圧壊するクリシュナ 1
サヴラール市第二層は、その数日間をよく持ちこたえたといえる。
ゴルゴーンの率いる部隊は常に《転生者》を撃退し続けてきた。
バンディットやソードマンは言うに及ばず、強固な盾となるパラディンでさえ、ゴルゴーンの『瞳』は一撃で撃ち抜くことができた。
だが、そうした防衛戦にも限界がある。
ゴルゴーンの『瞳』は威力を抑えて撃ったとしても、冷却時間が必要だ。
そしてゴルゴーンが不在となる部隊では、明らかにその間の防衛力が落ちる。設置されたトラップも徐々に使い果たす。
その日の夜、第二層の防衛部隊は、ついに下降階段を隠した大広間にまで追い詰められた。
この第二層の要である広間は、『サヴラールのあぎと』と呼ばれている。
地面から生物の歯のように生える設置型の「盾」を備えた、防衛拠点の一つだった。
「パラディンが一、ソードマンが七、バンディットが三」
ゴルゴーンはその目に捉えた《転生者》の数を、正確に数える。
「アーチャーが四――クレリックが一。警戒しろ、あれは運び屋だ!」
それは見過ごすことのできない敵だった。
クレリックが、その背中に青白く光る結晶体の欠片を背負っていた。《水晶》の欠片である。
こうした個体は「運び屋」と呼ばれており、その名の通りダンジョンと化した都市の奥まで《水晶》の欠片を運ぶことを目的としている。
そして十分な欠片が集まると、《水晶》の設営を始める。
完成すると、その場所は《転生者》の傷を癒す拠点となってしまう――よってできるだけ早期に発見し、全力で撃破する必要があった。
「援護しろ。前衛は左右に分かれて仕掛ける」
ゴルゴーンは、広間に生える『盾』に身を隠しながら指示を出す。
この『盾』はゴルゴーンの長身をじゅうぶんに隠すほどに大きく、また強力な結界で保護され、分厚い。
アーチャーの放ってくる棘でさえ止めることができる。
「パラディンの注意を引け。その隙に、私が撃つ」
バンディットが
「防御が空いたら、狙撃班はクレリックに攻撃を集中させろ」
口々に「了解」の声が返ってくる。
ゴルゴーンが直接指揮する部隊は、あわせて三十名。そのうち狙撃兵は十名を配してある。攻撃重視の編成といえた。
「――いけ。始めろ!」
ゴルゴーンの合図と同時、前衛部隊が左右から回り込む。
広間に生えた多数の盾が、その動きを可能にする。ソードマンとバンディットがそちらを遮るように動き、アーチャーが棘を射かける。クレリックは後退する。
パラディンもつられて、右の手勢に向き直った。
その瞬間を、ゴルゴーンが見逃すことはない。
パラディンはゴルゴーンを特別の脅威だと考えていない。
――《魔獣化》兵士がそうであるように、彼女たちのような存在が持つ利点はそこにある。
《転生者》たちには、ほとんど人類の見分けがつかない。
特にブレイヴ個体が活動を休止しているいま、危険な人間個体に対する詳細な情報共有は望むべくもない。
よって、現状はゴルゴーンの砲撃がもっとも効果を発揮する状況であると言えた――特に、最初の一撃においては。
「陛下の不在を守るのは、他でもない」
右手がパラディンを指差す。その腕に、無数の目が浮き上がる。瞳を開く。
「この私だ」
光が放たれ、空間を焼く。
直線軌道上に割り込んでいたソードマンもろとも、光はパラディンを貫いた。その上半身を吹き飛ばす。跡形もない。
「よし」
ゴルゴーンはすぐに腕を引いた。拳を固めれば、開いていた『瞳』も閉じる。その指先が、赤熱していた。
(ほんの一瞬だけでも、やはり反動は大きいな)
今日だけで四度目の砲撃だった。
骨まで焦げるような、強い熱と痛みを感じる。いつものように奥歯を食いしばらなければ、声をあげてしまいそうだ。
「狙撃、命中です!」
ゴルゴーンが痛みに耐えている間に、狙撃兵の攻撃は成功している。
強い呪詛を含んだ弩の矢がクレリックの胴体を射抜く。立て続けに六度。それは完全に致命傷だった。
「ゴルゴーン部隊長、《転生者》の残存戦力が撤退していきます」
「……ああ」
声をかけられ、ゴルゴーンはゆっくり立ち上がる。
素早く立ち上がるには、疲労が蓄積しすぎていた。部下たちの前で、よろめくような醜態を晒すわけにもいかない。
「この階層はそろそろ限界だな」
ゴルゴーンは何も疲労などないかのように、部隊と、広間とを睥睨する。
設置型の『盾』も、損耗が多くなってきた。アーチャーの放つ棘で亀裂が入り、メイジのエーテル攻撃によって砕けたものもある。
部隊も無傷ではない。
「もうすぐ交代の部隊が上がってくる。明日の朝には、三層への防御線引き下げを提言しよう。諸君も本日は体を休め――」
言いかけたとき、再び広間の入り口に大きな影が見えた。しかも数が多い。
新手か、と思った。
早すぎる。まだ体力が回復していない。砲撃はおろか、体を動かすことも難しいだろう。部下の疲労も蓄積している。
だが、すぐに違うとわかった。
それは馬に乗った人間だった――五十騎ほどの部下を連れていた。
「ゴルゴーン殿」
馬上の人間は、快活な声をあげた。見覚えのある男。たぶん、ロースタルという名前だったはずだ。
「丸一日、ここを守り通されるとはさすがだ。やはり貴女に任せて正解でしたね。いや――留守にして申し訳ない、評議会上層部からの出撃要請でして」
ロースタルはゴルゴーンの前で馬を降り、笑いかけてくる。
(そういえば)
ゴルゴーンは思い出す。
今朝から、この男はどこか「別の任務」に出かけていた。
本来はこの男の部隊が広間を守る分担になっていたため、それを補うため、ゴルゴーンの部隊がここを守ることになった。
そのことを言っているのだろう。
「しかし、私がこうして戻ったからには、もう万全です。私と貴女の二人が手を取り合えば、この都市はきっと守り切れますよ」
ロースタルが片手を差し出してくる。
(……なんだ?)
何を意図したものかわからず、ゴルゴーンはただその手を眺めた。
しばらく後になって、それは握手を求めていたのだろうということに気づいた。が、このときはただ、ロースタルが気まずそうに手を引っ込めるのを見ていただけだ。
「いや――しかし、ですね。うん。貴女の顔を見ることができて安心しました。心配でしたよ。私が不在にしてしまったことで、貴女の身に何かあれば――」
「貴君が不在であったことに、どのような意味がある?」
ゴルゴーンは心から疑問に思い、尋ねている。
「自分の身は自分で守る。戦士ならば当然のことで、また、貴君の不在は防衛力にさほど影響していない」
ロースタルの顔が強張った。どうやら不満を抱いているらしい。
(なるほど。言い過ぎたか。かつての私も、面と向かって能力を否定されたら不快に思っただろう)
ならば、と、ゴルゴーンは思う。
この男も都市の防衛部隊の一員であり、つまりいまはルジン・カーゼムの貴重な戦力の一端だ。
下々の不満を解消するのも、ルジン王の麾下としての責務だろう。
「ロースタルといったな。貴君もいま少し励むがいい」
ゴルゴーンは深くうなずき、ロースタルを正面から見据えた。
「努力如何では、陛下がご帰還なされた折、貴君の功績をお伝えするのもやぶさかではない」
「――陛下か」
ロースタルは抑揚に乏しい声でつぶやいた。どこか冷笑的な笑みが浮かぶ。
「ルジン・カーゼム。あの男は捕えることになりましたよ。いまは監房に入っています。あの得体のしれない森の民どもと一緒にね」
「なに?」
予想もしていなかった言葉だった。ルジン・カーゼムと監房という言葉が、ゴルゴーンの中では結びつかない。
「命令違反による咎で、いまは処罰を待っている。まあ、市外追放が妥当なところでしょう」
ゴルゴーンはロースタルの顔を見た。正気だろうか、と思う。
まるで理解できないことを言っている。
「あの男にどんな恩義があるのか知りませんが、貴女も高貴な血筋の者ならば、ああいう人間とかかわるのはやめた方がいい」
ロースタルは彼女の眼前を歩み去った。
ほとんど意図せず、右手が動きかけた。腕の表面に『瞳』が開く――彼を指差しかけて、止める。いま、そのようなことをしている場合ではない。
もう一発撃てば体が動かなくなる。
いま聞いた情報を考慮すれば、他にやるべきことがあるのは明らかだ。
(耐えろ)
ゴルゴーンは階段を下っていくロースタルを見送り、奥歯を噛みしめた。
すぐにでも走り出したいと思ったが、まずはそれができる程度に体を冷却させなければならない。
いまロースタルが口走った妄言の真偽を確かめ、ルジンがどこにいるかも知らねばならない。
そして――
(あらゆる障害を排除して、陛下のもとへたどり着く)
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