4話 戦闘

 最初の弾丸を横に一歩引くだけで避けると、男は担いだ黒刃を下ろした。


「おらあっ!」


 旧型のトランペット型アサルトライフルを構えた狩人が、男目がけて銃弾を撃ち込んだ。男は黒刃を手にしたまま横に走る。背後にあった薄いバリケードに芸術的な穴が開くと、下の隙間から赤い血が流れ出てきた。

 それを気に掛ける様子もなく、マガジンを装填しては走る男を追っていく。


「ははははあっ!」


 男の肉体にめり込んだ銃弾が自己再生によってはじき出される前に、狩人はありったけの弾丸を撃ち込んだ。小さな音を立て、口で手榴弾のピンを外して投げつける。狩人が三度目のマガジンを装填しかけた瞬間、その視界が暗い空を向いた。ライフルの音が止まる。世界が停止したようだった。

 楕円を描くように近づいた黒刃が、大きな踏み込みとともに真横から首を刈り取ったのだ。地面にごろん、と狩人の首が転がる。黒い靴が残った胴体へと迫る。各国入り乱れた兵装に身を包んだ胴体を掴むと、それを軽々と大鉈のように背後へと放り投げる。


 首の取れた死体が、兵装の重みで人形のように落ちた。どちゃりと音を立て、その下にいた異形を潰した。

 男の赤い瞳だけが、ぎょろりと背後を見た。

 闇の中から、一匹、二匹、と血の臭いに誘われた異形どもが、この空間を支配していく。醜怪な異形どもに向けて、いまだ血を滴らせた黒刃が振るわれた。


「あぎょお」


 途切れたような悲鳴とともに、生臭い血と臓物が撒き散らされる。

 集まってきたのは異形だけではない。バリケードの中の物資を、我先に奪い取る中年女の鼻から上が一緒に飛んだ。その様子を嘲笑った男は、背中を裂かれたところを餓鬼に殺到された。あっという間に細い手足に蹂躙され、目玉を抉られ、舌を引き千切られ、腹から内蔵を引きずり出された。

 男は足に力を入れてから、勢いよく跳躍した。上段に構えた黒刃を、体重を乗せて地面に叩きつける。ひび割れたコンクリートに衝撃が走った。中年女の死体がズタズタに裂け、老いた皮膚が引きちぎれられた。地面の破片が地面から浮き上がり、飛び散った死体を巻き込んで生者に降り注ぐ。石と生物だったものがない交ぜになる。


 男の目線が、少し離れた場所にいた『太陽の子』の兵士たちへと向けられた。

 彼らは一心に祈っていた。

 『太陽の子』は、化け物と化したモノたちにも救いがあるべき――という、仏教なのか何なのかわからない主張なのだ。どうも本気でそう思っているのだから始末に負えない。彼らがやや怒ったように、自らの刀に手を伸ばしたのを見逃すはずはなかった。

 跳ぶように駆ける。

 一瞬にして距離を詰めるのと同時に、黒刃を振るう。


 信徒といっても、武器を持っているからには実働部隊があるのは確かなのだ。敵は化け物だけとは限らないのだから。だが、兵装に白を選ぶそのセンスだけはいただけない。そんなものは上層部だけにするべきだ。

 白服の兵士どもに、黒い刃がすり抜けていく。真っ白な兵装に赤が飛ぶ。


 どうやらこの中にヒーラーはいないらしい。その代わりにテレパシー持ちがいるらしく、一人が耳に手を当ててどこかへ喋っている。


「八十神さま! 白髪鬼です! 見つけました!」


 誰かを呼んでいるようだ。

 上司だろうか。

 だが誰だっていい。

 耳に当てた腕ごと黒刃が削り取った。頭と手首が一緒に飛んでいく。頭が飛んでも手首がくっついているとは、見上げた根性だ。地面に落ちた拍子にバラバラになったが。落ちた音を合図に地面を蹴りつけ、大地に小さな罅を残して跳んだ。

 上段からと見せかけ、下へと落ちながら勢いよく地面を薙いだ。


「おおっ!」


 野太い悲鳴とともに、衝撃波をまともに食らった。衣服を破り、肉片が舞う。思わず自身を庇ってしまった兵士の前に落ちる。ギョッとした顔のそいつの目の前で、持っていた刀を持つ。指先から血が落ちる前に、バラバラになるよう握り潰した。


「あ……」


 恐怖の表情とはこのことを言うのだろう。

 男はとうに忘れてしまった感情だ。至近距離で思い出させてくれた礼に、勢いよく黒刃を心臓に突き刺した。


「ごぶっ」


 そうして、此方を見て後ずさる兵士へと黒刃を薙ぐ。その拍子に、黒刃に突き刺さった兵士が抜けて飛んでいった。死体を受け止めてもんどりうった兵士を追いかけ、死体ごと真っ二つに裂いた。


「おおおおっ!」


 後ろから刀を手に走ってくる気配が二つ。

 男はギロリと睨んだだけで、背後へ回転しながら大きく黒刃を薙いだ。装甲など意味は無く、胸から上下に分かれた。白い兵装が赤黒く染まっていく。ついぞ見なくなって久しい白い色が、ありふれた色になっていく。 

 一緒に破壊した電動ランタンの中身が溢れ、電気的な音が鳴る。ボン、と音がすると、転がった兵士の衣服に着火した。


 男は周囲を見回した。

 やけに明るい炎に包まれながらも、最後に残ったのは鬼だけだった。


「……や……」


 下から声が聞こえる。

 まだ生きていたらしい。おもむろに片足を出し、潰されかけた顔に軽く乗せる。


「やそがみ……さま……」


 力を込める。

 頭蓋骨ごと顔のど真ん中から粉砕する。小さく覗いた目玉がひとつ飛び出してきた。神経を引きずりながらも地面に転がる。


 やそがみ。

 一体誰なのかと思う間もなく、強烈な視線を感じた。


 こちらへ急速に近づく視線の主へと目を向けたとき、ズパンと強烈な音がした。左側が軽くなる。

 地面に、自分の左腕が落ちたのが見えた。

 左腕の肩から、腕が刈り取られていた。

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