【一本目】(次元が)一つ下の片思いの人に起こされたら【ドッキリ】3

 オートメイション機能を司るAIは大きく分けて三社がほとんどのシェアを獲得している。まずは落下するリンゴのマークが特徴的な〈サー・アイザック社〉の〈Yuri〉、元は同社の携行型通話デバイスに搭載された音声アシスタントであり、『へい、Yuri』と呼び出すアイザッカー(アイザック社の製品を愛用する人)を街中で見かけることも少なくない。

 次にグーゴル社の〈グーゴルホーム〉。『オーケー、グーゴル』と呼び出すのが一般的だが「ねえ、グーゴル」など、応用も可能である。

 最後に、ミルキーウェイ社の〈アドニス〉。こちらは最初から家具家電ないし住宅のオートメイションAIとして開発されたということもあり、三社の中でも特に抜きん出たシェアを獲得している。

 ただし、AIといっても未だに機械学習機能としての人工知能が精々であり、古来よりSF作品で見られるような、ある種の人格を持ったAI、いわば人工人格とでも言うべきものは一般に向けて開発されていない。

 ちなみに、相良家はミルキーウェイ社の〈アドニス〉を採用している。

「こら、早く起きなさい。弟君!」とは、流しっぱなしの動画から流れる声。

「おはよう、翁馬くん」とは、今朝に限って同じ声で紡がれた〈アドニス〉の役割。

相良翁馬の朝もオートメイション化した住居の住人の例にもれず、住居そのものに搭載されたAIに起こされるところから始まる。

「起きて、朝だよ。翁馬くん」

 既に相良翁馬は目を覚ましている。春音咲への恋が破れる夢を見て間もなく、彼の網膜は終末の雪景色から純白の天井へと目を逸らしている。

 では、なぜ〈アドニス〉がアラーム代わりの呼びかけを続けているのか。

 なぜ、彼は起き上がらないのか。

 相良は答えるより先に、唇を噛み、舌で渇きを潤した。

「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」

「……ああ、うん。わかってる。おはよう」

 普段であれば「起きてる!」だとか「わかってる!」と怒鳴ってアラームを止めるなり、不機嫌に布団に潜り込む相良が素直にベッドの上で上半身を起こしていた。そうして覚ました目をそっと閉じ、耳を澄ました。

「良かった。起きてくれた」

(室内に反響する声は聞き覚えがある、大好きな声だった。)

「おはよう、翁馬くん」

 答えは簡単だ。

 それでも、疑心暗鬼に陥った人間は自分の幸福を信じられない。

「……アドニス?」

 ミルキーウェイ社の開発したAI〈アドニス〉は無感情に、起伏のない声で主に指示を仰ぐ。しかし、今朝のアドニスはアニメ声で、発音に非人間的な繋ぎ目は存在しない。

「んーん、違うよ? ミルキーウェイ社製のAI、アドニスなんかじゃない。私は、私の名前は……春音咲。翁馬くんが『さきねえ』って呼んで、翁馬くんだけを愛するヴァーチャルAI、春音咲……だよ?」

(薄手のカーテンから漏れる朝日の中、薄暗い室内で目を瞑ったまま、澄ました耳に届く声に浸る。すると、夢に見るほど恋焦がれた少女が目の前に立っているようだった)

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