の担当している事件の重要参考人だから』」
(覚えはない。何も答えることができない)
起立する指に中指が加わった。
「その二、『キミが僕の両親の仇だから』」
(覚えはない。何もしてやることができない)
三本目、起立したのは親指だった。サングラス風の眼鏡も含めてラッパーの風味。
「その三、『バレンタインも目前に、目の前でいちゃいちゃされてむしゃくしゃしたから』」
(覚えは、いや、)「ふざけんな、それで殺された日にゃ化けて出てやるからな? だいたいお前」親とはこの前会ったばっかだし、アカネとは親子みたいだって言っただろうが。
と、いうだけの暇を与える山崎ではなかった。
「そうか、わからないか」引き金に指が添えられる。「なら、脳に直接教えてあげるよ」
「おい待て、冗談だろ?!」
引き金に力が加わる。撃鉄が上がる。弾倉が回る。物々しい音が静寂に溶ける。仰け反る相良は唇を噛む。そして、雷雲代わりの底の見えない口を睨む。起立するものは二人を除いて誰もいない。
山崎の目が僅かに細められた。
「正解はその四、『自慢したかったから』だよ」
S&WM29TRGの弾倉に入っているのは弾丸ではなくバッテリーで、引き金は両手で別のスイッチを操作しなければモード変更の役割しか持たず、弾丸の代わりに出てきたのはグリップの底から伸びるUSBのコードだった。
「流石はオーマ、最後まで目を閉じないなんて、度胸あるね」
直後、一限の開始を告げる予鈴の裏側で山崎の悲鳴が上がった。肩パンというのは見た目の地味さに反して大の男が涙ぐむくらいには痛い。
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