5話 捕縛
人類が異形を狩る理由は、いまや危険の排除だけではない。
人類と同じパーツを持つ異形たち。彼らへの罪悪感と抵抗感が消えたあとは、食糧・物資の調達のためでもある。
だが、鬼たる男が延々と異形を狩る理由を誰も知らない。
異形と人、その区別なく剣を向ける鬼。
だからこそ、人々は噂した。
あれは、ただ殺戮を楽しんでいるのだと。
「……よくも俺の腕を仕留めたものだ」
笑う。
腕を落とされたのは久しぶりだった。
男の腕は既に再生し始めていた。
切られた鬼の腕の伝説を塗りつぶすようだ。切り取られた場所から触手のようなものが伸び、絡まり合いながら新たな腕を再構成していく。さすがにコートや衣服はすぐに再生できないが、そんなものは後でいい。少々油断していたのかもしれない。
男の視線の先に、白めのスーツを着た人物がいた。彼は眼鏡の位置を直してから、素早く踏み込んだ。黒刃を振るうのとほぼ同じタイミングで、金属音が響いた。眼鏡の持っていた刀とかちあったのだ。
「お初にお目に掛かります」
「お前……、何者だ?」
「八十神、と申します」
白いスーツで突っ込んできたのはイカレてるとしか言いようがない。
再び離れた刃が、同時に突っ込む。
「畏れ多くも八十の神と書いて、ヤソガミです」
黒刃が受け止められ、あたりに清涼な音を響かせる。
「どうぞ、お見知りおきを」
拮抗する。
無理矢理に黒刃が押し切ったが、一歩早く八十神が後ろへ跳んだ。
標的を失った黒刃は、コンクリートに突き刺さって地面を割った。
「……お前が教祖か?」
「そんな。教祖様が宮司なら、ぼくはしょせん禰宜のようなものです」
宮司の補佐みたいなものじゃないか。
男の目が僅かに見開いた。
いわゆる管理職がのこのこやってきたというわけだ。
だが、ただの管理職ではない。
「邪魔が入ったとはいえ、先程はぼくの部下が失礼しました」
八十神は刀を構え直して笑う。
「いわゆる戦闘力的なところで、少々甘い所がありまして」
部下が死んだことにもまったく感情を動かされていないようだった。物腰は柔らかくも、一瞬ぎらぎらと光った目が男を捉える。
男も黒刃を構え直した。
「それで。……結局、新興宗教が何の用だ」
「貴方に来てもらいたい。ただそれだけです」
「それだけ、じゃないだろう。宗旨替えしろとでも?」
「ははは」
にこりと笑うと、男が跳躍したのに合わせて身を屈めた。
「貴方にあそこへ行ってもらいたいんですよ」
目の前に落ちてきた男の巨大な黒刃を、横へ跳んで避ける。
首を落とさんばかりの追撃をしゃがんで避け、涼しい顔で黒刃を避け続ける。
「あの冥宮へ!」
跳躍する。
視線で追った男の片目が、ぴくりと動く。
「ええ、素晴らしいほどの逸材ですよ、貴方は」
黒刃に八十神の顔が写る。
「それほど巨大な武器を使いこなしながら、畏れ多くも異形の殺害に使うとはっ」
落ちてきた八十神は、黒刃を避けることは無かった。それどころか、突き出された黒刃の先端に着地したのだ。男の目が丸く見開いた。
「な……」
多くの異形と人類の血を啜った黒刃が、子供のように扱われている。
――なんだ……こいつ!?
ほとんど初めて出会う異質ななにか。八十神への印象はそれで定まった。ただの人類ではない。奥底からこみあがってくる嫌悪感と敵意が剥き出しにされそうだった。
ほとんど数秒も留まっていない間に、八十神の姿が消えた。
その気配を追って振り向こうとした瞬間、後ろから頭に小さく手が触れられた。
「ええ、そう――たとえ僕に制圧されたとしてもですよ。白髪鬼」
ゴジャッと後頭部から骨の砕ける音がして、炎のような痛みが全身を駆け巡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます