ドン・キホーテ物語

@n0-I

第1話

今日はドンキで働くことになった初日だ。ハローワークで雇用先を探し、選出とは可能未来からほんの一つの可能性を引き出し、発効する現実である。時間帯は朝の7時から12時までだった。自転車を漕いで駅前店に向かう。警備の人に名札を見せ、地下の通りを歩き、ドアで待っていると、高齢の女性が水筒かなんかを持って待っている、いつドアが開くのか、わからなかった。待っていると、もう一人これまた高齢の女性が…森島さんという、この人はもの柔らかい感じであった。最初の人は常に怒ったような表情をしていた。「男の子がいると楽」とその人は言った。事務所に入り、衣服を脱ぎ、制服姿になり、タイムカードを押したのだと思う。仕事内容はエレベーターで上に上がり、搬入口から荷物を下に下ろして、あとはひたすら品出しと商品の整理、入れ替え…など、単純作業だ。エレベーターに乗っている時、「大丈夫だよ、最初は、でも身体動かすから身体が痛くて男の子もいたけどほとんどやめちゃった」と言われた。「待っててね」荷物を種類ごとに定位置に置く、カゴ車のジッパーのついたビニールを開けて(ギン車とい言う)、それからカゴ車を店内に運び、商品を品出ししやすいように「ばら撒き」という作業をする。社員さんが一人おり、鍵を開けてくれるのがこの人なのだが、紙パックの牛乳を床に直接置くから衛生上良くない…ここだけの話だけど…。ばら撒きが大変だ。おろす、おろすのが大変だ、これは違う、こっちか。僕はなぜだか清々しい気持ちになることもあったが、もうこの時点で僕はやめるだろうと確証した。覚えることが多すぎる…。この日はたまたま家族が休みだったのか、僕一人だけ仕事をしていて家族は家にいる、それを想像しては清々しさに加味されたのだろう。今までは逆だったから。伝票、納品明細書をまとめて渡す。ばら撒く時、勝手が難しい。しかし、「いいよ、そこ、ポンポン置いてくれれば」という感じで言ってくれたいた。何かあるたびに僕は「すみません」と言った。森島さんではない方の、刺々しい容姿をした人、もういい、名前も思い出せないし、思い出したくもないから「風車」と呼ぶことにしよう。風車は僕に「そんなすみませんなんて言わなくてもいいんだよ」と言った。「もうやっていいですよ」とある程度ばら撒きが終わったので、品出しを始めた。スイーツ、ヨーグルト、カップ飲料、僕ではない人物に投影し、造形的思考においてその作業をこなしたかった。ただ黙々と品出ししているだけだと、なんとも面白くない。へまをすることをうかがうドンロレンソが見られながら、可能なかぎりの疾駆で品出しをこなした。頭の中では音楽が流れていた。こんな立ったままじゃいけませんや、5時間も続くのかと思うと辟易した。しかし、不思議なことに罪責感はなかった。ドン・キホーテでは芋がゴミになる、食品廃棄BOXに入れるのも後ろめたかったが、入れた。品出しを終え、消尽、その時には客が目につくようになった。商品の入っていた空のケースをギン車に入れ、エレベーターでまた上に搬入口に持って行く。そしてその頃にはまた新しい商品が来ているので、それをまた下に持って行く。そして品出し繰り返し。「まだどんどん来るんで」と社員は言った。店棚を見て飽き飽きした。「ドリンクメインで」というから二リットルのドリンクの段ボールを開けてそれを山積みにする作業をした。ドン・キホーテはとにかく歪な形であれ、たとえ倒れそうでも極限まで商品を置かなければならない。売ることに尽力しなければならない。間断ない様子でメモをしていると、それを見るや風車が「メモしなくていいです」と言った。不承不承ながら…はい、と言ったが、これはメモをしているということを見られてはならないという属性であった。物思いが千々に乱れ…そんな日々が数日間続いた。「カップ麺のメンテしてください」というからカップ麺の賞味期限や、前だしをした。商品を整理することをドンキではメンテナンスという。「腰に巻くエプロンみたいなのって置いてありますか」と客が聞いて来たのでインカムを飛ばし情報を共有し、「おもしろTシャツとか扱っている所にあります」と言った。帰ったら、眠ろう。


「もう慣れた?」森島さんが聞いて来た。曖昧な境界を持たせながら、一応、まあ一応と乾いた笑みを浮かべながら言った。風車がなんかの拍子に「手を気をつけてね」と言って来た時、僕は「はい、大丈夫です」と言ったら「そういうときは、大丈夫じゃなくて、ハイって言うの」と語気鋭く言って来た。僕を拘束する審級を何らかの言葉で言い返してやりたかったが、歯に衣着せず、閉口した。9時になると、開店なので搬入口に取りに行く、ここから見える外にただただ渇望した。


ある日、勤務時間を過ぎていたが物量が多く仕事が残っていたため、がら空きだった商品を補充しようとした、タイムカードを押さずにマウントレーニアを何ケースか冷蔵庫から持ってくると、風車が「もう時間なんじゃないの!」と噛みつくような声調で言って来た。僕は「これだけやったら帰ります」と言った。それさえも聞き入れず「これは私たちが管理してんだから、いいんだよ」と睨み合うように言って来て、僕は「社員さんに聞いても大丈夫だって言ってたんで、調整もできますから」と言ったら風車はいきり立ったように無言でその場を足早に離れた。その時、もしかして僕のタイムカードを勝手に押しに行ったのではないかと危惧することになった。次の日から僕はタイムカードを鍵のついたロッカーに入れ、鍵を離さず携帯し、絶えず誰かにタイムカードを押されはしまいかという妖術師の悪巧み、奸策から身を守った。


深夜3時に目覚めた。6時過ぎには起きなければならない。「想像するから許してくれないですか。家で仕事をしているところを想像しているのでそれで仕事してるってことにはならないですか、そうですか」とひとりごちた。「闇の中の黒い馬: 夢についての九つの短篇」という本がある創作の源流となるような夢を見ること、そしてその余韻に浸りながらバイトをするということ…。待て…。待てよ…。馬!?ロシナンテのいななきが聞こえた。馬の乗り方一つで人は騎士にもなり、馬丁にもなる。


気温は三度、寒かった。バイトに行くのが嫌だった。母、父は辛いことがないと言っていた。「やることがあるから」と。母は「やりがいと見つけるんだよ」と言った。


「今日は綺麗に並べられたねとか、社員に言われても嬉しくともなんともないよ」と僕は言った。僕は店長に相談し、7時から12時までだった勤務時間を11時までに減らした。月に80時間以上は働かなければならなかったらしいから、一応それで取り決めとなった。


僕は鎧兜に身を固めるとロシナンテにまたがり、バイト先に向かった。それは雄途であり、おお、遍歴の騎士道の精華!「ドゥルシネーアの館に案内してもらおうか」と警備の人に言うと、狼狽しており、「遍歴の騎士というのは、大小さまざまな資質を兼ね備えることにより、初めて生まれる」と説明した。


事務所に入ると、風車がいた。鍵は騎士道の実践に不可欠なたくましい槍に成り代わり、僕は「君はまさにその地点で、君の軽蔑した剣術によって倒される」と言い放ち、敵に向かってまっしぐらに突進していった。「哀れな 墓に入るが良い」突然の予期せぬ死。さて、あとは、僕は従者であるサンチョ・パンサをつけなければならない。貧乏のため戦に行くサンチョには廃棄の芋を食わせておけばいい。あとは思い姫、ドゥルシネーアだ。僕はインカムを使い大音声を張り上げた。「拙者こそドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャにして、助けを必要とするあらゆる階層の人々の救援の手をさしのべるを使命とする者」「思い姫を助けるのは義務でもあり責任」


搬入口まで行った。そこでギン車がエレベーターの溝にめり込んでしまい、重量もあってか動かなくなってしまった。しかし、凛々しくも悠揚迫らぬ物腰を見せながらその荷車を引き上げた。そして、この荷車は、何か新たな冒険の到来を思わせた。

「お待ちなされ、そこの方、思い姫、ドゥルシネーア」

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