2,“探偵”・和泉広昌の雲隠れ(2)



「僕の“探偵”も自分で探偵と名乗ることは一度もありませんでした。しかしあまりにも事件をすぱすぱ解決していくもんだから“探偵”と周りに呼ばれてたんです。和泉広昌いずみひろまさっていう人でね、“探偵”の呼び名に名前負けしない良い名前でしょう?」


 先生は「ええ、確かに」と真面目に言って同意してくれました。


「“探偵”って呼ばれるからにはエキセントリックな一匹狼かと思われるかもしれないけど、広昌さんは人間味があって優しくて、周りからヘボ扱いされていた僕なんかの面倒をよく見てくれました。

 だけどある日突然、雲隠れしちゃってね。だから僕は奴を探し出さなきゃいけない」


 広昌さんがいなくなったことを話す必要は別になかったのですが、先生を見てるとなぜだか不思議と話したくなってしまったのです。ここまで喋ってしまってからそれが悪手のように思えてきましたが、それもまた一興と思って僕は気にせず会話を続けることにしました。


 雲隠れという言葉を聞いたとき先生は何か衝撃を受けたような顔をして手をぎゅっと握っていました。


「広昌さんは先生がお書きになった『レクイエム』に出てくる古川探偵みたいに頭のキレる格好良い人でしたよ、惚気のろけるようで悪いですがね。古川探偵にはモデルが?」


「ええ」


「どのような人かお伺いしても?」


「ニッタリイチ、俺の友人で探偵を生業なりわいにしている男です。そいつをモデルに古川という人間を書きました」


「……探偵なんてそうそう現実にいるもんじゃないと思ってましたが、実際いるもんなんですね」


 僕の引きつった笑顔を気にすることなく先生は言葉を続けました。


「ええ。俺は副業にニッタの助手をしていました。つまりは、です。奇遇ですね」


 最初に探偵助手なんて言ったのは僕でしたが、先生までもが『自分は探偵助手だ』なんていう妄想の産物のようなことを言い出したのがまるで理解できませんでした。

 僕は内心驚いていましたが、先生も同様に驚いている様子で話していました。


「……本気で言ってます?」


「ええ。俺が冗談を言うように見えますか?」


 先生の顔をじっと見てみましたが、その顔はへらへら笑う僕と違って、至極真面目な顔つきでした。

 とても冗談を言っているようには……


「見えません、ね」


「そうでしょう? それにちゃんと証拠もありますよ」


 彼はそう言って、名刺を財布から一枚取り出して僕にくれました。それは探偵・ニッタリイチの助手としての名刺でした。僕が食い入るようにその名刺を見ていると、「小説家としての名刺もちゃんと持ってますよ」と心配そうに補足した。


 僕も名刺を渡すべきなのだろうとは思ったけど、広昌さんがいなくなってからは仕事を辞めてしまったから名刺なんか持っていなかったし、そもそもこの時は手ぶらだったから一言謝ってから先生の名刺を上着のポケットにしまいました。


「でも、もしかしたら俺は探偵助手をクビになっちゃうのかもしれない」


「どうしてです」


 僕がそう聞くと先生は淋しそうに微笑みました。無理をして作ったその微笑は簡単に壊せそうで、他人の僕が見ても分かるくらいに脆いものでした。


「ニッタが一ヵ月前にいなくなりまして」




 奇遇なことに、不運なことに、ロープウェイで出会った僕たちは、『探偵を失った助手』たちだったのです。




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