圧壊するクリシュナ 3
「申し訳ありません、陛下」
ゴルゴーンは沈痛な面持ちで鉄格子を掴んだ。
「陛下をこのような場所で一晩も過ごさせてしまったこと、このゴルゴーンの責任です。処罰は後で如何様にも」
よほどの罪悪感に襲われているようで、ゴルゴーンはもはや涙目になっている。涙目のまま、おもむろに腕に力をこめた。
めきめきと曲がり始める。まるで針金を見ているようだと、ルジンは思った。
(それとも、野生のウェンディゴか)
ルジンは幼い頃に、そういう生き物を見たことがあるのを思い出した。雪山をうろつく、巨大な熊のような生き物だ。
罠にかけて檻に閉じ込めても、その腕力で脱け出してしまう。
「さあ、陛下。このゴルゴーンがお供いたします。ここを抜け出し、陛下を捕えた不敬な者どもを征伐しましょう」
「征伐しましょう、と言われてもな」
ルジンは軽い頭痛を覚えた。
「お前、ここまでの守衛とか、どうしたんだ?」
「まずは陛下の裁定を仰ぐべきかと思い、殺してはいません」
また、気の遠くなりそうな台詞だった。
(俺の裁定を仰ぐ、だとよ)
裁定を待っていたのは自分の方だ。彼女の頭の中では、まるで立場が逆らしい。
ルジンが頭痛を抑えるため、額に手を当てる。するとゴルゴーンは顔色を変えてルジンの手を掴んだ。
「どうされたのですか、陛下! まさか負傷を?」
「していない」
「陛下を幽閉した上、よもやお体に傷までつけるとは……! あの男、ただでは殺さない。死を救いと思うほど後悔させてから――」
「やめろ、必要ねえから!」
ルジンは思わず大きな声をあげていた。
放っておいたら、ゴルゴーンはとんでもないことをしでかしそうな気がする。
(いままで、あんまり関わりたくないと思っていたが――)
逆ではないか。
自分と関係のないところで、「ルジン王」だかの話を吹聴されてはたまらないし、どんな蛮行に及ぶかわかったものではない。
「――いや、お見事! さすがです!」
ホルスカーが不意に明るい声をあげ、拍手をしていた。
「すごいですね、彼女は。さすがはルジン王随一の将軍だ!」
「おい」
「ふ。露骨な追従だが、受け取っておこう。お前はなかなか見る目があるようだな」
ルジンは咎めるようにホルスカーを見たが、ゴルゴーンは気恥ずかしそうに髪の毛をかきあげた。
「待てよ。ホルスカー……ああ、副議長さん?」
「ホルスカーで構いませんよ、同志ルジン王」
こいつは、人を勝手に仲間として計上する男だ――ルジンはさらに目の前の貧相な人間に対する警戒を強めた。
(しかも、『ルジン王』だとよ)
パーシィを横目に見る。素知らぬ顔で、目を逸らされた。ため息をつくしかない。
「ホルスカーさん。ゴルゴーンにあんまり適当なことを言わないでくれ。あと、人を勝手に王って呼ぶな」
「わかりました、気を付けますよ。ですが、彼女の存在は非常にありがたい」
ホルスカーは満面の笑顔でうなずく。
「こちらで考えていた計画を前倒しできそうです。実は彼女たちの存在も見越して、ルジンさんに声をかけさせていただいたんですよ」
やっぱりそれか、とルジンは思う。
なんとなくそんな気がしていた。自分の能力なんてたいしたことはない。
価値があるとすれば、ベクトの友達であること。それと、理由は知らないが《転生者》を名乗るゴルゴーンたちが自分を持ち上げようとしていることぐらいだ。
「なにしろ、ゴルゴーンさんときたら、陛下の直接の命令以外は基本的に聞かないと断言していましたからね」
「当然だ」
ゴルゴーンはむしろ誇らしげに顔を上げた。
「ルジン陛下の最強の矛にして、最優の臣。それが私だ。……とにかく陛下、一刻も早くこの場を出てください。このような牢獄、陛下のおられる場所ではありません」
「俺も別にここにいたいわけじゃないんだが」
ルジンは考える。
ここからどうするべきか。選択肢は少ない。
「行く当てがあるわけでもないし」
「行く当てなら、どうか私にお任せを」
ホルスカーがいつの間にか立ち上がっていた。自信ありげに胸を叩く。
「我らは人類に変革と勝利をもたらさんとする急進派。こういう時に備えた拠点の一つや二つを備えています。ルジン王をお迎えするには狭い場所ですが、ゴルゴーンさん、ご同行いただけますか?」
「おい、誰が――」
「ルジン王の行くところならば、どこへでも。このようなことがあった以上、もはやお傍を離れるわけにはいかない。命に代えてもお守りしなければ」
ルジンの言いかけた文句は無視された。
(なんなんだよ、これは)
代わりに、もう一度だけパーシィを見る。彼は退屈そうに壁に寄り掛かっていたが、その視線に気づいて笑った。嘲笑に似ていた。
「そろそろ巡回の兵士が近づいてるし、動いた方がよさそうだね。ルジン。安全なルートはぼくが教えるよ」
「……外はトラップだらけじゃないのか?」
「誰がその設営を指揮したと思う? 相互の通信を一手に握っていた、頼れる男といえば?」
パーシィの質問に、ルジンは答えを返さなかった。
そういうことに関しては、嫌になるほど有能な男だ。
(こいつの方が魔王とやらに向いてるんじゃないのか)
ルジンは本気でそう思った。
「それで、ルジン」
パーシィは明らかに面白がっているように言った。
「あと三日か、五日か。七日か。それはわからないけど、もうすぐブレイヴ個体が動き出して、この街を攻めるのは確実だ。何かいい案はないかな?」
「なんで俺に聞く」
「そりゃあ、きみ」
パーシィは驚いたように目を丸くした。いちいち、芝居がかった表情をする男だ。
「きみはいい加減なことばかり言うけどね。こういう状況だと、すごく当てになるやつだって知ってるからさ」
「買いかぶりすぎだ」
「いやいや――ぼくはかなり信用してるんだよ」
パーシィは片眼を閉じた。
「きみのその、死にぞこなう能力っていうのかな。そういうものを。……どうだい。何か考えぐらいあるんだろう? 『クリシュナ』をどうにかする方法のさ」
「勝手なこと言うな。だが」
ルジンは顔を歪めて、ゆっくりと立ち上がる。
「なくはない。一つ、思いついたことがある」
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