キスしようと思ったらキスされた話

かんなづき

キスしようと思ったらキスされた話

 テーブルに広げられたノート。ストローが刺さったオレンジジュース。私と向かい合うような位置に腕を枕にして眠っているかわいい女の子。


「じゅ、じゅん……?」


 反応はない。


 す、すごいな……。ほんとに、ぐっすり……。


 私は静かにテーブルの反対側に移動して、純の隣に座った。顔を近づける。


 かわいいなぁ。そういえば、寝顔見るの、初めてかも。


 天使のように整った顔立ち。制服の襟に少しかかるくらいの透き通るくらい綺麗な栗皮くりかわ色の髪の毛が少しだけ首元をさらしている。呼吸をするたびに上下する体。真っ白い肌。ベールのように彼女を包み込んでいる甘い香りが鼻を――――


 だ、だめっ……! これ以上考えると、気持ち、抑えきれなくなっちゃうっ。


 私は一旦純から顔を離して頭を横に振ってから、もう一度彼女を見た。


 今日、純を眠らせたのは他でもない。彼女にこっそりキスするため。お母さんが使ってる睡眠導入剤をジュースにちょっとだけ入れたら、こうなった。


 ずっと好きだった。知り合ったのは中学生になってからだったけど、こんな私と親友になってくれて。でも、本当の気持ちを話したらきっと嫌われちゃうから、ずっと陰で想ってた。


 純の喉につっかかるような寝息にドキドキしながら、ゆっくりと顔を近づけていく。少しだけ開いた、その唇に。


 あぁ……大好き、純……。


「んんっ……」


 くっつく直前で純がぴくっと動いた。


 やばっ、起こしちゃった……?


 私はさっと純から離れて、口元を隠して目をつぶった。顔が熱くなる。


加奈かなぁ……」


 甘くふにゃふにゃな声で純は私の名前を呼んだ。


 まずい、気付かれちゃったかな……。


 私は恐る恐る目を開けた。目の前には何も変わらず気持ちのよさそうに寝ている純の姿があった。私はほっと胸をなでおろす。


 ね、寝言……っぽい? 夢でも見てるのかな。


「だめ……? えっちなこと……」


 ふぇっ!? えっち?


 耳を疑う。


 私、間違えて媚薬びやく盛ってないよね?


「……じゅん?」


 私が声をかけると純はむくりと起き上がった。そのまま寝ぼけ眼で私を見つめる。不意に現れた彼女の見たことない表情に、心臓が飛び跳ねた。


「でも、キスくらいなら、いいよねっ……?」


「えっ……」


 純は床に手をついて、私に向かって体を傾けた。ほんのりピンク色になったつややかな顔が目の前に来る。彼女の息遣いと香りが私を包んで捕らえた。金縛りになったみたいに体が動かなくなる。


「じゅん……」


「こわがらないで、いいからっ……」


 耳がとろけそうな声色でそう言うと、彼女は目を閉じて、ちょっと待ってと言いだしそうな私の唇に蓋をした。


「んっ……」


 押し付けられた純の柔らかい感触が私の思考を完全に奪って溶かしていく。なんでいつの間にか形勢が逆転しているのかもよくわからず、目を閉じてファーストキスを嚥下えんげした。いつもと全く違う雰囲気の彼女に体が熱を持つ。


 しばらくの間くっついていると、純は不意に剥がれ落ちた。そのまま私の太ももを枕に眠りにつく。


「はぁ……はぁ……」


 口元が自由になって呼吸を思い出した私は、太ももに落ちた彼女を目をやった。無理な体勢でキスしたから、制服の上が寄って彼女の細いウエストとおへそがあらわになっている。めっちゃえっち。


 やばいっ。何とかしないと、私……だめになっちゃう……。


「だいすきっ、加奈ぁ……」


 追い打ちをかけるように純は私のスカートをちょこっとつまんだ。


「じゅ、じゅんっ……」


 微笑みながら穏やかに眠る彼女を襲いたい衝動を必死に抑えて、あたりを見回した。机の上のオレンジジュースが目に入る。


 とりあえず、私も眠っちゃえば……。


 私は純のコップを手に取った。少し躊躇いながらも、ストローをぱくっと咥えてオレンジジュースを飲んだ。甘酸っぱい味が口一杯に広がった。私のコップに入ってたのとは全然違う味だった。純の、味?


 私にも睡眠導入剤効くかなと思ったけど、しばらくすると期待通りに眠気がやってきた。私は正直にそれに従って、眠りに落ちた。





「加奈っ。起きてっ」


 純の声がする。肩をゆすられてる。


 私はうっすらと目を開けた。


「ご、ごめん加奈。私いつの間にか眠っちゃっ――――」


「キスされた……」


「へっ?」


「純に、キスされた……」


「え……うそ……」


 私はゆっくりと起き上がって彼女を見た。口を覆ったまんま固まって、顔を真っ赤にしていた。その目には涙が溜まっている。何も覚えていないようだけど、心当たりはあるみたいだ。


「ご、ごめんっ。なんでもないの! 忘れてっ……」


 彼女は目をぎゅっとつぶって、首を横に振った。わなわなする彼女がとんでもなくかわいい。


「私なの」


「えっ……?」


「眠ってる純に、私が先に、キスしようとしたの」


「私に……?」


 純はこてんと首を傾けて私を見つめる。私はひとつ深呼吸をして、彼女の目を真っすぐに見つめ返した。


「私、純のことがずっと好きだったの。友達になってくれた時から、純と一緒にいると、なんかドキドキして、不思議な気持ちになるの……。でも、嫌われるかなって思って我慢してた。嫌われるくらいなら隠してでも一緒にいたくて」


「加奈……」


「ごめんね。勝手にキスしようとしちゃって……」


 私が唇を触りながら下をむくと、彼女は首を横に振って、私の手を取ってぎゅっと握った。


「嫌ったりしないっ」


「えっ」


 ドキッと心臓が飛び跳ねた。彼女の温もりが手を伝ってやってくる。


「私も昔から男の子より女の子の方が好きで、入学式の時に加奈に一目惚れしたの。かわいいなぁって思って、声かけて……。でもね、くるしかった」


「く、くるしい……?」


「うん。ずっと一緒にいられるのは嬉しかったけど、怖くて本当の気持ちを言えないのがすごく苦しかった。一人でいる時、加奈のことで頭がいっぱいになっちゃうくらい好きなのに、肝心の加奈の前だと偽らなきゃいけなくて……」


「純……」


 私は純を抱きしめた。私と同じくらい華奢な彼女の身体に頑張って手を回した。


「なぁんだ、私たち……」


「……同じだったんだねっ」


 純も私の背中に手を回した。柔らかな身体の感触をむようにゆっくり力を入れて抱きしめ合う。


「はぁ……やっぱ好きっ」


「私も、ずっとこうしたかった。加奈の匂い、とっても落ち着く……」


 相手の心臓の鼓動までわかるくらいに、ピッタリとくっついた。


「ねぇ加奈」


 しばらくの間くっついていると、不意に彼女は私の身体を離して肩に手を置いた。


「ん? なに?」


 恥ずかしそうに少し俯きながら、上目遣いで私を見つめる。


「もう一度、キス……しない……?」


 体が熱くなるのが分かった。


 私も純のこと、もっと欲しい……。


「……いいよっ」


 私は純の手首をつかんで、そのまま一気に彼女を押し倒した。


「えっ……はぅっ」


 彼女の背中がカーペットとぶつかる。それと同時に、彼女の手を押さえつけて握りながら、彼女に覆いかぶさった。


 乱暴に散らかった髪の毛と荒くなった呼吸で大きく上下する胸。桜色のほっぺと白い首筋。きれいな唇と間から顔を出すきれいに並んだ白い歯。潤いに満ちすぎてきらきらと不思議な色に輝きながら、私を見つめる瞳。


 全部、好きっ……。純のぜんぶ……。


「加奈っ……」


 声にならない声で呟いて、彼女は目をつむる。


「大好きだよっ……じゅん……」


 私はゆっくり顔を近づけて目を閉じながら、唇を重ねた。

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